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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘の七夕祭り

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30/30

まほろば荘の大家さん


 私がまほろば荘の大家を引き継いでから、二週間ばかりが経った。

 その日も早朝から手伝ってくれている鳴神くんと一緒に掃除をし、掃除を終えた路地に水を撒く。熱帯夜がずっと続いているせいで、早朝に水を撒いてもどれくらい気温が下がるのかわからないのがつらいところだ。

 粘るような暑さの中、「ふう」とひと息ついたところで、「あら、おはようございます」と田辺さんがやってきた。このところが暑過ぎてアスファルトだと肉球が焼けてしまうせいだろうか。田辺さん家のわんこは彼女に抱っこされていた。


「おはようございます。今日も暑いですね」

「そうね。それにしても驚いたわ。花子さんがドクターストップで大家さんを引退されたと思ったら……」

「あはははは……私が継ぐことになりました」

「そうね。あなただったら大丈夫だと思うわ。それに、今度のバザーも楽しみだし」

「皆楽しんでくれるといいんですけど……」

「いいんじゃないかしら。私も張り切って家の整理がてら売り物探してみるから」

「はい、お待ちしています」


 田辺さんと挨拶して、私たちは掃除に戻った。

 八月に入ったら、お盆がはじまる。この頃が旧暦だと七夕に当たるらしいし、この時期は現世と幽世の境が混ざり合って大変なことになってしまうため、絶対にお祭りをしたほうがいいと日吉さんに言われ、前の七夕の際には天気の都合でギリギリ中止にしたバザーを、お盆に持ち越すことにしたのだ。

 そうは言ってもお金のあるなしだと、私が大金持つのも怖いし、最近は電子マネー全盛期の時代だ。皆で話し合った末、ほぼ物々交換という形で決着がついた。

 鳴神くんは「でもなあ……」とぼんやりと声を上げる。


「バザーって言われても、なんも出てこないんだけどなあ」

「そんなことないよ? 鳴神くん、割と料理上手いじゃない。料理の物々交換とかでもいいよ?」

「夏場は傷みやすいから、責任取りたくない……」

「なら麦茶をいっぱい焚いて、いっぱい配る?」

「それいいのかよ」

「大家権限で許可します。夏場には水分と塩分が必要です」


 私がキリッとして言うと、途端に鳴神くんは破顔した。いつもダウナーな彼も、たまにはこういう顔をしてくれるようになった。

 大家を引き継いで、もっと大変になるのかなと思っていたけれど、意外とそんなことはなかった。大家代行のときから、やることはあんまり変わらないんだ。

 まほろば荘全体の掃除をして、修理したほうがいい箇所を業者さんを呼んで直してもらう。共通スペースの電球をチェックして、点滅してきたら新しいのに交換する。店子さんたちのお悩み相談をする。

 そしてたまにお祭りをする。この神社跡の現世と幽世の境に、きっちりと線引きをするために。

 私たちはそれぞれ自室に戻りながら、朝ご飯を準備する。

 この前に野平さんがお裾分けしてくれた山形だしがまだ食べ終わらないから、いい加減に全部食べてしまわないとと、昨日炊いたご飯に残っていた山形だしを全部ぶっかけて、さらさらといただくことにした。

 日が出てきてから、蝉がジンワジンワと鳴きはじめた。今日も一日、暑くなりそうだ。


****


 夏休みの宿題の読書感想文を書くために、近所の図書館に行こうとしたら、野平さんの店に楠さんが来ているのが見えた。


「あれ、こんにちはー」

「こんにちはー。あら、三葉さん結局大家続けることになったんですってねえ」

「はい」


 そう言いながら、楠さんは今日も野平さんに最新メイクの売りつけに来ていた。私はどうしたもんかと見守っていたら、楠さんは「この時期の高校生の新陳代謝って大変なのよね」と言いながら、日焼け止めをくれた。


「この時期の高校生、汗をものすっごく掻くから、さすがにこの時期に化粧品は勧めないわね。せいぜい日焼け止めくらいは、欠かさずに塗りなさいね。それ高校生用の試供品だから」

「はあ……ありがとうございます」

「でも高校生、もっと塗り直す頻度上げて欲しいんだけど、学校の体育の時間とかだと十分で着替えろとかだから、日焼け止めを一旦落としてから塗り直す時間もないのよね……」


 今の高校生についてまたなにか言いたそうにしていたため、私は慌てて退散した。

 野平さんは化粧品を選びながら「行ってらっしゃい」と手を振ってくれた。私も手を振り直して、図書館へと向かう。

 図書館には、本の資料集めに扇さんも先に来ていた。私が普段入らないような郷土史コーナーで熱心に司書さんとなにやら話していたので、私はそそくさと読書感想文のコーナーに行くものの。


「……あんまり面白くなさそう」


 私が読み通すには、話があまりに説教じみているものとか、文学的過ぎて理解できないものばかりで途方に暮れる。どうしたもんかと思っていたら、司書さんと話が終わったらしい扇さんが声をかけてきた。


「なんだい、三葉さんは比較的まほろば荘の中では本を読むほうだと思っていたけれど」

「いやあ……面白い本は読むんですけど、読書感想文用の本っていうのが大変だなと思いまして」

「ふーむ。いっそ私の本で書くかい? 君ひどく読んでくれてたけど」

「いやあ……私が感想文書くと、面白かった以外はあらすじになってしまうんですよね。いいんでしょうか?」

「というより、読書感想文なんて、教師ひとりを勝手に感動させればいいんだから、教師におべんちゃら使っておけば済む話だろ。教訓めいたことをひとつ書いておけば、あとは自分語りになろうが、あらすじになろうが、勝手に相手が感動するだろうさ」


 それに思わず私は笑う。扇さんは天狗のはずだけれど、似たような経験があったのか、読者さんから読書感想文の相談でもあったのか。結局私は扇さんにアドバイスされるがまま、扇さんの本を一冊借りることにした。

 これで感想を書けば、宿題も残すところは自由研究だけになるだろう。クーラーの効いている図書館から名残惜しくも出て行くことにした。

 そろそろ食事の材料を買わないと駄目だもんなあ。


****


 私が図書館近くのスーパーに買い物に来ていたら、本当に珍しい組み合わせが一緒に買い物していた。

 日吉さんに……更科さんだった。


「あれ? おふたりが買い物ですか? 珍しい」


 それに日吉さんは苦笑し、更科さんはなぜか慌てだした。……このふたり、一緒に住んでいる店子以外は、特に関係はなかったと思ってたんだけど、私の勘違いだったっけか。


「いやあ、この間更科さんが熱中症で倒れていたのを扇さんが発見したから。しばらくは俺が食事の面倒を見ることになってなあ……」

「……発見者の扇さんが面倒見る訳じゃないんですね」

「お、うぎさん……修行のせいか? で、食べても食べなくっても、元気ですから」

「なるほど」


 そういえば、扇さん皆でご飯を囲むとき以外は糠漬け以外食べている気配がないもんなあ。一方、人間社会に溶け込んで一生懸命働いている更科さんは、幽霊とはいえども熱中症になりがちなんだろうなあ。

 料理上手の日吉さんが買っているのは、豚肉とかオクラとかなすとか……どうもなんとか食欲なくても食べさせて熱中症を避けようとしてか、冷や汁の材料を買っているみたいだった。それを見ていたら、野平さんの山形だしもおいしかったし、似たようなものを食べたいなあと、とりあえず夏野菜を買いはじめた。


「そういえば、大家に就任して半月経ったが、景気はどうだい?」


 日吉さんに言われて、私は腕を組んだ。

 本当に毎日が賑やかだ。

 相変わらず私が百鬼夜行に巻き込まれたら駄目だと、夜もある程度になったら家に帰れコールされるし、壁の向こうではそんな気配が漂っている。

 店子は私以外は皆人間じゃないけれど、どこか人間臭いひとたち。


「ぼちぼちなんじゃないですかね」


 この慌ただしくも愉快な毎日が、長く続きますようにと、私は今日の糧に買い物に戻っていった。


<了>

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