自覚と葛藤
チビドラゴンが孵ってから二日。洞窟の外に雪が降り始めた。
断崖の下の森はゆっくりと冬化粧を始める。
巣の中には相変わらず親ドラゴンがいる。
ここ二日ほど遠くから見守っているだけであまり近づいては来なかったが、今日は違った。
俺とチビドラゴンの方へと近づいてくるとその巨大な手で掴みかかってきた。
あまりに唐突で反応が遅れた。巨体にも関わらず、動きは俊敏だった。
俺はあっさりと捕まってしまう。
隣を見ればチビドラゴンも親ドラゴンの反対の手の中で藻掻いていた。
そして、俺達を回収すると親ドラゴンは洞窟を飛び出し、そのまま羽ばたき始めた。
どこへ向かっているんだ?
俺がそう考えるのとほぼ同時、親ドラゴンは力強く羽ばたきぐんぐんとその高度を上げていく。
さながらちょっとした台風だ。
上空に向かうに従ってその寒さが厳しさを増していく。猛吹雪で目が開けてられない。
その事を察してか、親ドラゴンの手がさりげなく俺を包んでくれた気がした。
……なんというか、温かかった。
長らく忘れかけていた何かを思い出しそうになった。
しばらくして身に受ける風が弱まった。
目を開けると親ドラゴンはもう飛んではいなかった。
辺りを見回す。森の木々が遙か小さくなっている。
どうやらここは断崖の更に上らしい。周りには雲が浮いているのが見える。
霊峰の山頂が少し上に見えることから、山の頂上付近なのだろう。
頂上付近を親ドラゴンはのしのしと歩いて行く。そして程なく洞窟の前についた。
あれ? 引っ越し?
洞窟の中は中腹の断崖の洞窟よりも更に広かった。
その洞窟の一番奥まで俺達を運ぶ。奧には氷漬けの壁があった。
氷漬けの壁の突き当たりにそっと俺とチビドラゴンを置くと、親ドラゴンは入り口へと引き返していく。
チビドラゴンが何を感じたのか親ドラゴンの後を追おうとしたみたいだが、身の毛もよだつような咆哮を上げてその足を止めた。俺も腰が抜けそうになった。
まるで、こっちに来るなと言わんばかりだった。
親ドラゴンは外へと出ると、こちらへと振り返った。
そして大きく息を吸い込むと口から青白い光線のようなものを吐き出した。
俺が親ドラゴンを見ていられたのはそこまでだった。
洞窟の入り口が氷の壁で完全に塞がれてしまったからだ。
え? 閉じ込められた?
俺は何とはなしにチビドラゴンを見た。
すると、目が合った。
心なしか同じ事を考えている気がする。
GA0!
チビドラゴンが短く吠えた。
俺に何かを訴えたいようだが、何を言っているのかわからない。
どちらからともなく目を逸らした。
俺とチビドラゴンはどちらからともなく広い洞窟内を彷徨い始める。
チビドラゴンは入り口付近の氷壁へ、俺は洞窟最奥部の氷の壁に更に近づいて観察した。
最初来たときにはまだ暗闇に目がなれていなかっため気づかなかったが、よく見るとこの氷の壁の中にはぎっしりと魔物の死体が詰め込まれていることに気づいた。数百。数千。下手したらもっと沢山の魔物だ。
不気味だ。
と、一瞬思ったが俺は何となく親ドラゴンの意図を察した気がした。
これは恐らく冷蔵庫だ。
つまり、俺とチビドラゴンにしばらくこの洞窟に籠もっていろといいたいのだ。
多分、その為に前々からここに食料をせっせとため込んでいたのだと思う。
断崖の巣にあんまりいなかったのはそのせいかもしれないな。
ふと、氷の壁の一番手前で白く小さなドラゴンがこちらを見ている事に気づいた。
黒いチビドラゴンをそのまま白くしたような容姿だ。
半透明に透けているが、時折動く。
俺が右手を挙げると、その小さなドラゴンは左手を上げる。
鏡のように完全に動きがシンクロしていた。
……ああ、そういう事か。
やっぱりそうだったか。
薄々そうじゃないかとは思っていたんだ。なるべく気づかないようにはしていたけど。
だが、確定できない以上認めるわけにはいかなかった。
俺は今回ドラゴン子供に転生した。
自分の姿を確認した以上、それは間違いない。
俺の知っている限り、ドラゴンってのはかなり強い存在だ。いや、最強と言ってもいい。
その強さを一言で表すならば理不尽。
ゴブリンロードが率いるかなり大きなゴブリンの群れをたった一匹のドラゴンに滅ぼされてからと言うもの、俺にとってドラゴンとは強さの象徴なのだ。勿論俺もその時一回死んでる。
それ以降、俺が今までのゴブ生で徹底的にドラゴンとの戦いを避けてきた。
俺がどれくらいドラゴンを強いと思っているか、ある程度察して貰えると助かる。
だからこそ中々、認めたくはなかった。自分が強いなどと。
最強ならば努力する必要がない。相手がいなければ強くなる必要がない。
だけど、自分が弱っちいゴブリンだと思い込んでいられれば、その分頑張れるからな。
驕りっていうのが一番厄介な敵なんだ。
自分が優れていると思ってしまった人間が努力をするはずが無い。
俺は知っている。生まれの強さに胡座を掻いてしまったゴブリンジェネラルを。
ゴブリンジェネラルはただのゴブリンと違って若干の知性がある。
恵まれた肉体を持つ。魔法だって使える。
少し脅すだけでゴブリンを操るくらいわけない存在だ。
ゴブリンもそれを本能で理解しているのか言葉は交わせなくても上位存在にはまず従う。
それを利用してゴブリンジェネラルはいつも威張って寝ているだけ。
手下のゴブリンに働かせ、自分は動かず丸々と太り続けた。
結果、ゴブリンの群れが魔物に襲われたとき、ゴブリンよりも先に殺された。
動けなくて丸々太った肉だ。弱くて当然だ。
あれを見てから俺は慢心だけはしないと決めた。
その時、俺はこう考えた。
自分をゴブリンジェネラルと思い込んでいるゴブリンがいたら、憐れを通り越して滑稽だ。
弱いくせに自分を強いと思い込む。その結果は本当に強い相手に殺されるだけだ。
だが、逆なら違う。
自分をゴブリンと思い込んでいるゴブリンジェネラルならゴブリンの限界に遭遇して尚、余力がある。
いわば、朝遅刻しないために時計の針を十分進めておくようなそういった心がけだ。
だから俺は心は弱者でいようと思ったんだ。
本当に弱者にしか転生し続けないとは思いもしなかったけどな。
心どころか体もゴブリンだったよ。
しかし、今までゴブリンだったからだろうか。
違う存在になってしまったのがちょっぴり寂しい。
俺はゴブリンという存在に意外と愛着があったんだなぁ。なんせ、九十九回も生きた。
中々ドラゴンになったと中々、認めたくなかったのはそういった心情もあったのだろうか?
認めよう。俺は心にある種の蓋をしていた。
二百年生きて、今更誰かの子供になったと認めるのが気恥ずかしかったのかも知れない。
他人スタートの家族である拾われペットの方がまだ気持ち的に楽だった。
利用してやると考えることが出来たから。
ましてあんなでかいドラゴンが親なんてどう反応していいかわからなかった。
分からないものを遠ざける。だからこその拒絶反応。
拒絶が向かった先がゴブリンの雌の死骸。
恐らくドラゴンがエサとして持ってきてくれていたであろうあれを母と思い込むことにした。
ゴブリンには親子という概念は無い。知能が低すぎてお互いに関係性を覚えてられない。
例え親でも死ねば希少な食料だ。俺だって弱い頃は親の死骸だって喰ったさ。
あの雌ゴブリンの死骸だって暫定の親に仕立てあげた後に喰った。
ゴブリンの家族がドライな関係性だったからある意味、俺は今まで生きてこれた。
俺の親は日本で俺を育ててくれた両親二人だけだと胸を張って言えたからだ。
自分以外の全てが他人。誰とも喋らない孤独なサバイバル生活。
そんな生活を二百年送ってしまった。孤独に過ごすには長すぎたかも知れない。
俺はもう人恋しいなどと思うことは無くなった。既に一人の方が気楽な生き方に染まっている。
俺はドラゴン家族に対して、他人行儀な態度をとり続け、挙げ句嫌われて捨てられるのを内心ではどこか望んでいたのかも知れない。一人に戻れるから。
でも、逃げ出さなかったのは家族に未練があったからかも知れない。
よくわからない。思った以上に自分の心中が複雑だ。
だからこそ考えることは多い。
認めてしまった以上、俺はあの巨大なドラゴンと黒いチビドラゴンを家族と受け入れる他が無い。
二百年ぶりに家族が出来た。ドラゴンの行動には知性が感じられる。
俺のことをあの巨大ドラゴンはしっかり子供と認識している。
だからこそ、向き合わなければいけない。
……はぁ、どう向き合えばいいんだろう?
こんなに悩むならば気づかなければ良かった。
しかし、いつまでも後まわしに出来る問題でもなかったはずだ。
いい機会だと思うことにしよう。
俺がぼんやりと氷の壁を眺めていると、後ろの方から足音が聞こえてきた。
振り返ると、チビドラゴンが体当たりを仕掛けてきているのが見えた。
チビドラゴンと俺は多分兄弟と言うことなのだろう。
弟なのか妹なのか?
いまいちわからないが、やたら好戦的だと言うことだけはわかる。
俺を見る度に突進を仕掛けてくるからな。
よーし。なじめる気がしないぞ。
新しい家族のことは……うん、とりあえずぶっ飛ばしてから考えることにしよう。
……忙しい。
明日はこの作品を投稿できないかも。出来たらします。
代わりに別の作品のストック投稿します。




