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46.仕事納めと大掃除 中編

三話構成となります。これは二話目です。

 姐さんと声をかけられた女のアイスブルーの瞳に僅かではあるが光が戻る。



「…ダンナ…さっきアタシが言ったことは忘れてくれ…ただ、最後に、おチビちゃん…あの娘と二人で少し話をさせてくれやしないか…」



 ニアが前に言っていた面倒を見てくれていた人というのがこの女なのだろう。ふらふらと近づいてくるニアを抱き寄せ、話を聞いてやると良いと声をかける。



 ロマと二人でリビングの外に出る。しんと辺りが静まり返る中、聴力を強化して聞き耳を立てる。ニアの恩人の最後の言葉とは言え、変なことを吹き込まれても困る。万が一血なまぐさいような頼みをするようであれば、恨まれるかもしれないが打ち切らせてもらおう。





「おチビちゃん…そこに居るのかい?久しぶりだね…元気そうで何よりだよ…ちっとばかり下手こいてね…このザマさ…」



「姐さん…私…私…」



「泣くんじゃないよ…いつまでたっても甘ったれだね…まあいいさ、良いダンナを見つけたじゃないか…聞かせておくれよ、別れた後の話をさ…」



「はい…姐さんと別れた後…」





 聞き耳を立てながら隣を見れば、ロマも集中してリビングの様子を伺っているようだ。彼女は一度こちらに視線を向けて、目を閉じた後にゆっくりと口を開いた。



「そのままでいいからボクの話を聞いてくれ。これを伝えておかないのはフェアじゃないからね。あの獣人女性はね、以前ボクが言ったニア君から伸びている三本目の魔力経路の持ち主だ。どういった関係かは知らないが、ニア君にとって大事な人だろう」



 ロマの方を見て真意を探ろうとするが、彼女はこちらを見ずに話を続ける。



「それを踏まえた上でボクの一意見を言うよ。彼女は幸運だ、恵まれているとすら言える。ボク達と違い、ダンジョンで死んで化け物に食い散らかされたりしないからね。それに彼女は美しい顔をしているし、外で野垂れ死んでいたとしたら、尊厳を奪われるようなことをされたかもしれない。でもそうはならずに、親しい者に最期を看取ってもらえて、床の上で死ねるのだ。……だからキミがそんな顔をしなくてもいいんだよ」



 その言葉を聞いて自分の顔を揉む。そんなにひどい顔をしていただろうか。



 一つ息を吐く。ロマは本当にいい奴だ。嗚咽を交えながらも懸命に自分の幸せを伝えるニアも良い娘だし、最後の願いを反故にして、恨み言も言わず、ニアとの会話を選ぶ姐さんも良い人だ。



 俺も、彼女たちに負けないくらいのいい男でありたい。



「ふぅむ。裏目に出たかな、でもキミのその顔を見られたのならいいか」



 姐さんの息が浅い、急いだ方がいいだろう。装備置き場に行って剣帯を手に、ロマを連れてリビングに入る。姐さんの様子を見ると、最後に大きく息を吐いて虚ろな目で天井を見上げた。ニアの無理に繕った笑顔が痛々しい。



「姐さん!?息が…!ご主人様!姐さんが!」



「ニア君こちらへ。これからすることはボク達だけの秘密だよ、いいね」



 ロマがニアを後ろからしっかりと抱き留めたのを確認し、剣帯に取り付けられていたダガーを抜いて、姐さんの襟元を深く切り裂く。締め付けられていた乳房が支えを失って横に流れる。



「ご主人様、何を…?」



「黙って見守ろう。万が一にも失敗できないからね」



 さらに剣帯のポーチから小瓶を取り出して気合を入れて口に含む。すさまじい味を覚悟したが、意外にも味はしなかった。



 姐さんの鼻を塞ぎ、口移しで液体を流し込む。口の中の液体が無くなった時に握りこぶしを胸の中心に叩き込んだ。



「っぐ」



 逆流してくる息と共に液がこぼれぬよう鼻と口を塞ぎ続ける。



「…いいだろう。腕の傷も塞がった、息をさせてやりたまえ」



 ロマの声に従い手と口を離せば、ゲホゲホと咳き込んだ後に呼吸はゆっくりと安定してくる。その頃には顔色も死者のそれでは無くなっていた。



「姐さんは…助かった…んですか?」



「恐らくはね。何本も手に入れてきたけれど、使用するのは初めて見たからねえ。治験記録も見たことが無い。しかし、使用したのは本物のエリクサーだ。伝説通りならアレくらいの傷は造作もないだろう」



「ご主人様!ありがとうございます…ありがとうございます…!」



 こちらに抱き着いて先ほどとは違う涙を流すニアを優しく抱きしめた後、ロマにニアを任せる。いかに霊薬とはいえ、完全に死亡した者を蘇生する力はない。無理やり使用したツケがあるかもしれないし、霊薬を飲んだ後にどのような変化があるかも分からない。二人には姐さんの経過を見守っていただきたい。俺は後片付けをしなくてはならないのだ。



「わかった。ニア君、彼女に寝床を準備してあげよう。まずは体を拭いてあげないとね」



 ニアは涙をぬぐい、その言葉に力強く頷く。



「はい。目を覚ましたら温かいスープを飲ませてあげたいです」



「それは良いね、準備しておいてあげようじゃないか。さあ今夜は徹夜だねえ、ボク達の分も作って欲しいなあ」



「もちろんです!腕によりをかけて作りますね!」



 ニアが準備に取り掛かるのを確認し、俺はチェインメイルの上にチュニックを着る。ダガーとシールドリングを確認し、剣は置いていくことにした。



 準備を済ませて玄関に回ると、ロマが赤いケープを羽織らせてくれる。ニアの良い匂いがした。



「留守は任されたよ。外は寒いからね、これを羽織っていきたまえ」



 彼女に礼を言って家から出ると、いつの間にか雪は止んでおり、凍るような月が出ていた。これだけ明るいのであれば移動には何の支障もない。フードを目深に被り、走り出す。



 マジックブーツは雪に滑ることもなく、俺の体を目的地へと運んでいく。



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