22 受け継がれる力
「やっぱり、シェイも母親任せにするのね」
チェルの言葉は呆れを通り越して確認になっている。
「シェイも特殊だからな。闇のコントロールの仕方を教えるってシャドーも言ってただろ。俺には属性のことなんてチンプンカンプンだから無理だ」
闇の間でチェルも一緒に聞いていたので、やり取りに嫌味を含んでいるのだろう。広い廊下に染み渡るほど大きなため息を漏らした後に甲斐性なしと、とどめを刺した。
「さて、最後はスケルトンだな」
「いい身分になったものね。私の気分をないがしろにするだなんて」
「俺にどうしろってんだよ」
こっちは最弱の身なんだからな。スキルは持っているけど、有効活用なんてできないんだし。
「ふふっ、いい気味ね。しょぼくれている方がコーイチらしくて素敵よ」
「褒めてねぇだろ、それ」
肩を落としながら地下へと降りていく。地底湖とは別の場所、たくさんの十字架が地面に刺さっている墓場がある。
霧が出ていて、何かが出そうなおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。もしもここに井戸があったら、彼女が這い出てくるだろう。くる、きっとくる。
「相変わらず怖い場所だな。墓場だけは何度きても肝が冷える」
「主に不死系の魔族・魔物の住まいですものね。人間は朽ちた者に不用意な恐怖を覚えるもの、コーイチもさぞかし堪えているのでしょうね」
かわいい子供でも見るように嘲笑する。仕方ないから世話を焼いてあげる感を、これでもかというほど醸し出している。
「まっさかー。こんなにかわいい私をコーイチが怖がるなんてありえないわよ」
「へっ。うおぉあぁ!」
不意打ち気味な声に振り向くと、頭ガイコツが目と鼻の先に待ち構えていた。自分でもよくわからん変な声が出たよ。思いっきり尻もちついちまったし。
「きゃははー。ひっどーい。コーイチってば私の顔見て死神と目が合ったように驚いたよ。酷いよねーチェル様」
「お前の顔は死神とたいして変わらないかんな」
「えぇ、ホントにコーイチは酷い男ね」
「チェルも何気に同意すんじゃねぇ」
「情けないポーズのままかみつかないで。底が知れてよ」
「うっせ、今更だ」
そりゃ尻もちついて見上げながらじゃ、かっこもつかねぇよ。けどさ、文句の一つぐらい言わせろってんだ。
「さて、お遊びはここまでにしましょ。スケルトン、調子はいかがかしら?」
「最近はこの子もよく暴れるようになったわ。早く出たいって生意気にもおなかを蹴るのよ。マジふざけんなだし」
口調の割には楽しそうな声色をしている。そしておなかを擦るような仕草をしているのだが、どう見てもおなかにあたる何もない空間を撫でている。
「相変わらずわかんねぇんだが、そこに子供がいるのか?」
「いるに決まってんでしょ。見てわかんないの? コーイチの目は節穴なの?」
穴になってんのはお前の腹だよ。見事な空洞だよ。
「あなたはまだ生まれないのね」
チェルが空洞を見て、確認を取る。
「うん。まだ出てくる感じはないかな。どうしたの」
「いえ。今日また立て続けに六人目、七人目が生まれたものでね」
「そっかぁ。私が最後かぁ。なんか悔しー。チョーがっかり」
スケルトンはうなだれると、ムキーと暴れだした。
「おいおい、そんなに動いて大丈夫かよ」
「大丈夫よこれくらい。コーイチやさしー。心配してくれたんだね」
何もない窪んだ眼窩になぜか輝きを感じる。気のせい、きっと気のせいだ。
「勝手に思ってろ」
立ち上がって、けつをパンパンと手で払う。
「どうやら今日生まれることはなさそうね。スケルトンも体調はいいみたいだし、今日はもうお暇するわ。また様子を見にくるから、よろしくね」
チェルは安堵を漏らすと、微笑を浮かべる。落ち着く暇もない出産ラッシュに疲弊しているのかもしれない。スケルトンとの子供はもっとゆっくり生まれてほしい。チェルの為にも。
「おっけー。じゃ、また明日。コーイチも楽しみに待ってるからねー」
スケルトンは終始ご機嫌に手を振って、俺たちを見送ったのだった。
翌日。
「スケルトン、調子は……えっ?」
チェルを先頭に墓場に入ったのだが、困惑と同時に立ち止った。俺は止まりきれずに背中を押してしまう。
「うおっ、すまねぇ」
「いえ、別にいいけど。それよりコーイチ、アレ」
俺がミスをやらかして怒らないなんて珍しいな。何を見たんだ。
チェルの白い指先を視線で追うと、スケルトンが立っていた。腕に女の子を抱いて。
「……はっ?」
「産まれちゃった。昨日チェル様たちが帰った後、すぐに陣痛がきてね。もぉ一人で大変だったんだから」
あっけらかんな態度で近づくと、赤ん坊が見えやすいように抱き直した。燃えるような赤い髪はパーマがかかったようにうじゃうじゃしている。オレンジの瞳にキツイ角度の眉毛。思ったことは何でもはっきりといいそうだ。
ホントに骨から生まれたのかと疑問に思うほど、肌はふっくらと肉ついている。ただ、スケルトンの名残りか、右手と左足は骨がむき出し状態だった。
「意外だ。思ったよりかわいいじゃないか」
「でしょう。かわいいよね、私たちの子供。じゃあコーイチ、名前をつけてよ。今までつけた他の子よりもかわいい名前をさ」
「名前って競うようなもんか?」
めんどくさいけど、ここまで流れができていると断れないよな。どうしよ。
「じゃあテキトーにヴァリーで」
もう意味も何も込めていない。八人目となると面倒になってきた。
「ヴァリー。うん、かわいい名前だね。よろしくねヴァリー。ほら、コーイチもヴァリーを抱いて抱いて」
「おぉっと」
スケルトンが俺の胸にヴァリーを押しつけるので、あわてて抱きとめる。居心地がいいのか、きゃっきゃと笑って手を伸ばした。
わかるんだな。俺が父親だって。眺めているだけでホッコリとしてきたぜ。
「俺がパパだぜ。よろしくな、ヴァリー」
抱いて見ているだけで楽しい。いつまででもこのままでいられる自信があるね。腕が凄く疲れるけど。
「結局、全員無事に生まれたわね。この子たちはちゃんと強く育つのかしら」
またチェルは生まれたばかりの子に身も蓋もないことを。でも、生まれながらのスキルを持っているかもしれんな。久しぶりにステータスチェック使ってみるか。
調べたいと意識するとウィンドウが出てくる。今しがた名づけたばかりのヴァリーも表示されていた。
この能力は万能だな。他のスキルは知らんけど。さてどうなっているかな。
ヴァリーを選択してステータス画面を開く。レベルが一なのは生まれたばかりだから当然だ。ステータスも全部一ケt……あれ、二桁があるんですけど。俺全部一桁なのに。
悲しくなってきたから数字を見ないようにして、スキルを確認する。
『完全人化』『鏡映人化』『ボーンマリオネット』『経験値ブーストL』
「えっ?」
「コーイチ、どうかして?」
「いや、なんでもない」
声を上げてしまったことを咄嗟にごまかし、再度確認する。
経験値ブーストLって、俺のスキルだよな。偶然か? わからんけど、改めて俺のモンムスたち全員のステータスをチェックした方がいいかも。
ひょっとすると、大変な子供を生み出しちまったのかもしんねぇ。
身体の奥底が熱を帯び、心音が早く大きくなる。口のなかが疼つき、焦る気持ちがわき出してくる。
落ち着け。絶対にそうってわけじゃないんだ。でもどうしても、そうじゃないかって思っちまう。
高まる気持ちを抑えるのにいっぱいいっぱいだった。




