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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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49 空を切る黄色いヘッドバット

「ブッラクサンダー」

「ホワイトサンダぁ」

 魔王城の裏にある訓練場へ、チェルとモンムスたちを連れて運動に来ていた。アクアとフォーレが指を組んだ手を突き出して、空想の敵へ必殺技を放っている。

 マイルームで見せている女の子向けアニメの影響だ。実にかわいらしいものである。本来なら父親である俺が適役に回るところなのだが、いかんせん技そのものが実際に出てしまっているので食らうわけにはいかなかった。

 無論、サンダーとか言いつつも電撃なんて出せっこない。あの二人に雷系の魔法は扱えないからだ。代わりに水と植物が絡み合って必殺技と化している。

 威力も恐ろしそうだが、何より再現度が恐ろしい。憧れなのか意地なのか知らないけど、水も植物も迫りくる雷の形だけはしっかりと整えていたのだ。

 アクアとフォーレは空想の敵を倒したのか、バッチリかわいいポーズを決めていた。

「撃っちゃったよ。イメージ状の遊び必殺技を、具現化しちゃったよ。あの二人」

「なるほど、イメージがあると違うものね。アニメなんて、よくわからないチープな映像だとばかり思っていたけれど、技の見本にはうってつけってわけね」

 俺が乾いた笑みを漏らす横で、チェルは満足そうに頷いていた。

 はっきり言ってマイルームの完全な副産物だ。アニメなんてモンムスたちをおとなしくさせるための暇つぶしにしか思ってなかった。

「しっかし、グラスも飽きねぇな。そんなに自分を痛めつけて楽しいかぁ?」

「辛いですよ。でも、この鍛錬の積み重ねが強者への道となる。だから楽しくもあります」

 別の場所を見るとグラスとデッドが筋トレしていた。ダンベルと握力グリップを持って。パソコンで効率のいい筋トレ法や道具、あと友情をテーマにしたハチャメチャなプロレスアニメのトレーニングシーンを元にして作り出していた。

 グラスはダンベルだけでは物足りない模様。デッドは握力グリップでつきあっているだけだ。

「クソまじめなこった。戦いなんて搦め手だろ。きひっ。いかに敵の裏をつくか。力押しだけじゃ上にはのぼれねぇぜ」

「かもな。その点はデッドに負けているだろう。だが、最後に物をいうのは腕っぷしだと信じている。俺は不器用みたいだから、愚直でもまっすぐ鍛えるんだ」

「けっ、精々あがきな」

 デッドがそっぽを向くと、汗だくのグラスは微笑んだ。

「頼もしいことね。グラスとデッドは方向性が違うけれども、目指すものがしっかりと見えていてよ。コーイチと違ってね」

「うっせ。いちいち俺と比べんなや」

 俺がふてくされると、チェルの愉快そうな微笑みが耳に届いた。

 まっ、グラスとデッドが頼もしいことはホントだかんな。あの状態で経験値ブーストLが発動しているとなると、末恐ろしいぜ。

「ドーモ、シャイン=サン。ユニコーンスレイヤーです」

「あの、シェイ。それはなんの冗談だい。それとも新しいプロポーズの方法かな」

 シェイが手を合わせてお辞儀をしている。ご丁寧に闇の霧で作られたマフラーまで巻いていた。

 対してシャインは汗をかきながらも、マイペースに白い前髪をかきあげた。ギョロリとしたモノアイに殺意がこもっているというのに、都合のいいようにゆがんだ解釈をしている。

「ユニコーン殺すべし。慈悲(じひ)はない」

 闇で作られたスリケンが放たれる。本気で予想外だと驚いたシャインは、背中を向けて全力で大地を蹴った。シェイよ、主人公とヒロインのキャラが合体しているぞ。

 無口で事務的なシェイにも、アニメはしっかりと影響を与えていた。シェイが好むアニメはズバリ忍び系。闇討ちとか暗器とかが琴線(きんせん)に触れたようだ。

 シェイが暗殺術に目覚める日も近いんじゃないかと思う。頼もしさよりも恐ろしさを感じてしまうよ。

「おっ、落ち着きたまえシェイ。まだミーたちは深く話し合うべきだ」

「問答無用」

 しかし、シャインもよく逃げるよなぁ。正確(せいかく)無比(むひ)に投げられるスリケンを見事に回避しきっている。追う方も追われる方も全力だからなぁ。実践に限りなく近い形だし、いい訓練になるんだろうな。

「シャインとシェイも頼もしいわね。あぁまで相性が悪いのは想定外だけれども」

「ホントにな。シャインはともかく、なんでシェイは殺意をたぎらせてまで存在を嫌うかねぇ」

 言うまでもないかもしれないけど、シェイはシャインを本気で殺しにかかっている。一発刺されば一気に仕留めるだろう。

「ねーパパ。チェルとおしゃべりしてないでヴァリーちゃんと遊ぼーよ」

 ちなみにヴァリーはずっと俺がおぶっていた。そろそろ腕がプルプルしている。アクア・フォーレペアと一緒だと敵役に回されそうだったし、グラス・デッドペアは筋トレばかりでつまらない。シャイン・シェイペアは論外だ。

「そういうなって。俺がヴァリーと一緒に遊んだら、チェルが一人になっちゃうだろ」

「あら、私に気を使っているつもりなら気にしなくていいわよ。存分に遊んでらっしゃい」

 子供と遊ぶのは思いのほか疲れるんだぞ。チェルを理由に楽させてもらおうと思ったのに、余計なことを。

 ふと横顔を見つめると、(あざ)笑うように唇が弧を描いていた。ニャロー。わかっていてつき離しているな。

「ジジイに無理させんなよヴァリー。僕と一緒に遊ぼぉぜ」

 ふと見下ろすと、デッドが一人で近寄っていた。

「デッド、グラスはどうしたのー」

「特訓するのに二人もいらねぇだろ。置いてきた」

 あっ、強制ギプスなんて古臭いものをつけて腕立て伏せしてる。アレって、効果があるのか。

「そっか。じゃあ向こうの開いてる場所に行ってー、シンデレラごっこしよー」

「おままごとかよ。かったりぃな」

「この前はデッドにつきあってあげたでしょー。次はヴァリーちゃんの番だよ」

「わかったよ。ったく」

 ヴァリーはお姫様に憧れを抱いているようだ。童話に限らず、様々なお姫様を好んでいる。もちろんハッピーエンド物の幼児向けだ。

「行ったか」

「あら残念。コーイチの苦労するところが見たかったのだけれど、アテが外れたわ」

「そいつは残念なことで」

 性悪なお姫様を演じてくれるぜ。もっとやさしくしてくれてもバチは当たらないんだけどな。

「話を変えるけど、ヴァリーも上に立つ者として頭角を現し始めているわね」

「そうかぁ」

 デッドを尻に敷いて遊んではいるかど、成長とはほど遠いだろ。

「場をうまくまとめて、自分のやりたいように事を進めているわ。天性の才能よ。ヴァリーだけじゃないわ。どの子もそう」

 赤い瞳が眩しそうにモンムスたちを眺めた。

「チェル……」

 いったい何を求めているんだ。どこか羨ましそうにしているのはなぜなんだ。何を感じているんだ。

 答えなんて出なかった。遠い空で鳥のシルエットが飛んでいた。


「さっ、みんな席に着きなさい。お勉強の時間よ」

 チェルの部屋に戻ると、丸テーブルを囲んでイッコクのお勉強に入る。俺も一度聞いたことがあるはずなのだが、いかんせん記憶に留まっていない。

 チェルはそれを見越して、俺も参加させている。

 モンムスたちの一部がブーブーと抵抗しだした。主にデッドとヴァリーが。

「あら、イッコクのことも知らないで勇者を苦しめることはできなくてよ。それに、勉強が終わるまではマイルームへの出入りは禁止になっていてよ」

 赤い瞳が俺をギロリと睨む。わかっているわね。そう脳内に怒鳴りつけてきた。ご丁寧に電気を腕に纏わせている。

 俺は汗をたらしながら首肯するしかなかった。少しでも逆らったら電撃が飛んでくる。

 マイルームに入れないということは、アニメが見られない。チェルにとって想定外の飴だろう。だが飴ができたことで初めてムチの効果が発揮される。

 アニメを人質に取られたモンムスたちは必死だった。素直にイスに座り、ダレながらも勉強の開始を待った。

「素直でいい子たちね。それじゃあ……」

 チェルが気を改めたときだった。ガシャンと窓ガラスが割れると、黄色い影が勢いよく部屋へと入ってきた。

「どーん!」

 何が起こったのかと目を丸くするモンムスたち。かく言う俺は音にビビって身体をビクっとさせた。チェルに至っては無表情で遠くを見る始末。窓が、って言うように口が動いた気がした。

 室内に割れた窓ガラスが散乱し、バサバサと羽音が響く。

 何が起こった。

 視線を上げると、黄色い色をした幼児が部屋を旋回して飛んでいた。

「エア?」

「そうだよ父ちゃん。その気になったから来ちゃった。ウチも今日から父ちゃんと暮らすからよろしく! チェル様もお世話になるよ」

 ご機嫌そうに笑顔で見下ろすエア。黄色いベリーショートの髪が風に揺れ、忙しく羽ばたきを繰り返す。ただ気になるのは、おでこが血で滲んでいることだ。

 こいつ、ひょっとしてヘッドバットで窓を叩き割ったのか。そういえば、卵から孵るときもヘッドバットだったっけ。

 俺が呆然と眺めていると、エアは何かに気づいたように口を丸くした。頭から電球マークがピコーンと光った感じだ。

「あっ、みんなも揃ってるね。ウチはエア。父ちゃんとハーピィの母ちゃんの娘だよ。三人目で次女なんだ。よろしくね」

 モンムスたちはポカンと見上げていたが、全員でコクリと頷いた。

「しかしエアもいきなり来たな。なんかあったのか」

「うん。お空を飛んでるときに、お城の裏の広場で楽しそうにしてたのを見かけたの。楽しそうだからウチも混ざりたくなったんだ」

 あぁ、あのアニメのごっこ遊びを全力でやってたときか。そういや空になんか飛んでたな。アレ、エアだったのかも。

 まぁ急ではあったけど、ようやくモンムスたちが勢ぞろいしたな。

「ところで、俺と一緒に飛べるようになるまで練習するって言ってただろ。もう諦めたのか」

 エアはテーブルの上に鳥脚で降りると、首をブンブン横に振る。

「うんん。まだできそうにないよ。でも、父ちゃんと一緒に練習しなくちゃ意味がない気がするんだ。だから練習、つき合ってね」

 首をちょっと傾げながら笑顔を振りまいた。あかん、これは断れんわ。

「ふふっ、ふふふっ」

 不意に呪わしいような不気味な笑いが聞こえてきた。チェルが一本の金髪を幽霊めいて噛みながら、瞳の色をなくしてどこかを見ていた。

 ちょっとチェルさん。とても怖いんですけど。その姿を見たものは一週間後に死ぬみたいな雰囲気を纏っているんですけど。

 身体を仰け反らせていると、不意にチェルが目を合わせた。ヒッて悲鳴をよく出さなかった俺。

「コーイチ。部屋が散らかってしまったわね」

「おっ、おう」

「見てごらんなさいよ。窓だってキレイに穴が開いているわ。ふふっ」

「そうだな」

 お願いチェル。止まって。瞳も笑い声も死んでいるから。

「もう、モンムスたちを子供部屋に移しても、いいよね」

 エアのヘッドバットは窓ガラスだけでなく、チェルのメンタルも打ち砕いたようだ。まるで子供部屋に移すことをゴールだと思っている節がある。

「え……エアとだけは三日、一緒にすごしたいんだけど」

 おそるおそるの確認である。ダメならダメでしょうがないけど、少しぐらいは一緒にすごしたい。エアだけ俺と一緒に暮らせないっていうのも酷な気がするから。

 ギラリと怪しく、赤い瞳が光った。ワインレッドが腐ったような色合いだ。

「ダメ……でしょうか?」

 一つ言葉を間違えるだけで殺される気がした。けど、父親として譲れない部分もあった。

 チェルは地獄の門でも開くように俺を見据えていたが、やがて深いため息を漏らす。

「はぁ。エアだけよ。感謝なさい」

「あっ、ありがとうございます」

 俺はその場に土下座をし、頭を打ちつける勢いで感謝した。圧倒的なやつだ。

「父ちゃん。ウチと一緒に暮らせるの」

「そうだぞ、よろしくな」

 できる限り最速で立ち上がり、エアをギュッと抱きしめる。こうして、エア以外のモンムスは子供部屋へ移動となった。


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