45.仕事納めと大掃除 前編
三話構成となります。これは一話目です。
「ほらよ、今週の給料だ。今年はこれで最後だからな、色付けておいてやったからありがたく思えよ。年始は仕入れもあるんで三日目からだ、忘れんなよ」
マスターから今週分の給料をありがたく受け取る。おおっ、銀貨三枚とは凄いじゃないか。今回は特別とはいえ、俺の頑張りが正当に評価されたようで誇らしい。ほくほく顔で年末の挨拶をしておく。
「おお、来年もよろしくな。ああ、ロマちゃんにもよろしく伝えておいてくれねえか。貰った湿布めちゃくちゃ効いたからありがとうってな…正直銀貨じゃ申し訳ねえくらいだ。足向けて寝れねえぜ」
この心づけはロマ宛なのか…さっきの誇らしい気持ちを返して欲しい…
従業員用の裏口で待ち合わせ、同じ様に仕事を終えたニアと家路につく。年末特有の浮ついた雰囲気とは裏腹に、曇天の空の下、頬を撫でる風の冷たさはこの冬一番のように感じられた。
「今日はお昼過ぎから急に寒くなりましたね、ご主人様は寒くないですか?」
寒いものは寒いが、探索者は体が雑に丈夫なのでこの程度問題ないだろう。ニアの方こそ大丈夫だろうか、プロテクションローブは断熱性に優れるため、特に冬の快適性は高いはずだが。
「ええ、とっても温かいですよ!ご主人様手をどうぞ、わ、冷たい!私の手で温めてあげますね」
そう握ってくれた手は本当に暖かく、俺の手で冷やしてしまう申し訳なさもあったが、心まで温まるかの様な抗いがたい誘惑を振り切れず、結局そのままの帰宅となった。
§
さあ、贅沢貯金にオールインの時間がやってきた。こたつの運転席に座り、その時を今か今かと待ち受ける。
あちらも年末のボーナスで増えていると予想されるが、今日の俺の戦力はいつもの三倍。普段よりは肉薄するはずだと、ニアが出す硬貨を待っているのだが一向に動く気配が無い。
「ニア君、どうしたのだい?先ほど割ってしまったお皿のことはもういいじゃないか、よくあることだよ。誰も怪我もしていないし、気を取り直そう」
「…あっ、すみません。お皿のことを気にしていないわけではないんですけど…いえ、そうですね。はい、私の今週分です」
ニアはそう言って銀貨三枚をテーブルの上に置いた。俺はこたつの下で小さくガッツポーズを取るが、元気が無いというよりは、どこか気もそぞろな様子のニアが気になって素直に喜べない。
先ほど夕食の片づけ中にニアが誤って皿を割ってしまったのだが、その前からどこか様子がおかしいのだ。そわそわと辺りを見回したり、大きく深呼吸したりとどうにも落ち着かない雰囲気である。
(キミ、ちょっといいかい?)
ロマの目配せに無言で頷き、席を外して二人で相談する。
ニアの様子はちょっと普通ではない。もう少し状態が悪くなればパニックに陥ってしまいそうである。一体何があったのだろうか、夕食に何かまずいものでも入っていたのか?俺たちの胃腸は無駄に頑丈で毒物耐性も高いので、一般人には有害なものが入っていたとかは有り得る。
「確かに尋常な様子ではないね。精神的に何か追い詰められているような雰囲気だ。魔力の流れも普段とは違っているよ、衰弱していたりという訳ではないので毒の類ではないと思う。うーん…少し様子見かな。キミが傍に寄り添ってやるといい」
様子見には賛成だが、こたつで寄り添うのはロマにお願いしたい。今のこの雰囲気で相棒が万が一にも誤作動を起こしたら、彼とは最悪お別れだ。きっとニアを傷つけてしまうし、ロマにも失望されるだろう。そんなことになったら自分を許せそうもない。
「そうかい?じゃあソファにしようか、無理なく三人で居られるだろう」
暖炉に薪を追加して三人で寄り添うようにソファに腰掛けると、ニアはいつの間にか俺たちによりかかるようにして眠りに落ちた。
「疲れが溜まっていたのかな。生活のリズムも大きく変わっていただろうから無理もないね」
ロマの言う通り、出会ってから習い事をしたり、働きだしたり、三人で結婚したりと激動の期間であった。年末年始は様々な出し物で街は賑わうが、うちはゆっくりと過ごすのも良いだろう。そう声を潜めてロマと話していると、ガシャリと門の音がした。
「一応聞いておくけれど、来客の予定は?」
首を振ってそっとソファから立ち上がり、手早くチェインメイルを服の上から身に着ける。剣を取ってロマに目配せすると彼女の魔力波が放たれた。
「…門に一人のみ、動いていない。こちらはボクに任せたまえ」
一つ頷いて玄関に回り、魔力を活性化させて五感を研ぎ澄ませる。外の気配を探るとロマの言う通り、門にひとつ弱い気配がある。
ドアを開ければ外には雪が積もりつつある、寒いわけだ。静かに剣を抜き、気配の元に向かうと門にもたれかかるような人影が見えた。
酔いつぶれるにしては夜も浅い。行き倒れか、物乞いか、いずれにせよ迷惑な話だ。どこかよそでやってくれないだろうか。このまま放っておいて、朝自宅の前に死体が転がっていたのでは気分が良くない、蹲る迷惑者に声をかけてみる。
「…ああ、すまないね…ダンナ、ひとつ頼まれごとを聞いちゃくれないかい…」
ひどく弱った女の声だ。警戒は解かずに近づいてその様子を伺えば、鉄臭いような嗅ぎ慣れた匂いがする。血の匂いだ。随分と厄介事の度合いが高まってきた、白い息を吐きながら先を促す。
「…アタシの大切な手鏡を…取り戻してほしいのさ…報酬は、そうさね…ねぐらには盗られてなけりゃ、そこそこの金もある…あとはアタシに出せるものならなんだっていい…好きにしてくれ…お願いだよ…」
力無くこちらを見る女の顔を見れば、寒さのせいか、血を流し過ぎたのか、褐色の肌からは血の気が消え失せている。家の明かりを反射する目が印象的だった。この顔には見覚えがある、死に引かれる者の顔だ。幾度となくダンジョンで見送ってきた奴らと同じ顔をしている。
俺たちは仲間以外では積極的に助け合うことはしないが、ダンジョンで死にゆく者への習わしがある。こちらとていつ死ぬかもしれない身だ。助けこそしないまでも、最後に残す言葉や遺品を地上に届けてやる位の願いは聞いてやるものである。
「…今すぐじゃなくたっていいよ…これをやったヤツがまだいるかもしれないからね…」
復讐を望むわけでもないのか。随分と優しいことだ、殺しを請け負うつもりはさらさらないが、この女の埋葬品として添えるくらいのことはしてやりたくなった。しかし、雪が降る中このままというのもあまりに世知辛い。せめて家の中で看取ってやろうと剣を収めて女に手を貸す。
「悪いねダンナ…もう体の感覚が無いんだ…ここに転がしておいてくれて構わないよ…どうせもう長くなかろうさ…」
そういうわけにもいくまい、抱き上げる前に声をかけて体の確認をする。武器はない、切り傷は腕と背中の二か所。これだけで即死するほどの傷ではないが、失血が致命的だ。傷になるべく障らぬようにゆっくりと抱き上げる。ぐにゃりとする冷たい体はある種の硬さが失われつつあり、目前に迫る死を予感させた。
女を抱き上げると、途切れ途切れにねぐらの場所について伝えてくる。北の街外れ…この傷でよくここまで辿り着いたものだ。
「…ああ、温かい…騎士様、遅かったじゃないか…でも迎えに来てくれたんだね…姉さん…アタシは…」
うわ言を呟く女を家の中に運ぶとロマが顔を出す。この女性を看取ってやりたい旨を伝えると彼女は何も聞かずに頷いてくれた。
「暖炉の前がいいだろう。ニア君はボクが寝室に運ぶよ」
ぶつぶつと何かを呟く女を暖炉の前に寝かしつけてやる。焦点の定まらぬ目、もう見えていないだろう。せめて少しでも暖かくしてやろうと薪を足すために暖炉に近づくとロマの声が聞こえた。
「ニア君、目が覚めたのかい?さあ、寝室に移動しよう」
「姐さん?」




