第三章 第三話
第3話
俺の座る余地がない。
こんな大所帯は想定されていない。
「さ、さすがにこの部屋に6人は多すぎるわね…」
やれやれと肩を落とすサラ。
「という事で、ほかの外しょくの人たちに保護してもらいましょう。
急ピッチで書類書くわよデルタ」
俺とサラは一緒に奥の部屋に行った。
残った4人はユキの提案でボードゲームをすることになった。
ペンを握る。
しょくにんにまつわる書類を書くのは、この仕事について初めてのことだ。
えーと、彼らは何番だっけ。
というか
「なあ、さっき本部に行ったときに提出はできなかったのか?」
「そこが良くないのよホントに…なんのための本部なのかしら…」
組織が大きいゆえにそういう融通が利かないらしい。
「というか、本部で面倒みてくれないのか」
「それをするためにも、保護中という証明が必要なの、
だからこうやって書類書くのよ…本当に良くない」
小月さんなら笑って引き受けてくれそうだが、
組織というやつはそうなのか?
「まあでも思い出したんだが、施設の職員もそうだった。
自分の担当外の事は対応してくれなかった」
「それが "組織" なのよ 面倒ね、何のために人がいるんだか…」
それに比べて、あの人は本当にたくさんの事を教えてくれた。
「俺にいろいろと教えてくれた人がいたんだ」
「石川さんね?何度も話に出てきてるじゃない」
「そう、たくさんの事を教えてくれた。
あの人は居住棟の警備員だったが、
その域を超えた仕事をしていた」
というか、まともに施設職員で記憶にあるのは、
マナミさんと石川さんだけだ。
「外の世界の事を教えてくれたのも彼だ、
そしてダクトの配管構図も教えてくれた、
まさか脱走の手引きをしていたとか」
いや、それは考えすぎだろう。さすがに無い。
彼はおしゃべりが好きなだけだろう。
「もしそうだとしたら、スパイだったりして」
「それはないだろう。ただのお喋り好きだ。
ほかのしょくにんとも仲良くしていた」
おーいと呼ばれた。
ちょうど書類も書き終えたので、部屋に戻ることにした。
「栄養剤は無いのか?」
とクモが聞いてきた。
「栄養剤?あ、栄養剤!俺もすっかり存在を忘れていた」
「ここに栄養剤は無いわ。
本部にはあるのかしら?飲みたいの?」
そう答えるサラ。
「いや、栄養剤って飲むものじゃないのか?」
飲まなくなってからはそれが当たり前になっていた。
「俺は脱走する前に栄養剤の補給を断って、
それから今日まで一度も摂取していない。だが生きている」
「え、そうなの?じゃああれって何のために飲むんだ?」
飲んでいる間は当たり前だと思って飲んでいた。
不思議だな。
あれはね…とサラが語りだした。
「栄養剤は、ただあなた達の肉の品質を保つための物よ、
飲まなくても平気、味の安定感がなくなるだけ」
栄養剤という言葉で急に当時の記憶がよみがえった。
そうか、そういうことか。
「脱走する前、施設で俺とのぶながは自分達の肉を食べ合ったんだ、
その時は味のない豆腐のようなものだった」
「だが、そのあとに引っかかる事が起きた」
俺はユキのほうを見た。
「初めてユキに俺の肉を食べさせた時、
ユキはちょっと辛くて苦いと言ったんだ。覚えているか?」
首を横に振ったユキ。
「つまり、俺達しょくにんは、
おそらく疲労や精神状態とかで味が変わる。
それを栄養剤で調整してたんだ」
ご名答と言わんばかりにサラは首を縦に振った。
「な、なんだか…ショックを受けちまったな…」
クモとカレーラは何とも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「そうか?当たり前のことだし、合理的だ。
俺達は食べられるために産まれたんだから」
俺は二人の事が不思議でしょうがなかった。
そこで、サラの携帯端末がビリリンと音を立てた。
「しつれい もしもし」
と奥に消えていったサラ。
「だめだ、理解が追い付かない。もう今日は疲れた」
3人はソファーに座り込んだまま黙り込んでしまった。
重たい、非常に重たく感じる空気が流れる。
誰も言葉をはっさないまま、サラが戻ってきた。
「あなた達の引き取り手が決まったわ。
2人グループに分かれる必要があるわ」
なんでも1人の職員は2人までならOKとのことで、
3人は厳しいそうだ。
「どうやってわかれようか…」
と660番が悩んでいると。
「トランプ!これで決めよ!」
ユキは引き出しからいつものトランプを持ってきた。
ユキめ、自分が遊びたいだけだろうに。
何歳になってもユキがかわいく思えて仕方ないサラとデルタだった。
「本当はゲームの方がよかったんだけどね、
今うちはテレビが壊れてますから」
3週間前にテレビが壊れた。
それからと言うものテレビの無い生活に完全に慣れてしまったのでまだ買ってない。
「えーババ抜きによる公平な結果、
クモくんとカレーラくんが一緒、660くんが1人となりました。」
ユキによる選抜はこれで終わった。
「一人になってかわいそうな660くんは、
いつでもうちに遊びにきてください」
「おお、いいのかユキ?」
660もまんざらでもなさそうだ。
「よいよい!そしてそこの二人も、
いつでも私が勝負を受けて立つ!」
そういって、3人に自分の連絡先を渡したユキであった。
「ちゃっかりしてるな」
横で腕を組んでいるサラを見た。
「ちゃっかりしてるわね」
ババ1枚を持った俺をサラが見た。
「あんた、どこでも弱いわね」
余計なお世話である。
その後部屋に外しょくのメンバーが二人訪ねてきた。
畑田と名乗る男は660を引き取って。
西沢と名乗る男は二人を引き取っていった。
ユキは二人の大人に連絡先を渡したのであった。
今日の一連の出来事をのぶながに知らせることにした。
[今日シンジュク施設から4人のしょくにんが家出してきた。
ただ、そのうち1人のしょくにんはハンターに撃たれたことが致命傷になり、
彼は死を選んだ。いや、受け入れたんだ。
お前は無事に生きているか?ユキやサラだけじゃなく、俺にも連絡よこせ]
まったく、彼は活旗党としてうまくやっているのだろうか。
近況報告ぐらいしてくれ。
手のかかる兄弟だ、まったく。
さて、明日は弁当だし、早起きするか。
そして、デルタの目まぐるしい一日がようやく終わったのである。
ジリリリ
いつもより30分早く、
朝を告げる音が夢の世界から俺を引きずり出した。
「さ、ユキちゃんの弁当弁当っと」
ユキが裁縫で作ってくれたエプロンを着て、
お弁当を作るデルタであった。
ピーコン 通信端末が鳴いた。
[デルタ 家出じゃねえ脱走だ。
でもよかった3人は無事なんだな。
知らせてくれてサンキュー]
この男は相変わらずのようだ。
そして翌週。
今日から少しだけいつもと違う日になる。
「じゃ、二人とも仲良くね、行ってきます!」
ユキは修学旅行に出かけた。
「仲良くって、
まるで私たちがケンカをしているみたいに出ていくわね」
彼女は手を横に広げてリアクションした。
「ああ、怒られることはあるがケンカしたことはない」
睨まれた。
そしてユキを見送って扉を閉じた。
扉が閉じたその後、
冷凍庫で氷が作られてゴトッと落ちる音が聞こえた。
「こんな音今まで聞こえていたか?」
「ユキがいないと途端に静かね…」
ユキがいないこの部屋は、
世界から取り残されたと感じるように、
とても静かだった。
「さ、デルタ 棚卸よ今日は」
俺達は部屋を施錠して新宿本部に向かった。




