愛称で呼んでもいいってことですか?
リックが王宮に戻っていくのを見届けて、メルティはラボに戻った。
「おそいぞ」
シンクリッド・ラインボルト……改め、ちびっ子のシンが、ひょこりと顔を出した。
「なにをしていた」
さらには、小さい身体を懸命に動かして、小走りで駆け寄ってくる。
不機嫌そうな顔も、寂しがっているようにしか見えなかった。
しゃがみ込んで視線を合わせ、まっすぐシンを見る。
「よしよし、寂しかったのですね……!」
「こどもあつかいするな!」
「……はっ!」
しまった、また無意識のうちに、頭を撫でてしまった。
でも、シンの撫で心地が良すぎるのが悪いと思うのだ。髪もさらさらだし、なにより撫でている時の表情がいい。
リックに撫でられている時は苦虫を噛み潰したような顔だったけど、メルティが撫でると、耳まで真っ赤にして嫌がる。
「はなせ」
「ご、ごめんなさい……。つい殿下だということを忘れてしまって……」
「こどもになるまえと、たいどがちがいすぎないか……?」
「だって、殿下が可愛らしくて……。あっ、不敬ですか!?」
「いや、そういうわけではない」
どう考えても第一王子に対する態度ではないことをようやく認識して、青ざめる。
だが、シンはそっぽを向くだけで、メルティを罰しようというわけではないようだ。ほっと胸をなでおろす。
「……けがのこうみょう、というやつか」
「へ? 殿下、なにか言いましたか?」
「なんでもない」
シンがなにかを呟いた気がするけど、可愛さに気を取られて気が付かなかった。
「それと、でんかではない。シンだ。これからはシンとよべ」
「それはまさか、殿下を愛称でお呼びしてもいいということですか?」
「し、しかたないだろう。ひとまえでよぶときは、でんか、ではバレてしまう」
「たしかに……」
殿下と呼ぶ対象は、王族に連なる者だけだ。
たとえシンクリッドだと気付かれなくても、呼び方だけで怪しまれる可能性が高い。今の王族に、シンのような子はいないからだ。
その点、シンという呼び名は愛称としては珍しくない。
人前で読んでも問題は起こらないだろう。
「そう、やむにやまれぬ、しかたのないことなのだ! けっして! よばれたいわけではない!」
「シン様」
「……ふっ、まあ、ゆるしてやってもよい」
いつの間にか、許可を求める側に回っていたらしい。
どこか満足気なシンから、お許しをもらった。
「ふふふっ」
笑みが零れる。
思えば、シンクリッドとここまで気を置かずに話したのは初めてかもしれない。
婚約してからも、彼と親密になることはなかった。メルティはラボに籠って、早く成果を出さないと、と必死だったし、シンクリッドにも第一王子としての公務がある。
たまに食事を一緒に摂る時も、緊張で会話は弾まなかった。
だから、こうして心を開いて自然に会話できることが嬉しかった。
(殿下もそう思ってくれていたらいいですね。まあ、殿下は私のことを嫌いなのでしょうけれど)
だって、この婚約は半ば政略結婚みたいなものだから。
メルティが国王陛下……彼の父親を助けたことで、望んでもいないのにこんな地味な女性と婚約させられたのだから、嫌われても仕方がない。
王宮のパーティで見る華やかな高位貴族の令嬢たちを見ると、なおさらそう思う。
その証拠に、ラボに来てもシンクリッドはぶっきらぼうで、不機嫌そうな顔をしていた。
疎まれていたのは間違いない。
(私、ずるいですよね。私のせいで殿下が子どもになってしまわれたというのに、この状況を喜んでしまっている。だって……元に戻るまでは、殿下と一緒にいられるということですもん)
しかも、お子様シンクリッドがこんなに可愛らしいなんて。
いろいろ問題は起きるだろうけど、それを棚に上げても、メルティにとっては良い事だらけだった。
(ふふっ。今は、殿下……いえ、シン様との時間を楽しみましょう)
たとえ、彼が戻った後に責を問われ、離れ離れになるのだとしても。
「シン様」
「な、なんだ。めるてぃ」
「可愛いです」
「……かわいくないといっているだろう」
眉根を寄せてそっぽを向く姿すら、愛おしくて仕方なかった。




