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第58話 老スラッガーの大きすぎる背中

 ベンチに向う誠達に向って歩いて来たのは最後のバッターとして誠の前に立ちはだかった『菱川重工豊川』の監督にして代打の切り札である武田だった。


 明らかに貫禄のあるその姿にいつもはお茶らけているアメリアや、それまで淫乱な本性をさらけ出していたかえでまでもが引き締まった表情で誠に歩み寄ってくる武田を見つめていた。


「いやあ、見事なピッチングだよ。あんな投球をされたらうちでもどうすることもできない。最後の私の必死の反撃の一振りも僕としてはもう少し角度のある打球を打ってスタンドまで運ぶつもりだったんだが……球威に押された。実に見事だ。神前君、さすが『都立の星』と呼ばれたことは有るんだね』


 武田はそう言って痛めている左足を庇いながら誠に右手を差し出して握手を求めた。


「いいえ、あれは野球を知らない島田先輩がなぜかあんな位置で守っていたという偶然の産物ですよ。あれが無ければこの試合は同点でした」


 謙遜した口調に武田は満足げにうなずく。


「そう言う偶然も野球の良さだよ……君は公式試合で事件を起こしてから野球を離れていたそうじゃないか……やっぱり野球は楽しい……そう思うだろ?私もこの左足の怪我のおかげでプロへの道を絶たれてからしばらくは野球の事を考えるのも嫌になったが、こうして勝ち負けも、学校や会社のプライドも背負わずに好きに野球が出来るのが何より楽しいんだよ……君もいつか私と同じ気持ちになる時がきっとくるだろう……ナイスピッチングだ」


 満面の笑みを浮かべた老スラッガーの言葉に誠は小学校の時に初めて野球をした時の事を思い出して素直にうなずいた。


 その様子を見ると武田は満足げに周りの誠のチームメイトたちを見回して笑顔を振り向いた後、少し真面目な顔をして誠を見つめた。


「それとこんな場所で言うのも何だが、君には僕の工場も、そして僕の立場も救われているんだ。君が私が工場長として責任をもって世に送り出したつもりの05式の本来の評価を引き出してくれた。あれが無ければ僕はおそらく来年の株式総会では役員を解任されるところだった。僕の作りたかったシュツルム・パンツァー……重機械メーカの役員なら誰でもあこがれる究極の超兵器。君は05式が元々法術師によって運用されることを前提に製造されているという事実を世に知らしめてた。このことには感謝の言葉しかないよ……ああ、仕事の話をグラウンドでするのは無粋というものだね。スポーツをしながら仕事の話をして良いのはゴルフだけだよ」


 笑いながらそう言うと武田は笑顔で誠達を置いて自陣のダグアウトに左足を引きずりながら歩いて行った。


 武田の向かう『菱川重工豊川』のベンチはリーグでの連勝が29で止まったというのに全員がまるで勝ったかのような満足げな笑みを浮かべて笑いあいながらお互いのプレーについて和気あいあいと話し合う和やかな雰囲気に包まれていた。


「常勝集団は違うね……負けたというのにまるで気にしていない……あれほどの心の余裕を持てるのは凄い事だ……武田工場長……あの人は僕が見た中でも立派な人の一人と言えるね」


 かえでのそんな言葉にダグアウトに消える武田の背中が誠にはあまりに大きく見えた。

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