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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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38 闇より舞い降りたエンジェル

 漆黒に包まれた部屋は基本的に何も映さない。部屋を飾る装飾品も、床や天井や壁も、ドアの隙間から漏れるはずの光も、部屋の主人(あるじ)も、確かに存在している自分さえも。

 闇の間。

 シャドーを主人(あるじ)とする部屋は光の存在を許さなかった。一ヶ月ほど前までは。

「……ってわけでさ、ヴァリーとデッドを引き取ってから、どうしていいかわからねぇわけよ。子育てが破綻しかかってる」

 ヴァリーとデッドを預かってから三日が経った。二人のイタズラは日に日にエスカレートしている。

 アクアはよく泣くようになり、グラスの怒鳴り声が後を絶たない。フォーレは顔に出ないものの、(しお)れたように疲れている。手に負えないよぉ、と弱音をはくこともあった。

 俺は子守をチェル一人に任せて、シェイの様子を見にきていた。

 身振り手振りで苦労を語るも、動きは闇に飲み込まれている。だがシャドーと、俺を見あげるパッチリとした一つ目には見えているのだろう。

 シャドーと俺との娘、シェイの瞳だ。闇の間の例外として、彼女の瞳だけは光を発していた。

 瞳は頭三つ分低い場所にあり、上の方はおかっぱの前髪の形に陰りができている。黒い瞳孔でギョロリと俺を見上げていた。

「なるほど。ヴァリーとデッドがおいたをして、チェル様を困らせているのですか」

 闇から弦楽器のような高い声が響く。声色は平坦だが、内に毒々しい感情をため込んでいる気がした。

「デッドとヴァリーは自分と同じ、父上の子なのですよね」

 丸い瞳が、俺から見て左上の方に向けられる。シャドーはそこにいるんだろうか。

「その通りです。実験体でありながらチェル様を困らせるなど、たとえ生後一ヶ月の赤子といえど許される所業ではありませんね」

 言外に、どうしてしまおうかと聞こえた気がした。シャドーさん、心の闇が部屋まで漏れでていますよ。漫画の擬音でいうならゴゴゴゴですよ。

「母上、自分はまだ未熟な身です。ですがデッドとヴァリーを看過(かんか)することはできません。だから、自分も父上と一緒に暮らそうと思います」

 シェイは瞳に強い意志を込めてキッパリと宣言する。天井を見上げているのがかなり気になるけど、あたたかな気遣いが身体に沁みる。でも、シャドーさんはどこにいるの。ホントに見えているか怪しく思えてきたよ。

 訝しく思いながら俺はシェイの傍に寄り、視線を合わせて頭を撫でた。手触りのいいサラサラな髪だ。

「ありがと、シェイはやさしいな。でもあいつらは言って聞くようなやつらじゃないからなぁ。頭ごなしに叱りつけても嫌われるだけな気がするし」

 嫌われても改心してくれるなら叱れるんだけどな。ちゃんと納得させないと意味がないから難しい。

「それは父上が、父親として叱ろうとするから難しいのです。自分のように年の近い者ならば、実力行使も有効なはずです」

 あれ、なんか瞳にドス黒い炎を宿らせている気がするぞ。シェイは何をしでかすつもりなの。

 サーっと、身体のなかを冷たいシャワーで洗い流したよな感覚におそわれる。体温が床に流れ去ったような寒気だ。

「いいでしょうシェイ。まだまだ未熟なところが目立ちますが、コーイチと共に暮らすことを許します。ただし、しくじったときは戻ってきてもらいますよ」

「母様。初の役目、このシェイが立派にこなしてみせます。それに、父上に撫でてもらったので俄然(がぜん)やる気が出てきました」

 シェイは俺の後方を見つめる。瞳から確実に成功させるという意気込みが伝わってくる。ところでシェイさん。ひょっとしてシャドーさんは、闇の間を縦横無尽(じゅうおうむじん)に動き回っているのですか。

「期待していますよ。シェイが待ちに待ったコーイチと暮らせる日がきたのです。その記念すべき一歩目を、華々しく飾ってみなさい」

「ちょっ、母上。それは言わない約束ですよ」

 シェイに初めて動揺が見えたな。俺と一緒は恥ずかしいのかな。

「ふっ、シェイもまだまだ甘いですね。感情が表に出ていますよ。シャドーの血を分けるなら心を闇に浸しなさい。感情を殺し影となり、いかなる手段を用いて主人(あるじ)を守りなさい。たとえ嫌われようとも忠誠を尽しなさい」

「はい! 行ってきます」

 うお、シャドーもマンティコアと同じで忠誠タイプだ。凝り固まってないといいけど。

 心配していると、手に冷たい感覚を覚える。シェイが小さな手で、俺の手を握っていた。

「父上。これからよろしくお願いします」

 しっかりと目を見つめて確認をとってきた。微笑ましいほどまっすぐに。

 いくらなんでも心配がすぎたな。きっとシェイは大丈夫だ。

「あぁ、よろしくな、シェイ」

 ハグをしてから立ち上がる。小さく、冷たい手を握ったままシャドーにドアを開けてもらう。

 四角くドアの形に光が漏れ、出口へ向かって歩き出した。光に触れるとシェイの白くプニプニした足が姿を現す。それから黒い翼のような模様を描いた身体が現れる。ピッチリした服のようだ。最後に顔があらわになる。

「ん、外は眩しいですね。慣らさなければ支障がでます」

 瞳は眩しそうに瞬きを繰り返し、あいている手で庇を作る。目の端には涙も溜まっていた。

 おかっぱの短い髪にちょこんとした鼻。かわいらしく浮かんでいる唇に色はなく、肌の色と同様に不健康な色白だ。

 シェイの全身がモノクロで彩られているが一ヵ所だけ、目の下にあたる部分は嬉しい桃色に染まっていた。

「シェイは闇の間にずっといたもんな。ツラいか」

「ツラいというよりは、痛いですね。光の矢に目が貫かれる感じです」

 無茶苦茶ツラそうじゃないか。ひょっとして天空の城を支配しようとした大佐の最後な感じじゃないか。サングラスでもあればいいんだけど。

「父上、自分は大丈夫です。ですから急ぎましょう。父上の娘として、同じ父上の子に鉄槌(てっつい)を下さねばなりません」

 明らかに無理をしているというのに虚勢を張るシェイ。

 いろいろと不安はあるが、父親として信じてやることにした。どうにか無事に終わりますように。


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