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19、これってふぇあ?

 虹さんって雲の形状を変える力があるんだなぁ、と軽く現実逃避をしてみる。反応を見るに、最初から最後まで聞かれていたようだ。


 江雪は笑顔を取り繕っているが、潰れた緑茶の缶を持つ手が震えている。ご愁傷様としか言えない。


「えーと、えーと……素敵な恋だと思います! 一途で、努力を欠かさないなんて、なかなかできないことだと思います!!」


 虹さんのフォローを聞いた江雪は灰になってしまった。なんか……うん……可哀想。


「虹さん、用事はどうしたの?」


「実は、侍女からお迎えが少し遅れると連絡があったもので」


 そう言って虹さんがポケットから取り出したのは、子供ケータイだった。昔持たされてたことがあるから分かるけど、保護者としか連絡できないやつ……。高校生にもなって、とは思ったが飲み込んだ。虹さん相手に常識は通用しないと理解してる。

 

「えーと……江雪、どんまい。でもほら、虹さん口堅いし、そんな大丈夫だって。ね? 虹さん」


「はい! 秘密を守るのは得意です!」


 能力のことに関して隠し通せているのなら、問題ないと俺は思う。が、江雪はその事実を知らないから信用できないだろうな。こいつ疑り深いし。どうしたものか。


「……フェアじゃない」


「は?」


「僕のこの秘密は、僕の尊厳にも関わる大切なものだ。生涯の目標に関する秘密なんだ。それを一方的に知られるのは、関係者でもない人が知ってしまうのはあまりにも不平等だ!」


「おいおい、何言ってんだよ。そんな事故の当たり屋みたいな理論通じるわけないだろ」


「黙れ空本!!」


「馬鹿野郎一旦落ち着けお前!」


 そうだった……! 江雪は姉さん絡みになると途端にぽんこつになるんだった……! こんな江雪見たことないし見たくなかった……!


「……確かに、そうですね……??」


 虹さんは首を傾げる。江雪がパニックしすぎて虹さんもそれに充てられてる……?


「私の秘密も喋ったらふぇあって事ですよね……??」


「虹さん! こいつの言うこと聞かなくていいよ! 江雪お前本当にやめて!!」


 虹さんの秘密、誰かに知られてはいけないと言っていた、俺と虹さん2人だけの秘密……!!


 ──やめてくれ……!


 虹さんの口を塞ごうと、1歩踏み出した。でも、遅かった。


「私には、変な力があるんです」


「は?」


「虹さん! それ以上は……!!」


「えっ、でもふぇあじゃないって……」


 瞳の中に渦巻きがぐるぐるしてる。今この空間にいる全員冷静じゃない。まずいことになった。


「変な力?」


「えーと、なんて言ったらいいか……私の感情と天気は、リンクしてるんです」


 虹さんの素直さがこんなところで裏目にでるとは。バカ正直に答えてしまった……! 江雪は呆気にとられたような顔をしている。もう、遅いんだろうな。江雪は俺の下手な誤魔化しに騙されるような人間じゃない。

 

「ぽじてぃぶな感情だと晴れて、ねがてぃぶだと曇ったり……」


「では、先程まで晴天だったのに、現在の雲量が増えているのは君の力によるものということなのか?」


「急に冷静になるなよお前……」


「多分……? 日によって違うんですけど、今はちょっと……これどんな感情なんでしょう?」


 虹さんと俺の目があった。そんな顔されても分からないよ俺には……。


「ふむ……興味深いな」


「これでふぇあですか? それとふぇあって平等って意味であってますよね?」


「そうだね、合っているよ。……ふふ、面白いね、君。何かを隠しているとは思っていたけど」


「ありがとうございます……? 信じていただけるかは江雪さん次第、といったところです」


「空本君は、この天照さんの秘密を知っていたのかな?」


「……まぁ、そりゃあな。1番最初に教えてもらったよ。お前で2人目だ。この学校の生徒で、虹さんの能力を知ったのは……。はぁ……」


 ため息しか出ない。いや、虹さんが良いなら良いんだ、それで。ただ、なんかもやもやする。


「詳細は知らないが、興味深い力だ。僕は信じるよ。それと、先程は失礼したね。少々取り乱してしまったようだ」


「なるほど……? ご理解いただけたら幸いです。どうか、私の秘密も守ってください」


「勿論さ。もし破ってしまったのなら、僕の今日の醜態を総合メディア部に垂れ込んだって構わない。それは僕の生涯の目標を、水泡に帰させるものだから。逆もまた然り、だけどね」


「破ったら、あなたに雷を落とします」


 虹さんの低い声と同時に、遠くの空でゴロゴロと音がした。江雪は肩を竦めた。


「おっと、それは恐ろしいな。でも、それでいい。どうせ僕は約束を破るようなことはしないからね。では、僕はそろそろお暇させてもらうよ。お茶、ご馳走様」


 江雪は立ち上がった。真っ直ぐ扉へ向かっていく。


「おい」


 気づけば声が出ていた。江雪は振り返り、少しばかり目を開け、俺と視線を合わせた。


「もし約束を破ったら、俺も許さない」


 江雪は笑った。


「噂通り、君は過保護な保護者なんだね。分かっているよ。では、失礼」


 そう言って、扉を閉め、去って行った。妙な沈黙が、天文学室に落ちた。


「……私、もしかしてとんでもないことを口にしたのでは……」


「……今気づいたの?」


 今更、虹さんは口を覆って青ざめた。頭が痛くなる。天気によるものかこの状況によるものか分からないけど。


「言っちゃったね……」


「どうしよう、どうしましょう、冷静ではなかったとはいえ、秘密が……!」


「落ち着いて。あいつは約束を破るような事はしない。それだけは保証できる。ただ……」


 ただ。


「ただ?」


「いや、なんでもないよ」


 口を結んだ。言ってしまったら、戻れない。醜い感情を、見せたくない。


「……そうですか。なら、いいんですけど……」


「過去は戻せないし、これからの事を考えよう。とりあえず不幸中の幸いなのは、秘密がバレた相手が江雪だってことだ。こっち側もあいつの秘密を握ってるし、今まで虹さんに対して違和感は抱いていたのかもしれないけど、こっち側から言うまで力のことはバレていなかったってことでしょ?」


「確かにそうですね! そっか、私隠し通せてたんですね……!」


「虹さん、割と表情に出るしいつか普通に察する人が出てきそうだなって心配してたんだけど、江雪が分からないならみんな分からないだろうし」


 虹さんと江雪は今日が初対面ではあるけどな!!!これに気づいたらまた焦りそうだから言わないけど。


「今回のことは一旦忘れてさ、明日の事を考えた方がいいよ。化学基礎、テストあるし」 

 

「それもそうですね! 水平リーベ僕の船、七曲がりシップスクラークか、ですよね! その後はスカンジウム、チタン、バナジウム……」


「すごいね、ちゃんと覚えられてるじゃん」


「えへへ、江雪さんとお勉強したので……」

 

 また、ズキリと胸の辺りが痛んだ。言うな、言ったら、虹さんに迷惑をかける。


 その時、虹さんのポケットから電子音が鳴った。


「あっ、お迎えが来たようです! 私、これで失礼しますっ」


「虹さん」


「えっ、はい! なんでしょう」


 言うな。言うな。


「……秘密、これからは言う人を選ぼう、ね」


 これくらいなら、言ってもいい、よね。虹さんは困った顔をして頷いた。


「本当にすみませんでした……。以後気をつけます! では!」


 バタンと扉は閉められた。俺は、うずくまった。

 

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