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47.仕事納めと大掃除 後編

三話構成となります。これは三話目です。

 月が真上に移動する頃、姐さんのねぐらに着いた。想像していたよりはまともな建屋であり、その一室に明かりが灯っている。



 部屋の前に立ち中の気配を探ると、金属の擦れるような音がする。今日の俺はツイているようだ、誰もいないと面倒くさいことになっていた。



 ドアを開け放ち、中に入るとひどく荒らされた部屋の様子が目についた。部屋の中央に座る男が金貨をもてあそびつつこちらに声をかけてくる。



「なんだ?人の家に勝手に入ってきやがって」



 軽装で脇には長剣が一振り、男の纏う気配からは大きな脅威は感じない。冒険者崩れといったところだろうか。様子を伺いつつ、ここにいた女の手鏡を回収しに来た旨を伝える。



 頬はこけ、目も落ちくぼみ、瞳は濁った光を放っている。部屋の中には姐さんからはしなかった独特の匂い、薬物中毒者か。ロクデナシの極みだ。



「へえ、顔を見せろよ赤ずきん。ん?見ねえツラだな。なるほどね、オンナの形見ってワケか?ああ、思ったよりも金が無かったのは兄さんに貢いでいたわけだ。やるじゃねえか、俺にもその手管をご教授願いたいところだ。まあカオもカラダも良さそうだったが、俺ならあんな混ざりものなんざ真っ平ごめんだがね」



 散々な言い様であるが、そんな女を切って金を奪い取る自分はどれほどのクズなのかが分からないのだろうか。所詮ラリってるやつの戯言である、どうしてこんな畜生以下の馬鹿も俺と同じ言葉を話せるのだ。世界は不思議に満ちている。



 期待はせずに手鏡の場所について尋ねてみることにした。これだけ荒らされていると探すのも一苦労だろう。そもそもこの馬鹿は手鏡という単語を理解できているだろうか。



「ああ?あー、あのチンケな手鏡か。そっちの引き出しにあったような?」



 その言葉に頷き、男から視線を切った瞬間。



「バカが!顔を見られて生きて帰すかよ!」



 心底ほっとする。



 どうぞ手鏡を持って行ってくださいと言われ、無事回収した後に黙って斬るのはクズ相手でも気が咎めたのだ。顔を見られて生きて帰さないというのはお互い様である。



 シールドリングに魔力を通し、相手の剣を受け流さずに真正面から受け止める。難しいことをして万が一にも失敗したくない。



 障壁は魔力も篭っていない力任せの斬撃を容易く受け止め、鈍い金属音と共に剣はへし折れた。ヘタクソが、きっちり刃を立てないからそうなるのだ。無手の女を二度も切り付けて殺しきれない程度のヘボではそんなものか。



「なっ!?」



 腰のダガーを抜き放ち、魔力を籠めて男の腕の手前を軽く払うと、折れた剣を握った右手がぽとりと床に落ちた。



「は?なんだってんだ…っぐうう」



 驚くのも無理はない。このダガーは魔力を籠めることで不可視の刃を生み出す魔道具だ。初見の相手にめっぽう強い。しかし一部の化け物はこの見えない刃を初見で躱したりもするのだ、アイツらも大概である。



 男は腹から刃を生やして座り込み、放心した様子で自分の右腕から噴き出す血を見つめている。折れた剣が刺さるのは不幸であったが、このままだと失血ですぐに死んでしまう。手鏡の位置を再度聞いておきたい、右腕を左の脇にでも挟んでの応急止血をおすすめする。



「た…助けて、くれるのか?そ、そうだ、手鏡、あの棚だった、あの棚に入っていた」



 助ける?頭がお花畑の人間は言うことが違う。どう見ても致命傷だ。この男程度の魔力では治癒魔術も効きが悪く、仮にリリアがこの場にいても命を繋ぐことは難しいだろう。霊薬でもない限りは詰みである。ちなみにさっき姐さんに使った一本以外は持っていないのでどうしようもない。



 言われた通りに棚をごそごそと漁るが見つからない。棚の一番下の底がずれているのに気づき調べてみると、二重底になっており、その下から古ぼけた手鏡を見つけた。



 よくこんなところに気づいたものだ、俺では見つけられなかったかもしれない。こんなクズでも役に立つことはあるものだ。いや、そもそもこんな凶行に走らなければこの仕事も必要なかった、やはりクズはクズだ。



 先ほどから何やら呻いていたが静かになった。ようやく観念したのかと手鏡を回収して男を見るとすでに事切れている。



 もう一度ダガーを抜いて魔力を籠め、首を落として概念的な死を与える。アンデッド化されても面倒だ。



 やることはやったので部屋を出ようとすると、こちらに近づく足音が聞こえる。顔を合わせると面倒なので、通り過ぎてくれないかと息を潜めていると部屋の前で足音が止まった。どうやら俺のツキは売り切れたらしい。



「アニキ、オンナはいますか?へへ、良かったらちょっとばかし使わせて欲しいんですが」



 どうやらこのクズのお友達のようだ。諦めて帰るなら良しと、黙ってやり過ごそうとしていると「入りますよ」と言って男が入室してくる。その顔を見てツキはまだあると確信した。



「な、なんだてめえ、アニキは?てめえ殺ったのか、ぶっ、ぶっ殺してやる!」



 こいつは俺の顔を覚えていないようだ。腰のナイフを抜こうともたつく男を冷たい瞳で見つめる。



 間違いない、ニアと出会った日に俺から逃げた男である。コイツには貸しがあった、今夜返してもらおう。



 ようやくナイフを抜いた男に優しく問いかける。銀貨の交換レートは今銅貨何枚くらいかと。



「は、はあ?てめえヤクでもやってんのかよ、そんなもん二十枚くらいだろ、二十一枚だとしたら半銀貨は銅貨何枚かだ?十枚くらいだろうが、馬鹿なのかよ?」



 正解は銅貨10.5枚だ、お前の首の値段でもある。



 ダガーを引き抜き、返り血を浴びぬように男の横を切り抜ける。ごとりと首が転がった音が背後から聞こえ、俺はそのまま歩き出す。部屋を大分汚してしまった、姐さんにどう謝るか考えておかないといけない。



§



 衛兵の詰め所まで移動し、寒そうにしている衛兵にやむを得ず人を斬ったことを伝える。



「市民か?はあ…こんなクソ寒い中出頭してくんなよ…ホレ、武器を出して中で話せ」



 言われたとおりにダガーを渡して、事の顛末を報告する。



「今手の空いてるやつに現場を見に行かせるからちっと待ってろ。所持品は…供述通り手鏡だけか。市民相手に抜剣したヤク中とそのツレを斬っただけなのを確認したらまっすぐ帰れよ」



 しばらく詰め所で待つと使いに走った者が帰ってきて、衛兵となにやらやり取りをする。それを聞いた衛兵は真面目腐った顔でこちらに向き直った。



「市民よ、再度確認するがあの部屋の住人が切られ、君は遺品の手鏡を回収しに行った。そこで運悪く下手人と思われる一味に鉢合わせ、自衛のためにこのダガーで応戦し殺害。その他の金品については君の知るところではなく、探索者登録のみであり、賞金稼ぎの資格は持ち合わせていない。相違ないか」



 ふむ、部屋の金貨をよこせという事か。賞金稼ぎ云々はあの二人のどちらか、もしくは両方に賞金が懸かっていたのだろう。どうせはした金だし、どうでもいい。部屋の金貨については姐さんに補填する必要があるだろうが、その程度ですぐに帰れるなら安いものだ。相違ないと衛兵に返す。



「なるほど。勇敢な市民よ、全く問題ない。ダガーを返そう、気を付けて帰り給え。良い年末を」



 こちらも衛兵を軽くねぎらい、良い年末をと返して家路につく。



 心残りがすべて消えた。結果的に良い大掃除の夜であったと思う。



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