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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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39 チャイルドラッシュ

 チェルが窓の外を眺めていた。代わり映えのない、毒々しい色をした昼間の空が広がっている。毎日のように見ている自室からの風景に何を求めているのだろうか。

「アクアってイカなんだよね。だったら二本足なんておかしいじゃん。ヴァリーが十本に裂いてあげるね」

「やめてよヴァリー。痛いっ、痛いよ」

「ヴァリーはやりすぎぃ、いい加減にしないと怒るよぉ」

 白いソファーではヴァリーがアクアにイタズラして、フォーレが身体を割り込ませながら止める構図ができあがっている。

「きひひっ、グラス。ボディがガラあきだぜ」

「うごふっ。デッドきさまぁ」

 片や絨毯の上では、腹筋をしていたグラスにデッドがひじ打ちを落としていた。グラスがデッドにつかみかかろうとするも、紫色のシャツを揺らめかしながら軽快に避けられてしまう。下は半ズボンだ。

 すべての雑音がまるで聞こえていないように、チェルは部屋に背を向けている。

 チェルのやつ大丈夫か。放心状態もいいとこだぞ。

 シェイと手を繋いで部屋まで戻ってきたら、もうすでにできあがっていた。チェルの自室が子供の戦場と化している。

「ふぅ。話には聞いていましたが、予想以上に荒れていますね」

 シェイが一つ目で部屋全体を見渡すと、ため息をついた。

「父上。これより実力行使のもと、現状を制圧してみせます」

 シェイは見上げると、ニコリと微笑んだ。やさしげな瞳が部屋に向けられた瞬間、闇に潜む忍者のものに変わった。

「あの、おてやわらかにお願いしますね」

「……慈悲(じひ)はなし」

 ちょっとシェイさん。何をやらかすおつもりですか。アイエェェェな惨状にだけはしないで下さいね。ホント。

 祈る思いで外見一歳児、実質は生後一ヶ月の背中を見送る。色白の背中が頼もしいのやら恐ろしいのやら。

「忙しいところに失礼します」

 凛とした声を響かせ、部屋じゅうの視線を集める。ケンカになりかけている男子組が、ソファーで陰湿なイジメを醸し出している女子組が、まだ昼間なのに背中が黄昏(たそがれ)ていたチェルが、シェイに振り向く。

今日(こんにち)より父上と暮らすことになりましたシェイです。第七子四女、人間の父上とシャドーの母上との混血です。以後、お見知りおきを」

 自己紹介を済ますとキビキビとした態度でお辞儀をする。

 いきなりのことで驚き、場が静まりかえった。

 最初に我に返ったのはヴァリーだ。口元をニコリとゆがませてソファーから降りると、赤いパーマを弾ませながら踊るようにシェイに近寄った。

 腰を曲げて、ひっつくんじゃないかってほど顔を近づけた。

「きゃは。ヴァリーだよ。ママはスケルトンなんだー。それにしてもすごいね、一つ目だなんて。人間と違って化け物だよねー、パパに相応しくないよ」

 オレンジの瞳が蛇のように絡みながらシェイを見上げる。

「別にかまいませんよ。父上に相応しくなかろうと、自分は影より父上を守り抜くと決めていますから。それと、父上はイジメをするような悪い子は嫌いなようですよ。そのうち声をかけても返事してもらえなくなるでしょうね」

「なっ!」

 怯んで後ずさると、オレンジの瞳に殺意を芽生えさせる。

「父上はアクアもフォーレも愛しています。おそらくはまだ、ヴァリーもそうでしょう。ですが愛しい二人をイジメるようでは、愛情も薄れて消えるかもしれませんね」

「そんなことないもん。パパはヴァリーに溺愛なんだもん。シェイの方こそ、かわいいヴァリーちゃんをイジメてパパの愛情が消えていくんだ!」

 身体ごと頭を横に振りながら否定すると、シェイを指さして怒鳴りつけた。

「ですから、かまわないと言っているんです。ヴァリーは学習能力のないお子ちゃまですね。せいぜい指をくわえて愛されることを待っていればいいですよ。父上の足手まといになりながらね」

 冷凍マグロのように冷え切った視線でヴァリーを射抜く。いつもの楽しげで人を小ばかにした笑顔は、すっかり悔しさにゆがんでいた。

 目尻には涙が溜まっていて、威嚇(いかく)する犬のように歯をむき出しに睨んでいた。

 シェイのやつ、思いっきりケンカ腰にスタートしやがった。しかもヴァリーを相手に圧勝している。ヴァリーがイタズラのすぎた子犬なら、シェイはしつける飼い主だ。

「ねぇパパ、ヴァリーは嫌われたりしないよね。一番愛されてるんだよねー」

 シェイを相手に勝てないと思ったのか、はたまた不安に駆られて確認したくなったのか、ヴァリーは俺に助けを求めてきた。

 いや、一番愛してるのは……ヴァリーじゃないぞ。嫌ったりはできないけど、一番だけは譲れないな。さて、どうこたえるべきか。

 あごに握った手を寄せて、うーんと悩む。考え込んでいたら、それが答えになってしまった。

「なんでパパ。どうしてすぐにヴァリーのことを一番愛してるって言ってくれないの! もう、ひっく……ヴァリーのこと……ひっく、嫌いなんだっ!」

 大声で泣き出した。

 あっ、しまった。まぁ、ヴァリーにはいい薬になるかもな。でも後でフォローもしないと。

 アクアが目を点にして、意外そうに眺めている。フォーレは表情こそ変えなかったが、安堵の息を漏らしていた。

「もうやだぁ! デッドー、こいつやっちゃってよー。うわぁぁん!」

 泣きながらシェイにデッドをけしかけるヴァリー。何としてもシェイに痛い目を合わせたいのだろう。

「きひっ、情けねぇなぁヴァリー。しょーがね、僕が灸を(きゅう )据えてやるよ」

 気だるそうに近づくデッドを、シェイの一つ目が捉える。

「こちらこそ好都合です。鍛錬するグラスの邪魔をし、父上の平穏を乱すデッドには痛い目を見させるつもりでしたので」

 身体の向きを合わせると、シェイからモワリと闇が噴き出した。霧のように部屋に漂い、見るものを不安にさせる。

 デッドの危険な瞳が赤く光る。ニヤリと笑顔をゆがませ、余裕の態度で立つ。

「僕と正面切ってやりあうつもりか。いいぜ、後悔させてやるよ」

「その言葉、リボンをつけてお返ししますよ」

 宣言すると同時にシェイが殴りかかる。色白で短く、プニプニしている手をグーにしてデッドの顔に一直線。

「きひっ、遅ぇよ。おいたしたお仕置きだ。僕の力をみせてやんよ」

 デッドはこぶしを避けてから飛ぶと、空中で紫の光を放つ。

「なっ、なんだ」

 俺が驚いていると紫色のボロ布が宙に舞いだした。デッドの下半身はクモのそれとなり、糸を吐き出して瞬時に巣を作り出す。

 巨大で立派なクモの巣だ。床に影ができるほど密度があり、絡めとらわれる危機感を覚える。

「きゃっ」

「うおっ」

 部屋の所々で悲鳴が上がった。見ると部屋にいる全員がクモの糸に捉えられていた。俺も例外ではない。身体に巻きついて簡単には抜け出せない。

 デッドのやつ、本気でシェイにケンカを売りやがった。あれ、なんか力が出ないような。

 気がつくとみんなも元気がなくなり、膝をついて倒れこんでいた。チェルでさえも。

「みんな、どうしたんだ。なんでこんなに、気だるく……」

「きひひっ。これが僕のスキル、テリトリーの能力(ちから)だ。クモ(ぼく)の糸に触れているやつらはみんな、力が抜けて動けなくなるんだぜ。どうだジジイ、すげぇだろ」

 なっ、デッドのやつ。もうスキルを使えるようになっているのか。テリトリーがこんな効果だったとは。

 高みから自慢げな笑い声が降ってくる。ひょっとしたら自分に酔いしれているのかもしれない。

「さてと、さっきから図に乗っていたバカに現実を見せてやらなきゃな」

 きひっと悪い笑みを浮かべると、シェイにターゲットを絞った。

 這いつくばったまま顔をあげて、一つ目で恨めし気にデッドを睨む。

「おーおー、怖いねぇ。二度とそんな表情できないようにしてやんぜ」

「やめろデッド」

 あまりの非道にグラスが吠えた。

「出来損ないなお兄ちゃんは引っ込んでな。テメェは無力なんだからよぉ」

 デッドの言葉は毒針となり、グラスの心を壊してゆく。無力を実感したのか、茶色いネコ目から一筋の涙が流れた。

「この、下種(げす)が」

「きひひ、テメェも同じだぜシェイ。そんなんでジジイを守れるだなんてチャンチャラおかしいんだよ。だがテメェは言葉だけじゃ足らねぇ、身体に力量差を刻みつけてやんよ」

 巣から跳ぶと、落下の勢いをつけて殴りかかった。

 ちょ、容赦ねぇなデッド。シェイは女の子なんだから手加減を……って。

「なっ!」

 デッドが頭にゲンコツを降らせる瞬間、シェイが影のようにスッと消えた。バンジージャンプよろしく、お尻に糸をつけていたので床にビチャっといくことはなかった。

「消えた。バカな、どこに行った」

 宙ぶらりんの状態であたりを見渡す。シェイの姿どころか影すらも見当たらない。

 どこに行ったんだ、シェイ。

 デッドはお尻の糸を引いて、巣まで戻ろうとする。

「させませんよ」

「なっ、うぐっ!」

 シェイは巣の裏側から頭を出すと、闇の刃でお尻の糸を切った。支えを失ったデッドは無様に落下して顔を打ちつける。

「いってぇ。シェイ、このやろっ……!」

 振り向いて見上げようとした目先に、闇色の凝縮された剣が突き出されていた。色白の右手が闇を纏い、剣と化している。

「まだ、やりますか?」

 暗色の瞳が虫けらを見下す。

「なんだよシェイ、その腕は」

 赤い瞳を驚愕に開き、震えながら訪ねる。

「スキルですよ鉱質化(こうしつか)(やみ)。闇は自分の魔法で作ることも操ることもできる。そしてスキルによって闇を集めて硬質化し、鋭い武器へと作り変えることを可能にしています」

 驚いた。シェイもスキルを使えるのか。子供たちのうち、スキルを知っているのはフォーレだけだと思っていたのに。いや、使えるようになって理解したのかも。

 驚愕に目を見開くデッドを見る。

 デッドはシェイのスキルを知らなそうだったし、シェイもデッドのスキルは予想外に見えた。

「もう一つ。あなたの糸を振り払ったのも、スキル影潜りによるものです。デッドには感謝しましたよ。あんなにも大きな影を作ってくれましたから。おかげで影に潜って移動するのがかなり自由でした」

「バカな。僕のクモの巣が、そんなことに」

「さて、力量差は理解しましたね。でしたらもう、出しゃばらないで下さい。出来損ないのお兄ちゃんは無力ですので」

 自分で撒いた毒針が自分に返ってきたようだ。加えて闇で塗り固められた冷たい刃もブレンドされている。

 未熟なデッドは、ただ泣いて敗北を理解することしか許されないのだった。


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