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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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21 闇が集いて

「ホント、コーイチの子供は気がつくと生まれているわね。今回も母親頼みかしら」

 魔王城の廊下でチェルと落ち合い、シャドーがいる部屋へと向かう。

「まぁな。っていうか、デッドの場合は近づけんかった。子グモも大量に生まれていて、下手すると危険だってアラクネが言ったからな。危ないから子グモがデッドの命令をしっかり聞くまでは部屋に入ってくんなとさ」

 だだっ広い廊下を歩いていると魔物とすれ違う。デーモンとかキメラとかが道をあけると、恭しく頭を下げて俺たちが通りすぎるのを待った。

 最初見たときは何の理由もなく殺されると思って、チェルに震えてしがみつきながら歩いたな。今やすっかり慣れてしまったけど。もちろん怖くないといえば嘘になる。

「相変わらず情けないわね。八児の父になる予定なのよ、やっていけるの」

 うっ、赤い視線が雷となって俺の胸を貫きやがる。

「なかなか痛いことを言ってくれるじゃないか。しかし、チェルはまだ俺の本気に触れていないだけだ」

「では楽しみにしているわ。コーイチの本気になったところを」

 できの悪い子供を相手するように笑い、見下した視線を送る。期待なんて完全にしていない態度だ。ぐぬぬ。

「さて、お遊びはここまでにして、シャドーの様子を見るわよ」

 気がつけば、漆黒で塗られたドアの前までたどり着いていた。ドア自体は片開きのさえないつくりだが、眺めていると闇に吸い込まれるような感覚に陥る。

 入り込んではいけないと頭のなかで警鐘(けいしょう)を鳴らす。でも入りたい衝動に駆られる。ドロドロに黒くて甘い蜜のようだ。

「相変わらずシャドーさんのところは危ない匂いがむわんとしてるな」

「人は光を求める反面で影もまた求めている。本能が危険と知りながら安らぎを求めるようにね」

 チェルがドアを押し開け、俺が後に続く。部屋は真っ暗で、明かりの一つも灯されていない。部屋の装飾や材質、広さなんかも見当がつかない。ただ闇だけが詰め込まれている。

 部屋に数歩入り込むと、ドアが音も立てず静かに閉まる。漏れていた四角い光さえも闇にのまれた。

 この部屋に入るとどうしても自分の身体を確かめてしまう。確かに存在するはずなのに、己の手すら見えない。まるで自分がここにいないような錯覚を覚え、身体が震え上がった。

 そんなどうしようもない恐怖に打ち震えていると、いつの間にか背後に影が忍び寄っていた。影の存在に気づいたとき、恐怖感だけで死ぬのではないかという衝撃を受けた。

 まぁ、最初に入ったときの話だけど。相変わらず暗闇は怖いし、シャドーさんは背後からスッと近づいて俺をショック死させようとする。けど十ヶ月も通ってりゃ慣れるよ。

「ん、あれ? なんかいつもより息苦しいような」

 おかしいな。暗闇には慣れてきたはずだったんだけれども。いつもよりも部屋全体が黒々しい気がする。

「コーイチにも感じられるほど、闇が凝縮しているのね。私も驚いたわ」

 驚いているわりには、普段の耳にやさしい高い声をしている。顔色が全く窺えないので表情を楽しめないのが残念だ。

「チェル様とコーイチか。ちょうどいいところにきましたね」

 冷たく感情のない声が耳に届く。事務的で、とっつきにくそうな口調のシャドーさんだ。あいにく姿形はわからない。影のように実態のない魔族らしいが、闇の部屋でしか出会わないので朧げ(おぼろ )な姿すらお目にかかれない。

「ちょうどいい、ね。七人目の子供が生まれるのかしら。闇の凝縮はこの影響ね」

 なんか、シャドーの子供はすごく禍々しい感じなんですが。闇の凝縮、何それ? 温かみのカケラも感じないのですが。

「六人目ではないのですね。先を越されましたか。まぁいいでしょう。チェル様がお察しの通りです。自分の子供は闇を凝り固めて身体を作り、影に交わる(すべ)を覚える。闇を取り込み己が支配下に置きしとき、子供は生まれます」

「あの、何の力もない人間が立ち会っても大丈夫なんですかね? デッドのときより恐ろしい予感がするんですけども」

 腰を屈め、いつでも逃げられる準備をしておく。けどドアがどこにあるかもわかんないし、第一いざとなったら腰が抜けるだろう。もう何回も腰を抜かしてきたからな。この予感は当たる。

「コーイチは父親であろう。ならば立ち会うのが義務だ。それに、危険はほぼない。安心してみていろ」

 あっ、はい。と気の抜けた返事をしておいた。シャドーはまずテキトーなことを言わない。けれど俺の常識に当てはまっているかはまた別の問題なんだよな。

 呆れていると目に負担を感じ出した。もともと暗くて何も見えないのだが、それに加えて盲目になっていくような、底知れぬ恐怖感に身体が冷やされていく。

 やばい、発狂しそうだ。俺のSAN値は大丈夫か? 1D100を振らなければ。

「へぇ、初めて見るけど、なかなか凄まじい恐怖感ね。魔族の私でさえもゾクゾクするわ」

 チェルさん。言葉の割に喜びの色が混じっているんですけども。

「当然ですよ。この子はチェル様の実験結果なのです。失敗はあり得ません」

 シャドーには盲信的な信頼がこもっていた。信じられるのはときとして不安を呼び寄せる。特に今のチェルには重すぎるんじゃないか。

 チェルを見ようにも闇がカーテンのように遮って邪魔をする。一体どんな表情をしているのか無性に気になってしまう。

 が、俺の心配を逸らすように闇は空間の一点に集中しだした。

 見える。目には映らないけど、確かに闇の流れが見える。球体に浮かんだ闇が、空間に霧散していた闇を吸収している。まるで渦巻くブラックホールだ。

 やがて球体からは一つの大きな目が見開かれた。パッチリとしていて、黒い瞳が異常に大きい。見ていると吸い込まれそうな瞳だ。

 やべ、悪の天才科学者の実家にいる黄色い一つ目を思い出しちまった。きっと分裂して飛んでくる。この子の弱点は目だ。

 バカなことを考えているうちに、瞳はどんどん形状を変化させる。黒く短いおかっぱの髪が揺れ、球体の下に赤子の身体が形成される。小さな鼻がちょこんととがり、横に一本線が割れたと思うと唇が浮かび上がった。

 肌も真っ黒から、黒っぽい白に変化する。床の位置まで下がると、彼女はお尻をしっかりとつけて座った。

「産ま……れた」

 てかモノアイかよ。いいね、すごくロマンを感じる。ビバっモノアイ!

「えぇ、そのようね」

「あれ、薄っすらとだけどチェルが見える」

 真っ暗で何も見えなかったはずなのに、微かにシルエットがわかるようになっていた。

「この子が部屋の闇を吸収したから、一時的に闇が弱まったようだ。しかし、部屋に影響を与えるまで吸うとは、この子は将来有望だ」

 床に座ったモノアイの赤ん坊は、じっと俺を見つめている。まるで何かを待っているように。

「コーイチ、自分たちの娘に名前をつけてくれ。いつまでも名無しでは呼びにくい」

「そうだな。じゃあ、シェイだ」

 特に考えていたわけじゃないけど、パッと浮かんだ。某RPGに出てくる闇の精霊を短く呼んでシェイ。もしもこの子が闇属性じゃなかったら嘘だね。

「シェイ、ね。いいのではなくて、コーイチらしくて」

 クスクスと笑う姿は、憐れみを通り越して諦めの境地に入っていた。ほっとけよ。俺のネーミングセンスなんて皆無なんだからよ。

「シェイ。良き名だ。今よりシェイはチェル様の影となる。全身全霊を込めて忠誠を誓え。さすればチェル様は幸福を返してくれよう」

 シェイはシャドーがいる空間を見たと思ったら、視線をギョロリと、俺に戻した。チェルではなく、俺に忠誠を誓っているように。

 説得した方がいいのか? こんな生まれたばかりの赤ん坊に。いや、それより先に言うことがあるか。

 俺は首を振ってから、手を差し伸ばした。

「シェイ。誕生おめでとう。これからよろしくな」

 言葉にやさしさを込めて言うと、シェイはコクンと頷いた。寡黙(かもく)で頭のよさそうな子だ。

「コーイチと違って、賢明そうな子でよかったわ」

「ほっとけ」

 チェルの茶化しに答えてやると、笑いが込みあがってきた。目も見えなくなるほどの闇を味方につけたんだ。きっとこの先も大丈夫だろう。

 訳もなく安心感を覚えたのだった。


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