21、雨上がりに架かる虹
本当にいいのかな、という気持ちが未だに心を支配している。もし、引かれたら?でも、このまま有耶無耶になってしまったら?
「青晴さん」
不意に、虹さんが呼んだ。
「話して」
虹さんの瞳を見た瞬間、なぜか昴とアマネの声が脳に響いた。
『相談ならいつでもなんでも聞くからな。抱え込むなよ』
『お前の周りには結構いっぱい人がいるってこと忘れちゃっメッだよ。あと……恋バナは俺の得意分野だよ♡』
──ああ、そうか。俺って本当にどうしようもない。
息を吸って、吐く。さぁ、どこから話そうか。
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俺の家族の話なんだけど、まぁ、なんて言うか……〝普通の人〟がいないんだ。俺と姉さんと父さん母さんの四人家族で仲はいいんだけどね……。父さんは、結構有名な医者で、姉さんはちょっと天才過ぎて、母さんは……足が不自由で。
ヤングケアラーって言うと大袈裟になるけど、まぁまぁ母さんのを手伝って、家事をしててさ。父さんは忙しいし、姉さんはあまり頼りにならないし。お手伝いさんとかは来てくれたし、色んな人が助けてくれたんだけど……。精神的に、あんまり頼れてなかった。
……大変だったって言われると、まぁそうなんだけど……。でも俺、嫌じゃなかったんだよ。むしろ好きだったかな。母さんが『助かったよ』とか、父さんが『いつもありがとう』とか言ってくれるの、嬉しくてさ。頼られるの、気持ちよかったんだ。
気づいたら、俺の中で“役に立つこと”が自分の価値みたいになってた。だから、もし俺がいなくても平気になったらって考えると、怖くなるんだよ。
必要とされなくなったら、俺、何なんだろうって。
……否定するの、早いよ。ありがとう。
体調悪くても言えなかったのも、それが理由。弱ってたら役に立てないでしょ? だから隠すのが癖になった。格好悪いよな。
昴にも去年怒られたんだ。もっと頼れって。でも、未だに上手くできないんだよな。悪癖になっちゃってるっぽい。その人を信頼してないって訳じゃないんだ。……いや、できてないのかも。難しいんだな、これが。
俺が星見台に入学した理由、話したよね。この望遠鏡があるからって。俺の実家、結構遠くにあってさ。到底通えないから、今は姉さんの家に住んでんの。この学校に進学するって決めた時、結構揉めてさ。
違うな、揉めたって言うと語弊があるか。俺がすごく迷っただけだ。俺がいなくなったら、母さんを世話する人がいなくなっちゃうから。
母さんはさ、俺が迷ってたら笑って言ったんだよ。行ってきなさいって。『あなたが星を好きなの、知ってるから』って。
本当は、不安だったと思う。俺がいなくなったら困るの、母さんの方だったはずなのに。
でも俺、それをちゃんと考えないようにした。考えたら、行けなくなるから。……俺、現在進行形で家族に迷惑かけてるんだよな。もう、誰の負担にもなりたくなかったんだ。
──そう考えてみると、虹さんと同じだね。軽々しく迷惑かけてくれって言ってごめんね。できるなら最初からやってるって話だよな。
だからこそ、霧島先生の言葉、すごくありがたかったんだよな。今考えると、迷惑をかけることを恐れるなって言いたかったのかもなぁ。
それは、虹さんに教わったことだ。虹さんが俺を恩人だって言ってくれるなら、俺こそそうだよ。
ねぇ、虹さん。ありがとう。
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「納得できました。そういうことだったんですね」
虹さんは深く頷いている。言えた。全部、言えた。
「似た者同士ですね、私たち」
「そうなのかもね」
「持ちつ持たれつってやつじゃないですか? 私、この言葉好きです」
「俺も好きだよ」
二人で笑い合う。心の底から安堵した。また笑った顔を見れた。
その時、昨日と同じ電子音が鳴った。虹さんのポケットからだった。
「えっ、嘘! もうお迎え!?」
虹さんも想定外だったらしく、頬を膨らませている。
「昨日まとめた質問、青晴さんに聞こうと思ってたのに……!」
悔しがるその様子に、苦笑してしまった。やっぱり、頼られるのは嬉しいものだ。
「俺も今日はもう帰るよ。昇降口まで一緒に行こうか。明日でも、明後日でも、いつでも質問は答えるから、俺を頼ってね」
しまった、〝俺を〟、はいらなかったかも。失態に気づいて、虹さんをチラッと見てみると、予想に反して嬉しそうに瞳を輝かせていた。
「分かりました! 明日も明後日も、質問します!」
虹さんの明るい表情を見ながら、荷物をまとめる。2人揃って天文学室を出た。歩きながら、ふと外を眺める。
──あれ?
「雨、止んでないね……」
「えっ、あれ? ほんとだ!! どうして!?」
ザアザアと降り注ぐ雨粒は、窓を打ち付けている。道理でまだ頭痛が治まらない訳だ。
虹さんはハッとして、ぐりんと顔をこちらに向けた。
「青晴さん、頭痛は!?!?」
「ん、と……ちょっとはする、けど、そんなに酷くないよ。虹さんこそ、もしかして気分とか……」
「そんなことないです! ということは、今日はあんまり影響しない日なのかもしれませんね?」
虹さんはうーんと唸りながら腕を組んだ。まだまだ虹さんについて知らないことばかりだ。それはお互い様か。大丈夫。明日も明後日もある。ゆっくり知っていけばいい。
あっという間に下駄箱まで到着してしまった。が、あることに気がついた。折り畳み傘は、教室のロッカーの中に入れっぱなしだ。
「青晴さん? どうかしましたか?」
「えーっと、傘を忘れてきちゃって……」
虹さんの右手には、白い花が散りばめられた模様をしている傘が握られていた。1組の男女に、1本の傘。そして心優しい少女。次の言葉は容易に想像できた。
「私の傘、入りますか? お迎えの車まで着いてきていただければ、その後はこの傘、貸しますので」
もじもじしながら、虹さんは言ってくれた。本当はロッカーにある。けど、けど。
「じゃあ……、お言葉に甘えて」
心臓がいつになくバクバク動いている。大丈夫だろうか、虹さんに聞こえていないだろうか。
虹さんは何も言わないまま、傘を開いた。しかし、その必要は無くなってしまった。
一瞬にして雲は消え去り、代わりに太陽が燦々と俺たちを照らした。日差しが眩しい。
「んーと、えーと……晴れたね……?」
「晴れちゃいましたね……」
さっきの土砂降りはなんだったのかと言うくらいの、見事な快晴だった。
これは……、どういうことだ?えっ、初相合傘は……?
「と、とりあえず! 人が増える前に帰りましょうか! さぁ早く!」
虹さんは駆け出した。表情は見えない。でも、空を見れば彼女の気持ちが分かってしまう。
──これは……自惚れてもいいのだろうか?
虹さんの背中は遠のいていく。俺は置いていかれないよう、虹が架かる空の下、煌めく白髪を追いかけた。




