20 リーダー格とウジャウジャ
その部屋は四方八方をクモの巣で張り巡らされていた。細い糸の小さな巣もあれば、太く大きい糸で組まれた巣もある。
部屋の構造自体は数ある魔王城の室内と変わらないはずなのに、クモの巣があるだけで色褪せ、古ぼけて見える。
そして一番目立つのは部屋の中空にかかっている一際大きい巣だ。四つの壁を余すことなく使って張り巡らされており、正面から見ると一種の芸術品のような模様を描いている。部屋に立っているだけで、シルエットに身体を捕らわれたような錯覚を覚えてしまう。
「きひひ、今日も様子を見にきたのかいコーイチ」
俺は一人でアラクネの部屋にきていた。チェルは魔王様と大事なお話があるので別行動をしている。
巣に八本の足をつけ、頭を下にしてアラクネが見上げてきた。毒々しい紫の体色に細く鋭い脚。プックラと丸く膨らんだお尻の先には鋭い針が見え隠れしている。
十一の赤い瞳を見上げる。アラクネと話すと見上げなきゃいけないから首が痛い。たまにお尻から糸を引いて降りてきてくれるんだけど、今日はそんな気遣いはなさそうだ。
「まぁな。昨日も言ったけど、五人目が生まれたからな。アラクネたちもそろそろだと考えると、落ち着かねぇんだ」
視線をずらすとクモの糸の塊が巣からぶら下がっている。あのなかには俺の血を引いた子供の卵が一つと、アラクネの血のみを引いた子供の卵が無数に詰まっている。
生まれる瞬間を一番見たくないのは間違いなくアラクネだ。
「なぁ、ホントに俺との子供の卵を他の卵と一緒にして大丈夫なのか。生まれた瞬間に無残な姿をさらす気がして怖いんだけど」
偏見かもしれないけど、無数のクモのモンムスが集られている絵が頭に浮かんでしまう。
「きひひ、そんときはそんときだね。子供たちは気性が荒いからねぇ。孵ったらコーイチも危ないだろうねぇ」
聞いた瞬間ゾクリとした。無数の子グモが足元から這ってきている想像が頭によぎり、足元を見て二~三歩後ずさる。大丈夫だよな、今は足元にいないよな。
「きひひ、心配ないさ。コーイチを襲うクモはこの部屋にはいないよ。あたいの言うことをよく聞く子たちだから、命令がなければ勝手に襲わないさ。まぁ、生まれたての子は言い聞かせないといけないけどねぇ」
「マジかよ」
ホントにモンムスの行く先が不安になってきたぞ。
「まぁ、そんな青い顔なさんな。きっと大丈夫さ」
口元にある牙をワシワシ動かしながら、どうでもよさそうに喋った。
「アラクネはいいのかよ。仮にも自分の子供だろ」
「さっきも言ったけど、そんときはそんときさ。でもまぁ、大丈夫だろうよ。ほら、話をしてたら動きだしたよ」
驚いて視線を向けると、クモの糸の塊がモゴモゴと動き始めていた。なかで何かが暴れているようにデコボコと脈打ち、やがて幼い手が突き出てきた。と思ったら手と糸の隙間から子グモがワラワラと這い出てくる。軽く見ただけで十匹は超えている。
「ちょ、アレ。ホントに大丈夫なのか」
「黙って見てな。すぐにわかるさ。黙っていないとコーイチが食われるよ。きひひ」
心配事を叫ぼうとしたが、口元を湿らせて喉に押し込んだ。口のなかがイガイガと苦い感じになってもどかしいけど、食われるとなっては下手に動けない。
手が動かないまま小グモだけが外に湧き出る。もう既に手遅れなんじゃないかと、嫌な予感だけが脳内を駆け巡る。小グモはもう百を軽く超えていた。数えるのも億劫なぐらいでクモの糸の塊に群がっている。
「きひひ。見てみなよコーイチ。あたいたちの子供は、かなり優秀なようだ」
実に愉快そうな声音だった。期待以上の赤ん坊が生まれたときみたいな高揚感が声に孕まれている。
いったいどこを見ればそんな結論に辿り着くんだよ。どう考えても、もぉ。
どう見ても助かっていない。顔も拝んでいないっていうのに、水の底に沈んだような悲しい。目頭に熱が集中して、溺れたように息が苦しくなる。
身体を穿たれたように鈍く痛むのは、一体なんでだよ。
「勘違いしてんじゃないよ。あたいらの子供はしっかりとリーダーとして命令を下してるね。子グモにクモの糸を解かせてるのさ」
「何だって」
目を見開いてもう一度見てみる。相変わらず子グモが集っているだけで、詳細まではわからない。むしろ目を逸らしたくなる衝動に駆られる。
ホントにリーダーやれているのか。もう、あのコロニーのなかには子グモしかいないように見えるんだが。
訝しんでみていると、クモの糸の塊が大きく動き始めた。動かなかったパーの手が握られ、二つ目の手も突き破って出てくる。さらに頭が出てくると、塊をつるしていた糸を両手で握ってするすると、アラクネがぶら下がっている巣まで上っていった。
「生まれた……よかったぁ、ちゃんと生きてたよ」
深くため息をつくと、よろよろと膝から崩れ落ちて両手をついた。ダメかと思った。下手に力んでいたせいで、いつの間にか身体が疲れていたみたいだ。身体にじんわりと熱もこもってきた。
「きひひ、言ったろ。問題ないって。もっと自分の子供を信じてやんな」
「生まれてもない子供をどう信じろっていうんだよ。でも、よかったぁ」
俺自身が脆弱な人間だかんな。信じられるわけないだろ。
「情けないねぇ。まぁいいさ。生まれながらにして、子グモに命令を飛ばせるリーダー格として生まれたんだ。名前をつけてやんな」
あぁ、そうか。名前をつけなきゃ。
よろよろと立ちあがって、改めてモンムスを見上げた。紫色の短い髪、赤く光った不機嫌そうな三白眼。頬とか身体は赤ちゃん特有のやわらかな丸みを帯びていて、プニプニしていそうだ。子供が生まれるたびにプニプニだなぁって思う。おそらく男の子だろう。
そして下半身は完全にクモだった。紫色をした丸っこいクモのお尻から、短い脚が八本伸びている。
今までで一番悪人面だな。魔王側としては有望そうだ。それに毒々しい。
「そうだな。じゃあ、デッドにしよう。かっこいい響きだろ」
狂暴そうで、死に一番近そうだからデッド。単純だけど、案外いいな。
「きひひ。いいネーミングセンスじゃないか。気に入ったよ。あんたは今日からデッドだ。敵なんて取って食ってやれるよう育ちな」
デッドは自分の名前に気がついたのか両手をあげて、あーって声で喜んだ。
今までだったら子供を抱き上げて喜んでいたんだけど、デッドは無理だ。遠いし、子グモでいっぱいだし。それに、ちょっと怖いから。
無邪気にはしゃぐデッドを遠目に見ながら、それでも誕生をしみじみと喜んだのだった。




