- プロローグ -
まさに、クリスティの「ABC殺人事件」だった。
1人目の被害者:相田聡。カモフラージュのために殺された無実の被害者。
2人目の被害者:伊藤夏希。同じく、カモフラージュのために殺された無実の被害者。
3人目の被害者:上村浩紀。犯人が殺害したかった本命。
4人目の被害者:遠藤淳。カモフラージュのために殺されるはず・・だったが、犯人がミスを犯し未遂に終わる。
5人目の被害者:緒方達治。4人目の殺人が失敗したため、犯行を「完成」させるために予定になかった5人目の被害者となった。
1人の人間への恨みを晴らすため、3人もの無実の人間を殺害し、1人を重体にした凶悪犯罪・・。
犯人、坂東司には死刑が求刑され、事件から5年後、執行された。
坂東司を逮捕した担当刑事として立ち合いを打診されたが、目の前で人が死んでいくのを直視する勇気はなく、丁重に断った。
死刑執行からさらに1年後、功績が認められ、警察本部内の講師を務めることになった。
正直、ガラではない。
しかも世間から注目を浴びた坂東事件は、正確には俺が逮捕したわけではないのだ・・。
だが、後輩の育成も責務。
気に入る気に入らないではなく、重要な「仕事」として受けることにした。
講義の内容は、基礎知識が半分、現場の実践が半分・・といったところだ。
どんなに科学捜査が発達しても、現場での初動捜査は重要だとしつこく繰り返した。
真剣に聞いているのは半分程度か。
いや、半分いれば良い方だろう。
万引や自転車泥棒の話から始め、最後は中国系犯罪グループによる闇バイト強盗殺人の経過を説明し、講義を終わる・・はずだった。
連続殺人犯、坂東司事件。
受講者の多くが興味を持っていたらしく、講義後の質疑応答で事件について問われ、話をせざるをえなくなった。
30分延長して事件の経過説明を終え、ようやく質疑も終わり・・。
いや、まだ一人残っていた。
「3人目の被害者が殺害の本命だというのは、間違いないのですか?」
「はい、当時、坂東自身が証言をしています。」
「4人目で終わらせようとした・・だが未遂に終わってしまったことで、5人目の殺人を企んだと?」
「その通りです。」
「それも坂東が証言をしたのですか?」
「そうです。」
「あなたは、それを信じたのですか?」
予想外の問いに、一瞬声を詰まらせた。
「えと・・。 すみません、もう一度・・」
「あなたは、坂東の証言を信じたのですか?」
「もちろんです。」
「なぜ?」
「なぜ・・とは?」
「偽証だと疑わなかったのですか?」
思わず質問者の顔を凝視した。とがめるかのような厳しい目に、一瞬たじろいだ。
「先ほどお話ししたように、犯人の坂東は、自ら自首してきました。恨みは晴らした、もはや思い残すことない、と。」
「4人を殺害、一人は殺人未遂。たとえ自首しても死刑は免れません。それは本人も承知していたようです。死を覚悟して自首した人間が、いまさら嘘を言うとは・・。」
「それはあなたの主観です。真実とは言えません。」
会場がざわめく。
なんだ・・こいつは何を言いたい?
これは捜査本部の会議ではない。ただの講義だ。しかも6年前の事件。
犯人である坂東司は1年前に死刑執行済み、もはやこの世にいない。
もう一度口が開いた。
「坂東の証言を信じた根拠となる物証は何ですか?」
言葉に詰まった・・。
顔に覚えはない。間違いなく初対面だ。
ただの嫌がらせか? それとも俺が知らいない恨みでも・・。
と、講義室の扉が開いた。
「5時からここを予約をしているのですが・・」
「あぁ、すみません・・」
「時間をだいぶ過ぎました。今日はこれで解散とします。」
やれやれ助かった。
数秒間、睨みつけられた気もするが、30分もサービスしたんだ。これ以上の義務はないだろう。
晩飯を食った後は、捜査課に戻って事務処理が待っている・・。
正直、講義をする時間さえ惜しいのだ。
だが・・。
「片瀬警部補、ご相談があるのですが。」
階段を上る前に声を掛けられた。
振り返ると、またもや鋭い目が俺を見つめていた。
いや・・先ほどに比べれば、少し落ち着いたようにも見えるが・・。
「この後、よろしければ夕食をご一緒させてください。」
こいつ、何を企んでいる・・。やはり俺に恨みでもあるのか。
「署内の個人的な付き合いは基本的にはタブーだ。まじめな付き合いが禁止されているわけではないが、俺は断るようにしている。」
二人の横を通り過ぎていく視線・・。
「では、業務上のお話としてください。先輩として、ご指導をいただきたく。」
「だめだ。少しは周囲の目を気にしてくれ。」
「その心配はありません。」
「ありません、て・・」
「先ほど、周囲がざわめくほど目立つ質疑をさせていただきました。あの場にいた人たちは、私がなおもしつこく、あなたに食い下がっていると見るでしょう。個人的な付き合いを勘ぐる人などいないはずです。」
「なっ・・」
またもや言葉を失った。
俺を見つめたまま、その目は笑っているようだった。まるで計画通りだといわんばかりに・・。
「お誘いした以上、私がおごります。」
「そういう問題じゃない!」
いや・・こいつはしつこく付きまとってきそうだ。
しかも、どうやら頭も切れるらしい。
賢い後輩とは、やっかいなものだな・・。
いや、本当に後輩か? 俺はこいつを知らない。
俺を「先輩」と呼んだからと言って、本当に後輩とは限らない・・。
「2階の庁舎食堂でいいか? Aランチだ。」
「はい。良い判断です。ありがとうございます。」
今度は顔が笑った。これも計画通りだったか?
庁舎食堂なら、周りは警察本部の同僚ばかり。むしろ堂々と同伴できる。当然、話す内容も周囲に筒抜けだ。
あらぬ疑いを掛けられずに済む。下手に外で食事するよりも安全だろう。
良い判断だと? 生意気な口を・・。
彼女は一度食堂の中を覗き込むと、券売機に戻り、Aランチの食券を2枚買った。
「どうぞ。」
一枚を俺に渡すと、黙ったまま列にならぶ。
このまま前を取るつもりらしい。
トレーを受け取ると、無言のまま隅の席に進んだ。
そろそろしゃべってもかまわないよな。
「身分証を見せてもらっていいか?」
席に着くなり切り出す。
彼女はあっさりと警察手帳を差し出した。
「交通課?」
「はい、今年採用されたばかりの新人です。」
今年? 新人だと? その割には度胸がありすぎるな・・。
「なぜ刑事課の講義を?」
「いろいろ勉強させていただこうと思いまして。」
さっきまでとは別人のように、丁寧な言葉が並ぶ・・。
「その割には、喧嘩腰の質疑だったが・・。」
「喧嘩をするつもりなど、毛頭ありません。
本気で質問していたのだと捉えていただければ光栄なのですが。」
目は笑ったままだが・・。
「坂東事件に興味があるのか?」
笑いが消えた。やはり講義を受けた目的はそれか・・。
「なぜ興味を持った?」
少しためらった後、口を開く。
「もう一度、身分証を見てください。」
一瞬、意味が分からなかった。
が・・。
「私は、上村まりえといいます・・。 上村浩紀の・・娘です。」
~~~~~~~~~~~
娘? 上村浩紀の!?
なるほど・・尋常ではない目つきはそのためか・・。
ひと呼吸する。
「被害者の家族として、お気の毒とは思う。」
さらにもう一度。
「だが、事件は6年前に解決済みであることを理解してほしい。
坂東司の死刑も1年前に執行済みで・・」
「私にとっては、まだ終わっていません!」
周囲の目がこちらを向いたが、話の内容を聞いていたのか、一人、また一人と席を外していった。
残念だが、味方してくれる同僚はいないらしい。
普段の行いが悪いんだろうか・・。
「父は・・人の恨みを買うような人ではありません・・。
ましてや、殺されるなんて・・。」
つらいだろうが・・きちんと話す必要がありそうだ。
「君の父上が標的だったことは、坂東自身が証言している・・」
「また証言ですか・・。物証はないんですか。」
「人を憎むのに、物証が必要か?」
「父が何をしたというんです・・。」
被害者の家族を追い詰めるのは、気が乗らないが・・。
「家族だからといって、互いにすべてを知っているわけではないだろう。
家族にも言えない秘密はある・・。」
彼女は答えない。
「その様子なら、報告書は読んでいるんだろう?」
「坂東司の証言ばかりです・・。殺人犯の証言など・・信用できません・・。」
うつむいた肩が微かに震え始めた。
「不公平じゃないですか・・。
生きている犯人は、取り調べで言いたいことを言って・・。
殺された父は、反論することもできない・・。
そんなものが真実になるんですか・・。」
同僚達は遠巻きにこちらを見ている。
これはまずい・・俺が後輩をいじめているようにしか見えん・・。
だが・・問題はそこじゃないな・・。
「どうすれば納得できる?」
「もう一度・・再捜査を・・。」
そう言うとは思ったが・・。
「捜査が終わって6年もたっている。犯人はもうこの世にいない。尋問もできない。」
彼女はうつむいたままだ。
「気持ちはわからないでもない。
だが、気の毒だが再捜査はできな・・」
「もう結構です!」
彼女は立ち上がった。
「他の方に相談します!」
二日後・・
俺は警視に呼び出されることとなった。
~~~~~~~~~~~
「おもしろそうじゃないか。再捜査の許可を出そう。」
「まっ、待ってください。俺に彼女のお守りをしろと言うんですか!」
警視はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「上村浩紀の娘だって?
父親が殺された真実を確かめるため警察官になるなど、たいした行動力じゃないか。」
「私欲のために公務員になったとも言えますが?」
「今時、貴重な人材だ・・。先輩として、フォローしてやるべきじゃないかね?」
気が乗らない俺は沈黙した。
と・・警視の目つきが変わった。
「君は・・どう思った?」
「なまいきな後輩だと。」
「そうではない・・。」
「坂東司が自首したことだ・・。」
5人目を殺害した後、坂東司が自ら警察署に投降したことで、事件は解決した。
しかし、不明な点も残っていた。
自首するぐらいなら、なぜカモフラージュで3人も殺したのか?
坂東は、当初は逃げるつもりだったが、5人目を殺害した後「疲れ」を感じ、気が変わったと証言している。
もう思い残すことは何もない・・と。
「君は、それを信じているのか?」
「彼女と同じことを言うつもりですか?」
「ぶり返そうとしているわけではないんだ。
だが、これまでの捜査が正しかったと再確認できれば、それに越したことはない・・。」
五十嵐警視は、当時、警部として坂東事件の捜査責任者だった。
坂東の犯行は巧妙だった。
証拠を減らすよりも、余分な証拠を多数偽装する手段だった。
不特定者の多数の指紋、血痕・・人間だけでなく、鳥やネズミの血痕まで・・。
さらに多数の化学薬品・・。
本来の証拠をカムフラージュするために、無数の証拠を偽装したのだ。
坂東の犯行は科学捜査を翻弄し、捜査は難航した。
もし犯行予告が無ければ、同一犯だという確証さえ得られなかった可能性すらあった。
犯人の糸口がつかめないまま、予告通りに連続殺人が続いた。
自分もだが、警視の焦りは尋常ではなかった。
鑑識とは別に、自ら証拠をかき集めようと何度も現場を奔走した。
しかし犯人の手掛かりは掴めないまま、時間が消えていった。
そして5人目の殺人が起きた時、それは突然終わった。
坂東司の自首・・。
警視にとってはショックだったのだろう。
自分達で捕まえたのではない。
いや、もし坂東が自首しなければ、犯人像さえ掴めないままになっていた可能性すらある。
「坂東の尋問は、お前がやれ。」
警視の指示で、俺が担当刑事として坂東を逮捕する結果となった。
事件は解決し、5年後、坂東の死刑が執行された。
だが・・警視の中では、事件は未解決なのだろうか・・。
自首されて解決できたという屈辱・・。
「わかりましたよ・・。」
大きく息を吐いた。
「正式に再捜査の許可を・・。」
「ああ、頼むよ。」
となると・・。
「彼女は、交通課のままですか?」
「それもそうだな・・辞令を出しておく。」
やれやれ・・。
正直、まったく興味がないわけではない。
自首されなければ捕まえることはできなかった・・。
その悔しさは俺にもある。
彼女には、感謝するべきだろうか。
「Bランチでもおごってやるか・・。」
警視室を出た俺は、念のため財布の中身を確認した。
いや、これから機会はいくらでもある・・。




