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変装しましょう

「シン様、服を買いにいきましょう!」


 一息ついたあと、シンにそう提案した。


「ふむ、たしかに、きゅうむだ」


 シンは腕を組んで、神妙に頷いた。壁に背を預け足を曲げるポーズは大人の時と同じだけど、小さいだけで印象が全然違う。可愛い。


 彼が着ていたのは、第一王子として外出する際の上質な服だ。平時だから礼服というほどではないが、それでも下位貴族では手に入らないくらいの質のもの。


 今は、サイズが合わないからジャケットの腰をベルトで止め、ワンピースのようになっている。これはこれで似合っているが、普通の少年にはとても見えない。


「よし、すぐにしょうにん(商人)をよぼう」

「呼びません」

「なぜだ」

「王宮を出入りしている商人を気軽に呼べるのなんて、貴族の中でもごく一部です……っ」

「なんだと……!」


 シンが愕然とした顔をした。


 生まれた時から商人が来るのが当たり前だった彼は知らないだろう。

 普通、買い物は自分で店に行くのだ。


 いや、メルティも貴族には違いないのだが、家柄が少々特殊なので、どちらかといえば平民に近い感覚を持っているのである。

 必要とあれば畑を耕し、自ら秘境に採取に行き、寝ずに調合をする……そんな貴族、そうそういるはずもない。


「なので、一緒に王都のお店に行きましょう! シン様とお買い物……わぁ」


 にんまりと頬が緩む。

 なんて素敵な買い物だろうか。


「め、めるてぃ。しせんがこわいぞ」

「そんなことないです……! 私は安全です。さあ、こっちに来てください」

「おれ、なにされるんだ!?」


 シンの目に怯えの色が浮かぶ。


 ちょっと着せ替えして遊ぼうと思っているだけで、酷いことをするわけではないのに。


 身の危険を感じたのかシンが後ずさる。しかし、やがて観念したのか、深く息を吐いた。


「……ふくはひつようだ」


 さすがに、いつまでもこの格好でいるわけにはいかない。

 そもそも、サイズの合う下着すらないのだから。


 同じ年頃の子どもがいる貴族に頼むという手もあるが、怪しまれる。やはり、自分で買いにいくのが一番だ。


「となると、やや髪が目立ちますね」


 ガラス細工のように美しいプラチナブロンドの髪は、王族特有のものだ。王族以外では一人もいない、というわけでもないが、やはり目立つ。


「おお、そういえば、良いお薬がありました!」

「まて」

「丁度素材も揃ってますし、すぐに調合いたしますねっ」

「おちつけ。くすりはまずい」

「シン様、良い薬ほど美味しくないものです」

「そういういみではない! さきほどのことを、もうわすれたのか!?」


 なぜだろう。シンからの信頼度が著しく下がっている気がする。

 これでも、治療不可能と言われた難病を治して国王を救った、稀代の宮廷薬師なのだが。


「髪染めのお薬は、すでに製法が確立してますから! お父様が開発し、すでに市場にも出ています」

「ふむ、えばーぐりーん卿がつくったものならあんしんか……」

「あ、でも試したい色があるんでした! 髪が虹色に輝くやつなんですけど」

「たのむからやめてくれ」


 父はいくつも新薬を開発しているが、髪染めや農薬、防虫など、どちらかといえば生活を豊かにするような薬が多い。それを平民にも手を出しやすい価格で販売することで、莫大な富を得ている。

 その功績で、父は当主となったのだという。


 父が作った薬もいくつかストックがあるが、市販しているものは量産品で、質が高いとは言えない。

 シンに使うなら、自分で作ったほうがいいだろう。


「むう……わかりました」


 実験をするのはシンに止められてしまったので、仕方なくレシピ通りに作る。


「では、ちょっと待っていてくださいね」

「ふつうのやつでたのむぞ。あんぜんなやつだ」


 シンは心配そうに何度も念を押してから、壁際に寄った。


「すぐに終わらせます!」


 物置から、いくつか素材をピックアップして、作業台に並べる。


妖蝶(ようちょう)の鱗粉、太陽が嫌いな(イカロス)ヒマワリの花弁、母竜(ははりゅう)の胆汁、蛍牛(ほたるうし)の角……」


 髪の色。生まれ持ったそれを変えるのは、人によっては生命への冒涜だと捉えるらしい。

 しかし、少しだけ自分を変えたいと思っている人は、案外多いのだ。そして薬師には、その手助けができる。


「よし、こんなものですね」


 染髪は、つまるところ光の変化だ。

 とある民族では植物から抽出した染色液で髪を染め上げるそうだが、父の開発した染髪剤は、実際に髪の色を変えるわけではない。


 光を操作し、見え方を変える魔法を付与する。そういう薬だ。


 光に影響を与える素材をメインに、触媒とともに並べ、手をかざした。


「調薬魔法……命紡ぎ(リ・ストリ)


 素材に魔力を流し込む。

 作業台の上に魔法陣が描かれ、材料を包み込んだ。


 この固有魔法を使えるからこそ、エバーグリーン家は確固たる地位を築いている。


 作業台に並べた素材から、色とりどりの糸のようなものが浮かび上がって来た。それは幻想的な光を放ちながら、メルティの手のひらに集まっていく。

 指先でそれをなぞると、糸が寄り集まって空中で絡み合い、やがて一つになった。


「……なんどみてもすごいな」


 シンがぼそりと呟く。


 物質から特定の成分だけを取り出し、糸を編むように繊細に掛け合わせ、普通の薬師では作れない、特別な魔法薬を作り上げる。


「完成です!」


 紡いだ糸を、薬瓶に流し込む。それは青色の液体となって、瓶を満たした。


 霧吹きのノズルを取り付け、シンに向ける。


「さあ、イメチェンをしましょう!」

「……あんぜんか?」

「怖がるシン様も可愛いですっ」

「こ、こわくなんかない! ほら、はやくやれ」


 シンの天使のような銀髪も好きだけど、別の姿も見てみたい。


 わくわくしながら、魔法薬を霧状にして吹きかける。


「おお……! やっぱり、シン様は魔力量が多いから効果が高いですね!」


 魔法薬は髪に定着すると、瞬く間にその表面を染め上げた。


 透き通る銀髪は、色を吸い込む漆黒の髪になった。


「黒髪も似合いますね……!」

「ふ、ふん。わるくない」


 シンも満更ではなさそうだ。


 黒髪になったことで、さらに子どもっぽくなった気がする。


「ところで、まりょくがおおいと、なにかかわるのか?」

「はい。魔法薬ですから、体内の魔力と反応して効果が強くなります! 逆に、魔力と反発して効果が弱まるお薬もありますけどね。毒とか」


 毒は薬ではない、というシンのツッコミは、軽くスルーする。


「……では、おれがこどもになったのは」

「あっ」


 若返りの薬は、まだまだ実用化にはほど遠いはずだった。

 それでもここまで如実に効果が現れたのは、王族であるシンクリッドが質、量ともに最高峰の魔力を持っていたからに他ならない。

 そのことに、ようやく気が付いた。


「薬を打ち消すのはどちらかといえば毒に近いので……治すのは難しいかもしれません。さ、さすが殿下の高貴な魔力!」

「おい」

「と、とりあえず、せっかく髪の色を変えたんですから、早くお買い物しましょう! 弱めに作ったので、夜には元に戻ってしまいます!」

「めるてぃ、たのしんでないか!? なおす気あるんだろうな!?」


 もちろん、いつかは元に戻したいとは思っている。ただちょっと、開発に時間がかかりそうだなーと思っているだけだ。ラッキー、とも。


 ひとまず今は、シンの服選びに集中したい。


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