40 成長速度
部屋の中央で一つ目の黒い女の子シェイが、紫色をしたクモの男の子デッドに闇の剣を突きつけた。
私はクモの糸に囚われ、腕の自由が効かない状態でデッドが泣くのを眺めている。
うるさいわ。負けて泣き喚くだなんて。ほら、顔もグシャグシャ。大きな口を開けて、ホント情けない。
シェイの腕から延びる闇の刃が気化するように空気に霧散する。残ったのは色白のやわらかそうな手だけだった。指を伸ばして、手刀の形に整えている。
いえ、情けないっていうの酷ね。生後一ヶ月と思えないほどよく戦ったわ。この歳にしてスキルを多用する戦い……いえ、ケンカといった方がいいかしら。とにかく歳の割には上出来だったわ。
無論、スキルはともかく身体能力は魔物の方が遥かに強い。純粋な筋肉量の違いが大きすぎる。
ため息をついて天井を見上げると、視界いっぱいにクモの巣が見える。
あの立派なクモの巣を、デッドは一瞬にして作りあげた。その一点だけ見れば実用にも使えるレベル。異様に早い成長速度は、恐らく経験値ブーストLの恩恵。怖いわね。コーイチの子供の全員が同じ速度で成長しているとなると、とても笑えないわ。
比べて私は、メッセージしかスキルを持っていない。コーイチはステータスチェックを持っているから、スキルを隠しても無駄でしょうね。
嘆息しながら視線を下す。
アクアが青い瞳をキラキラと輝かせながらシェイを眺めている。
フォーレは無表情ながらも、ほっと安堵したような表情を浮かべている。
グラスはケンカの結果に、茶色のネコ目を見開いている。
ヴァリーが信じられないものを見たようにオレンジの瞳を見開いている。
まるで逆転された悪党のようね。好き勝手やっていたもの。自業自得かしら。
コーイチがシェイに近づくと、軽く握った手の甲で、コンっと黒いおかっぱ頭を叩いた。
「痛っ。父上?」
一つ目が不思議そうにコーイチを見上げる。一本線の長い眉毛が緩い谷を描く。
「ちょっとやりすぎだ。でも、よくやったな」
コーイチが苦笑気味に微笑むと、シェイも誇りげに口元を笑わせた。
「はい。無事に現状を制圧しました」
武骨な手でシェイの頭をグシャグシャと撫でた。髪が乱れているだろうに、シェイは嬉しそうに頬を赤く染めている。
まったく。まだ状況が収まったわけでもないのに、のんきなんだから。あら?
コーイチはデッドの傍で腰を下ろすと、紫のカリアゲを包むような手のひらでポンポンと叩いた。
「うっぐ……なんだよジジイ。テメェも俺をバカにする気かよっ。チクショーが」
「いや、たいしたもんだよデッドも。まさかスキルを使いこなすなんて思ってもみなかった。俺が戦ったら絶対に負けてたぜ」
またコーイチは。いともたやすく情けないことを堂々と言いのける。しかもあんなにキラキラとした笑顔で。本気で幻滅してしまうわ。
「うっせぇな。ジジイに勝っててもしょうがねぇだろうが」
言葉は突き放すようだけど、満更でもない様子でデッドは顔を背ける。
「かもな。でもデッドもすごいんだ。あとはもうちょっとみんなと仲良くできれば文句ないな。一人で楽しむよりさ、みんなで楽しもうぜ」
「しらねぇよ。そんなん。でも、どうしてもっていうなら、仲良くしてやらねぇこともねぇぜ」
ふて腐れているけど、耳にはしっかり届いているみたい。すぐに変わるとも思えないけど、きっかけにはなったのでしょうね。
コーイチは期待してるぜと頭を軽く叩いてから、ヴァリーのもとへと向かう。
「パパ?」
「安心しろ。俺はヴァリーのことを嫌ってなんていないよ。でもなっ」
パァン。
コーイチの平手がヴァリーの頬を振り抜いた。
私を含めて、部屋中の子供たちが驚きで目を見開く。部屋が色褪せ、時が止まったような錯覚を覚えた。
ヴァリーはオレンジの瞳を揺るがせながら、叩かれた頬に手を添えてコーイチに向き直る。
「アクアもフォーレもシェイも同じように愛しているんだ。みんなをイジメ続けるようなら、俺も愛せなくなっちゃうぞ」
コーイチが睨みつけると、ヴァリーは唇の下に山のようなしわを作って大声で泣き出した。かわいく整っていた顔がグシャグシャにゆがんでいる。
「わぁぁん。ごめんなさいぃぃ!」
赤いパーマを弾ませながら、コーイチの胸へと顔を埋める。
「よしよし。ちゃんとアクアたちにごめんなさい言おうな。仲直りできるから、なっ」
母のような包容力でヴァリーを抱きしめ、赤い髪を撫でながら宥める。
どうやら、大丈夫そうね。コーイチのくせに、役に立つときは立つんだから。
一安心して天井を眺めると、立派なクモの巣が張り巡らされている。身体もクモの糸で拘束されているから腕の自由がきかない。
とりあえず、ひと段落したらクモの巣をどうにかしてもらわないと。私の部屋、あと何日もつかしら。
戦場となる自室に危機感を覚えるわ。部屋が原型を留めているうちに、モンムスを子供部屋に移したいわね。
純真爛漫エアと乙女好きのシャイン。二人が合流するのを想像するだけで身体がすくんでしまうのだった。




