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48.天国

主人公と別視点になります

「おや、目が覚めたみたいだね」



 目を開くと見知らぬ部屋に見知らぬ女。不自然なほど静かで、薪の爆ぜる音だけが聞こえる。



 そうか、アタシは死んだのか。



 神様の気まぐれで最後にいい思いができたが、もう少し小出しにして欲しいもんだ。騎士様に迎えてもらって、最後におチビちゃんと話せた。十分すぎるほどだが、欲を言えば一目でいいから今のあの子の顔を見たかった。



 窓からは白い光が下からも差し込み、部屋の中は妙な明るさに包まれているが、あの世ってのも現実世界と大きく変わるものではないようだ。



「どこか体に不調を感じたりはするかい?痛いとか、感覚が無いだとか何でもいいよ。いつもと違うと感じるところを教えて欲しい」



 不思議と痛むところは全くない。死んだら苦痛とはおさらばできるのか、うさんくさい宗教家の言ってることも正しいことはあるもんだね。



 痛みが無いってのはいいもんだ。熱心に拝んだりもしていないのに結構なサービスじゃないかと思いつつ、シーツをのぞき込めば上も下もすっぽんぽんだ。こっちのサービスは無しってわけかい。ドレスとまでは言わないが、軽く羽織るものくらいは融通しちゃくれないもんだろうか。



「ああ、体を拭くのに邪魔だったし、汚れていて胸も背中もぱっくりと裂けていたからね。もう一度着るつもりならせめて洗って補修してからにするといい。替えの物は後で持ってくるよ、それで体調の方はどうだい?」



 そう言われて自分の体を恐る恐る観察する。半ば千切れかけていた右腕には傷跡一つなく、それどころか古傷すら見当たらない。手を開いたり握ったりしても違和感が無いし、触れた肌のキメも十代の頃のような瑞々しさだ。



 切られた背中も痛くない。さらには最近悩んでいた腰痛もきれいさっぱり消えている。またそれとは別の違和感を覚えて腰を触ると、とびきりの驚きがあった。なんと、人買いに売られたときに切られた尻尾が生えているではないか。



 白銀に黒縞の入った自慢の尻尾。切られた時よりも見事な毛並みには我ながら惚れ惚れするほどだ。



「ふぅむ。体調には問題なしと、患っていた箇所も快復、まあ当たり前か。欠損部位の修復は流石と言ったところだねえ。ん?ああ、きれいな尻尾だね、先にお風呂に入るといい。髪もよく洗ってきれいになればすっきりするだろう」



 褒められて尻尾がバタバタと動き回る。くそ、ずっと無かったもんだからいう事を聞きやしない。しかし、風呂ねえ…風呂自体は好きなのだが、どうしても娼館時代の嫌な思い出がちらつく。でもまあ、死ぬ前の話さ。つまんないことはきれいさっぱり湯に流して贅沢を楽しもうとするかね。



§



 久々の風呂は格別だった、独りでに風呂が沸いているなんてここは本当にいいところだ。石鹸だって超高級品の洗髪剤だって使い放題。一流の娼館にだってこれほど質の高い贅沢品は置いてなかった。



 もう一度風呂上がりにバカでかい鏡に映し出された自分の体を見て、ほうと息をつく。



 死ぬと全盛期の体に戻るのだろう。顔はややガキっぽくなっちまったが、ツンと上を向いた胸に美しい体のライン。何よりも腰から伸びた尻尾の神々しさには思わずうっとりとしてしまう。鏡からこちらを見つめる青い瞳には強い光が宿り、自信に満ちた笑みを浮かべていた。



 布を一枚巻き付けて、威風堂々と女の元に戻る。尻尾が機嫌よく持ち上がるたびにケツが見えちまうが、今のアタシに見られて恥ずかしいと思えるようなトコロは一つもない。



「説明してなかったけど、洗髪剤の使い方は分かったようだね。結構結構、その尻尾もより映えるじゃないか」



 尻尾をぶんと振り、改めて女を観察する。いったいこの女は誰なんだ。片眼鏡をかけていかにもデキる女ですと言わんばかりだが…なんだいそのでかい乳は。まあ形では負けやしないだろうが、このサイズがこっちの標準だとするとアタシでさえ肩身が狭いじゃないか。



「ちょっと瞳を見るよ、ふむ。はい、口を開けて、なるほど。脈拍は…やや早いが正常範囲かなあ。体温が高めなのは種族的なものだろうか、うーん」



 いわゆるセンセイなのだろうか。死んだ後も体調管理に気を付ける必要があるとは驚きだ。まあタダで診てもらえるなら万々歳だ。仮にカネがかかったとしても、こちらの世界にだって男はいるだろう。このアタシなら何とでもなるさ。



「お金?まさか、君からとるようなことはしないよ。その代わり経過観察は義務だよ。しばらくはここに滞在してもらうからね、悪いけど拒否権はないと思って欲しいな」



 センセイにも何か事情があるってことか。どう考えても待遇は悪くないだろうし、いきなりほっぽり出されるよりは百倍もいい。あとはメシが腹いっぱい食えるのであればいう事なしだ。



「食事は今温めているところだよ、っと。丁度できたみたいだね、入っていいよ」



 ドアが控えめにノックされて入室してきた姿を見て驚いた、姉さんだ。少しばかり雰囲気が変わって縮んじまっているがアタシと同じ理由だろう。思わず駆け寄って抱きしめる。逢いたかった…やっぱり死んじまってたんだね…



「わ!わ!こぼれちゃいますって、落ち着いてください!」



「おっと、なかなか情熱的だねえ。お盆を受け取ろう、って痛い!?痛いよ!」



 ぶんぶんと暴れ回る尻尾がべしべしと何かを叩くが構うもんか。姉さんの頭を胸に抱き込んで髪の匂いを嗅げば、懐かしい甘い香りとアタシと同じ洗髪剤の匂いがした。





 風呂を沸かし終わり、リビングで朝食を待っているとニアの部屋(仮)が何やら騒がしい。どうやら姐さんが目を覚ましたようだ。ちなみに何故仮かというと寝室を準備したのは良いのだが、ニアは基本的にロマの部屋で寝ているため、いまだに使用実績がないからである。



「…落ち着いてください!」



「…痛い、痛いよ」



 その声を聴いて反射的に立ち上がる。姐さんが錯乱しているのだろうか、もしかして霊薬の副作用か?とにかく見過ごすわけにはいかない。



 部屋に飛び込むとそこには謎の光景が広がっていた。裸の姐さんがニアを抱きしめ、ロマはニアとお盆を引き合うものの、姐さんの縦横無尽に暴れ回る尻尾に阻まれているように見える。どういう状況だ、まるで意味が分からんぞ。



 どうするべきか判断がつかず、どうしたことだと三人に問いかければ、姐さんの濡れたアイスブルーの瞳がこちらを向いた。



「ダンナ!アンタまでこっちに来ちまうなんて…」



 姐さんはそう言うとこちらに駆け寄り、胸の谷間に俺の頭を抱え込む。視界が姐さんの肌色に覆われるが、まさか突き飛ばすわけにもいかず、俺は硬直するしかなかった。当然の様に相棒も少し硬度を上げる。



「バカだね…アタシのいう事なんて放っておいたって良かったってのに…あの娘はどうするんだい…決めたよ、もうウリは止めだ。一緒に暮らそう…これからダンナのことはアタシが面倒見てやるからね…」



 なんだ、本当に訳が分からない。求婚されている?しかもほとんど初対面のはずなのに俺の生活力が低いことを見抜かれているのは心に来るものがあるな…とにかく混乱しつつも腕をバタバタとさせて二人に救援の合図を送る。



「あ、姐さん!落ち着いて!落ち着いてください!あっホントに痛い!」



「エリクサーの副作用かな、獣人女性が情熱的と聞いたことはあるがこれは個性の範疇だろうか…」



 ニアの制止の声が届いたのか、姐さんは俺の頭を掴んだままではあるが胸から解放し、じっと瞳を合わせてくる。俺は頭を掴まれたまま目線を合わせた。下を見ると姐さんのわがままボディが見えてしまうからだ。いや、視界の端でばっちりと見えている。自分の周辺視野の広さが憎い…



 次の瞬間姐さんはぶつかるようにこちらに口づけをしてきた。え?本当に意味が分からないんだが…姐さんを止めようと口を開くと舌がこちらに侵入してきて暴れ回る。二人の前でなければ俺の理性の砦は陥落していただろう…既に相棒は白旗を上げているが。



「姐さん!ステイ!痛っ!ハウス!」



「おや?魔力が…ふむ」



 その時、ぐるるると、まるで虎の鳴き声のような音が部屋に響き渡り、ようやく姐さんは口を離してくれた。



「…ぷはっ。死んでも腹は減るもんだね、カッコ付かないったらないよ」



「うん、まあ落ち着いて何よりだ。ニア君、朝ごはんにしないかい?食べながら少し整理をしよう」



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