18、暴露
「生徒会長……あの、生徒会長……!」
漫画の中でしか見たことのない肩書きを、現実で見つけた子どもみたいな視線を向けている。みたいな、じゃなくて実際そうではあるけど。
──さて、どうしようかな。虹さんの事情も江雪の事情もすべて知ってる俺からしたら、なるべくしてなった状況ではある、が、場所が悪いし何より
「しゅいちろさぁ、私の公演は見に来ないの?」
「えっ、えっ……どういう状況……?」
アマネと昴がいるのが面倒くさい。江雪はギャラリーがいる環境だと厄介になるタイプだから、できれば2人きり……いや、虹さんも加えて3人が良かったのに。
「あと雷牙じゃなくてアマネって呼んでよぅ」
「ああ、悪いね。つい癖で。アマネ君は今日も可愛いね」
「しゅいちろは今日もかっこいいよ♡」
江雪は猫のような態度のアマネの頭を撫でる。進級しても、こいつら何も変わんない……。
「これ、天照さんを避難とかさせた方がいい感じ?」
昴が囁いた。助かる、そう言いかけたその時、江雪が俺の肩を掴んだ。
「いい。僕はもう行くからね」
「えー、いっちゃうのぉ!?」
「もうすぐ始業のチャイムが鳴る。アマネ君も戻りなさい、ね?」
「……しゅいちろが言うなら、まぁ……」
〝あの〟アマネが引き下がった。流石はカリスマ生徒会長、といったところか。
「じゃあ僕たちはこれで。アマネ君、おいで」
「はぁ〜い。なっちゃんあおっちまったね〜! すばるん席貸してくれてありがと〜♡」
アマネは江雪にくっついたまま去っていった。何も知らない人から見たら美男美女カップルに見えるのだろう。だが男だ。忘れるな。
その時、江雪が言った通りチャイムが鳴った。次は化学だったかな。
「生徒会長さんと、アマネちゃんって好い仲だったりするのでしょうか……?」
虹さんが聞いてきた。その途端に昴は吹き出した。
「ないない! ぜーーーーーったい有り得ない!」
「アマネがあいつに懐いてるだけだよ。あの生徒会長が校則を色々変えて、制服いじりがほぼ自由になったんだ。可愛い格好をしたかったアマネ的には大恩人ってわけ」
〝より良い学校生活のために〟なんて大義名分を掲げて、まず生徒人気のあるアマネを味方につけた……なんて、考えすぎだと思いたいけど、あいつならやりかねないとも思ってしまう。
「青晴さん、次の化学って資料集が必要なのでしょうか? 昨日、準備室に置いてきちゃって……青晴さん?」
「あ、いやごめん。資料集はあった方がいいかも、俺見せるから大丈夫だよ」
嵐は去った。今日は晴れてるし虹さんは笑ってる。うん、大丈夫な1日に、違いない。うん。
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俺って1級フラグ建築士なのかもしれない。
「水平リーベ僕の船……という感じに、語呂合わせで覚えるのが僕のおすすめだよ」
「すいへいりーべ……あ、水素とヘリウムとリチウムとベリリウムってことですか!?」
「そういうことだね。ここからの続きは……おや、なんだか不服な様子だね、空本君」
虹さんの隣に座る江雪は、不敵な笑みを浮かべながら言った。なぜこの天文学室にこいつがいるのか。
数十分前のことだ。見学者がめっきり減り、静かな部屋で虹さんに勉強を教えていた。数学を終え、化学基礎を始めようとした瞬間に天文学室の扉が開かれたのだ。やぁ、空本君。だなんて抜かしやがって。そんでもってなんでこいつが虹さんに勉強を教えてるんだ。俺の役目なのに。俺の役目、だったのに。
「別に、不服なんかじゃねーし」
「そうかい? ならいいんだ。じゃあ続きをやろうか」
俺との会話をサラリと流し、江雪は教科書のページを捲った。俺も化学には自信があるが、現在やっている範囲に限っては恐らくこいつの方が詳しい。虹さんもいつもよりも深く頷いているようにも見える。
……不動の学年首席に俺が敵うところ、なんて、ないんじゃないかな。俺より江雪の方が良いって言われたらどうしよう。
「うん。天照さんは吸収スピードが早いね。これなら明日の小テストは大丈夫なんじゃないかな?」
「ありがとうございます、江雪さん! あと、すみません、私今日は早めに帰らせていただきたくて……」
虹さんは荷物をまとめながらそう言った。少し慌てているようにも見える。
「え? そうなの? 用事?」
「はい、連絡が遅れてしまい申し訳ないです」
「いやいや全然。じゃあまた明日ね。気をつけて」
「天照さん、また今度」
江雪はひらひらと手を振った。虹さんは軽く会釈し、バタバタと天文学室を出ていった。
……さて、これで江雪と2人きりかぁ……。
「──で? 大体予想つくけど、お前の用事は?」
江雪は緑茶の缶を一口飲んだ。
「まぁまぁ、そんな急ぐことないだろう? 部員集めは順調かな?」
「虹さんが入ってくれたから、あと一人だよ。4月30日までには間に合わせる。……はーあ、もうめんどくさい。単刀直入に言うけどさ」
江雪の息を飲む音が聞こえた。本当に呆れたやつだ。
「さっさと姉さんに告れよ」
ぐしゃりと缶を握り潰す音がした。江雪を見ると、若干顔が紅潮している。
「もう〝完璧人間江雪〟でいる必要ないだろ。いいよ素を出して」
「……ろ」
「なんだって?」
「そんな簡単にできるわけないだろっ!!」
普段の様子からは想像できない叫びだ。全校生徒に見せてやりたい今のこいつ。
「まだ今の僕じゃ紫春さんに認めてもらえない」
江雪は、俺の姉──空本紫春に、小学生の頃から惚れている。この学校に入ってから耳を赤くして唐突に『しーちゃん……ではなく、紫春さんはお元気ですか』と聞かれた際には度肝を抜かしたものだ。
勉強の偏差値は高い癖に、恋愛偏差値になると著しく下がるこいつは、こうして俺と2人きりになると必ず姉さんについて聞いてくる。本当に見ているとイライラする。さっさと告ればいいのにって江雪を見る度にいつも思っている。
「お前まじでさぁ、とりあえずうちの父さんについて悪役みたいに近況聞いてくるのだけはやめない? そんな頻繁に功績あげてるわけじゃないし」
「だって、気になるじゃないか。僕は君の御父上が目標なんだから」
「まじでお前……」
小学生の頃、姉さんに『付き合うならパパよりすごい人!』なんて言われたらしい。うちの父さんは多分結構有名な脳外科医であり、どっかの高校の生徒会長を務めて校則を色々変えたという実績を持っている。
多分姉さんの言うすごい人っていうのは、功績がすごいっていう意味じゃないと思うんだけどな……。それを姉さんに聞いたら『それは黙ってて』と言われたことがあるので、何も言わないけど。
「まだ、僕では駄目なんだ……完璧にならないと……」
「十分すごいだろ。そのキャラ崩壊を全校生徒に晒してないだけでも。初恋に人生を狂わされてるってバレてないだけでも」
「うるさい。やめてくれ」
なんかこっちまで恥ずかしくなってきた。こういう時は遠い空を眺めるに限るな。
──よく晴れてる。よく晴れてるけど、なんか、いや、勘違いかもしれないけど、雲が綺麗なハートの形をしている。まさか、そんな。
一瞬、とある仮説が頭を過ぎった。立ち上がって、準備室のドアノブに手をかけてみる。その瞬間、ガタンッと何かが崩れる音がした。ゆっくり薄い扉を開けた。
「違うんです! 忘れてしまった資料集を取りに来ただけなんです!」
顔を赤くして、汗をかいて、慌てふためいている。
「……聞いてた?」
「聞いてないです! 江雪さんの恋愛事情とか、そんな全く聞いてないです!」




