第三章 第七話
第七話
手を上げるサラが言う。
「デルタ先生、質問です」
なんだねサラ君と質問を許した。
「放射能汚染された土で植物を育てるとどうなるんでしょうか?」
いい質問だ。
「汚染成分を吸収してしまうらしい。
つまり、植物は猛毒となり食べれない」
俺はホワイトボードに簡単に絵を描いた
「これが核兵器が残した最大の爪痕だ」
第三次世界大戦以前の2020年頃の世界人口は約80億人いた。
もちろん戦争が直接原因で死んだ人は数えきれない。
それでも終戦となる頃には推定50億人になったと言う。
世界中に住んでいた人間が、半分近く戦場に散った。
戦地となったのは地球の陸上面積の5割ほどらしい。
陸上の半分が火の海になったわりに生き残った人間が多すぎた。
「原油を握りしめ物価上昇を招いた中東と、
大打撃を受け、生活インフラの存続が怪しくなったアフリカとの貿易戦争になった。
これが第三次世界大戦の序章だ」
学び始めの頃、ユキは最初はわからないと言っていたが、
一緒に勉強し教えているうちに彼女なりの考えも言えるようになるほど深く学んでいった。
今日は俺がまとめ上げたこれまでの歴史を、
カレーラ、クモ、660も交えて大発表会を俺たちの部屋で行っている。
「次第に戦火は拡大していき、ついにはイスラエルの手によって、
広大なアフリカの大地に史上3発目の核爆弾が落ちた。
ここで各国が取った行動はなんだとおもう?」
クモは手を挙げた。
「報復攻撃だ」
「違うんだ、地下シェルターを急ピッチで作った。
もちろん経済的に豊かな国に限定される」
当然この日本もそうだ。
皮肉な事にこの行動が人類史上最大の食糧難に陥ることに繋がった。
「それからはヨーロッパに戦火が広がることを筆頭に、
世界中に飛び火して第三次世界大戦 核戦争となった」
最も愚かな歴史だろう。
「2020年頃、日本人の人口は何人いたか知っているか?カレーラ」
「確か一億ちょっとだ」
人差し指を立てて自信満々にカレーラは答えた。
「ご名答、1億2000万人ほどと言われている。
それがこの戦争で日本に核が落ちる直前、
人口は何人だったとおもう?660」
彼は指を折りながら独自の計算でもしていたのだろうか。
「1億5000万人ぐらいかな?」
「3億5000万人だ。この数字に注目しろ」
俺はホワイトボードを指さしながら続けた。
「アフリカの地が放射能で穢れた時、
戦争を恐れて世界中から安全な国に移住をした。
その国の一つが日本だ」
ゆえに倍以上に国の人口は膨らんだ。
「そして2020年頃80億人いた世界人口は、
戦後どれくらいまで減ったと思う?」
俺はサラを目で指した。
「え~と確か50億…だったかしら…40億だったっけ?」
サラは顎に指をあててごまかそうとする。
「50億だ。戦争だけが原因ではないが、30億もの人間が死んだ。」
俺はその数字をホワイトボードに書く。
「そしてユキ、戦後の日本の人口を教えてあげなさい」
ユキは堂々と立ち上がった。
「3億3000万人、2000万人ほど亡くなってしまいました。」
「そうだ、2000万人しか死ななかった。
生き残りすぎたのだ、この世界の人間は」
俺は続けてホワイトボードに 1000万→7000万 と書いた。
「海は汚染され魚は食べれない、川も汚染され飲める場所が限られた。
そして大地も汚染され食物が食べれない。
ユキとサラ以外でこの数字の意味が分かるものは」
俺はしょくにんの三人を順々に見た。
660がそろりと手を上げた。
「東京の人口密度か?」
良い着眼点だが、今回意味する数値は違う。
「世界中で戦前と戦後の飢餓が原因の年間死者数だ。」
3人は言葉を失った。
俺も含めて死という物に直面してからそこまで日が経っていない。
おそらく3人も死んだ33番の事を思い出しているだろう。
「そして終戦から5年、成人をベースとした第一世代のしょくにんが誕生した。
そこからの流れはほとんど授業通りだ」
だが、こんなことまでは知らないだろう。
「第3世代のしょくにんが生まれて、しょくにんの肉の流通が許された。
そのころには7千万人いた餓死者が3千万人まで減少したそうだ。」
660が手を挙げた。
「それってしょくにんによって減少したという事?5000万人も?」
「いや、それも要因だがそれだけじゃない。
10年以上経過して、汚染が薄まった地域があったり、
農場や食料プラントに、清潔な水や土の普及が進んでいった証拠だ」
だが、といい俺はホワイトボードに 45という数字を書いた。
「これは戦後10年後の世界人口だ。
10年で5億人が死んだ。生まれた人の数より死んだ人が多いという事だ」
出生数はわからなかったが、飢餓が5000万人減れば人口は減らない計算になる。
「そして現在、世界人口と飢餓死者数を誰か答えてみよ」
しょくにんの3人はう~んと考え込んでしまった。
「仕方ないか、ユキは人口を、サラは外しょくとして飢餓による死者数を教えてあげてくれ」
ユキはホワイトボードに立ち50という数字を書いた。
「現在は約50億人まで人口が戻りました。しかし、戦後30年たった今でも失った30億の人口は戻りません」
ユキはお辞儀をし、自分の席に戻った。
さすがユキだ、ただ、推移するという言葉が適切なため後でこっそり教えておこう。
サラはその場で座ったまま答えた。
「現在の飢餓による死者は約2000万人、
戦前と比べると倍にはなりましたが、7000万人から比べると三分の一以下になりました」
さらに続けた。
「1億人が1年で食べる米は 約5,000万トン、肉は約4,000万トン、
10億人の人口を賄うには しょくにんが6000万人必要な計算になるわ」
さすが外しょくの先輩だ。
「ま、民声党が散々言っていることだけどね」
660は言った。
「6千万人で10億人か…今は1000万人ほどしかいないからどんどん増やさないとな」
それは間違っていない意見だ。
「だが、それができない」
俺だって最初はそう思った。
「施設を作る費用もかかるし、輸送輸出に適した土地じゃないとダメだ。
当然働く人がいないとダメ」
俺は×を3つ書いた。
「そしてしょくにんにも人権があると訴える人もいることが問題だ。
一家に一人しょくにんがいれば全然違うが、それはモラル的にできない」
俺はボードマーカーを置き、両手を机についた。
「人間が作り出した美しいサイクルが、人間の手によって実現しない。なんて愚かなんだ」
俺は右手を振り上げた。
「だが、それでも確実に俺達は人間を助けている。この手で、いやこの手が世界の循環の輪に大貢献しているんだ。
大変誇らしいことだ。これ以上の喜びはない」
660はおお!と三唱してくれた。
「まあ、俺達は燃費がいいよな。一食おにぎり1個とおかずで十分だ」
クモはビスケット3枚食べてお腹いっぱいと言った。
「でも俺は、産まれたからにはなんかこう、成し遂げたい」
カレーラの意見にクモもうなずいている。
「二人はそうか、俺は…どっちかというとしょくにんの誕生理由は合理的だと思う」
660はどうやら俺と同じ意見のようだ。
不思議だな、なぜ意見が分かれるんだろうか。
ピピピピとアラームが鳴った。
「あ、悪いデルタ、俺たちこれから用事があるんだ。今日は帰るぜ」
「何か急用か?」
保護中の彼らに何か重要な用があるとは思えない。
「あ~デルタ、お前には秘密なんだ。悪いな」
「そ、そうか、また連絡するよ。外しょくに入りたければいつでも言ってくれ」
3人のしょくにんを見送ったあとホワイトボードを見つめ、
俺たちしょくにんにとっての幸福って何なのだろうかと考え込むデルタであった。




