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43.今日勝ちたい

本日二度目の更新です、こちらの前に一話あるのでご注意ください。

 大満足の昼食を終え、これから何をしようかという流れになった。自宅ではないので家事はないし、研究もできないし、中庭は剣を振るには少々狭い。



「ふぅむ。室内の娯楽といえばカードゲームやボードゲームが定番だろうが、準備してきていないね」



 仮にそういったものがあったとしても、運の要素が大きいゲームでないとロマに全く勝てる気がしない。それどころかニアにも負け越す未来が見える。負けそうだから嫌ですとも言えないから助かったと言えば助かった。軽く体を使うような遊びならば良いのではないか、主に腹ごなし的な意味で。決して俺が有利だからというわけではないのである。



「ああ、それならば目隠し鬼はどうだろうか。ルールも単純だし室内向きだ。楽しめるのじゃないかな」



「どんなルールでしょうか、私にもできるといいのですが」



 素晴らしい提案だ、三人で室内で遊ぶには適していると言える。それに俺には鍛え抜かれた感覚と魔力強化がある。逃げるにしても追うにしても有利に立ち回ることができるだろう。俺としては大賛成だ。



「鬼役の者が目隠しをして逃げるものを追って、最初に捕まった者が次の鬼役になるという遊びだよ。目隠しをして走ると危険だから、追う方も逃げる方も走るのは禁止だ」



「なるほど、ゆっくり動いて鬼さんに気づかれないように静かに逃げるんですね、ルールも簡単そうですし面白そうです」



「捕まえられたものは邪魔にならないように決められた場所にいることにしようか、後は何度かやってみてルールを追加したりすれば良いのじゃないかな」



「はい、わかりました。最初の鬼さんはどうやって決めましょう」



 ふふ、静かに逃げたところで俺からは逃れられまい。自信を持って最初の鬼役に立候補する。どちらを次の鬼役にしてやろうか…俺は空間把握能力にも自信がある。部屋の映像を脳裏に焼き付け、布を頭に巻き付けて暗闇で笑う。



「ふぅん、いいだろう。じゃあ最初の鬼は任せたよ、逃げる範囲は室内だけ、中庭も無しだ」



「ではご主人様お願いしますね、頑張って逃げますので。あ、捕まった人はベッドにいることにしませんか、広いですし」



「了解だ。じゃあニア君少し離れようか…この辺でいいかな。じゃあ始めよう」



 俺はロマの合図に従い魔力を一気に活性化させて聴覚に大きく割り振る。暖炉の炎が薪を食む音が響く程静かなため、二人の息遣いや心音すらも手に取るように分かる。



 ん?ニアの鼓動と息遣いがやや荒い。緊張しているのだろう、可愛らしいことだ…それなら捕まえるのは後にしてあげようじゃあないか、目の前で頼りになるロマがあっけなく俺の手に落ちる様をその目で見るがいい。



「っ♡」



「はぁ、キミね。魔力強化は無しだ、いくら何でも大人げないよ。ボクが鬼の時に歩くことしかできないキミたちに広範囲の捕縛魔術を放ったらどう思うか考えてみたまえ」



 ロマの突っ込みが入った、魔力を霧散させて了解と返す。しかしこれは織り込み済み。敢えて魔力を縛らせることによって、地の感覚勝負に持ち込んだのだ。これでロマよりも大幅に優位に立てた、完璧な戦術である、今日の俺はとことん勝ちにこだわっていきたい。



「…えっと、ご主人様。ちょっとロマさんと作戦を立てても良いですか?」



 もちろん許可だ。俺の有利は小動もしない。いくらでも作戦を立てるがいい、真正面から叩き伏せてやろう。



「ロマさん、お耳を…」



「…えぇ?…でも…」



 しばらく待つとしゅるりと衣擦れのような音がして、ぱさりぱさりと二人から離れた位置に軽いものが落ちる音がする。あのあたりはソファの位置だ。それからややあって「いつでもどうぞ」とニアの声。



 なるほど、音を立ててのかく乱作戦というわけか。しかし、俺を前にあまりにも浅はかである。内緒話を始めたことから二人は一か所に固まっており、俺の感覚によればその後移動した気配はない。残念だがこの作戦は効果的ではなかったな。



 魔力強化抜きではあるが集中力を極限まで高める、目隠しの布を透過するかのように部屋の様子が脳裏に浮かんだ。



 俺は迷いもせず真っすぐに、しかしゆっくりと二人との距離を詰める。どちらに逃げられても問題ないよう部屋の中央寄りからにじり寄るが、まだどちらにも動く気配が無い。



 まさか作戦はもう品切れか?もう少し俺を楽しませて欲しいものだ…近づいた時に左右に分かれて逃げる作戦だろうか、前衛の能力を甘く見積もりすぎである、同時に捕まえて二人に俺を追ってもらうというのも悪くない。



 二人の眼前に立つ、既に俺の必殺の間合いだ。チェックメイトというやつである。



 両手で二人の腰のあたりを抱き寄せると、手から返る感覚に違和感を覚えた。なんだ?妙にすべすべで柔らかい。



「えへへ、捕まってしまいました。さすがご主人様です、一直線でしたね。目隠しを外しますからベッドに連れて行ってください」



「ニ、ニア君…」



 ニアがそう言って目隠しを外してくれる、俺は誇らしげに楽勝だったと二人に報告しようとして閉じていた眼を開いた。二人の衣装が透けて見える、俺の集中力はそこまでの領域に達してしまったとでもいうのか…



 俺は慌てて上に目を逸らすが、それに釣られたかのように相棒も上を見上げてしまう。お前はダメだって、ちょっと待っていてくれ。



「ははっ…捕まってしまったねえ、は、運んでもらえるだろうか」



 俺たちは何をしていたんだっけ、ああ、でも捕まえた人をベッドに運ぶルールだった。一応合っているのか…混乱しながらも言われるがままに二人を順番に抱き上げる。



 二人をベッドに運び終えると、ニアが天蓋を締め切る。広いベッドの上の三人だけの世界。二人の息遣いに俺の荒い吐息が混ざり込んだ。



「ご主人様。このお家って、そういうことをしてもいいルールなんですよ?」



 負けてもいい、そう思った。



§



 今日も負け続けだ。しかし、相棒にそれを認める気配は全くない。不撓不屈とはまさにこのことである。



 水分補給のために少し休憩をしていると困ったことになった。どうやって再開すればいいのだ、これがわからん。



 相棒は早く早くと俺を急かすが、そんなに言うなら良い口説き文句の一つでも俺に示して見せろ、相棒は黙って上を向く。こういう事には使えない奴である…



「…ご主人様、ロマさん。ワインはいかがですか?私も少し頂きたいのですが」



「…ああ、ちょうどいい…頂けるかな…少しだけ、もう少しだけでいいから休もう…あれ?そういえばグラスはあったのかい、っんぐ、ニア君、何を…はぁ」



 ニアがワインを口に含み、ロマに飲ませてあげている。「あーん」は液体にも適用され、お嫁さん同士でもして良い行為の様だ。そうだったのか、なるほど、これは目が離せない。



「ご主人様もいかがですか?」



 ワインを映したような瞳にぶんぶんと首を縦に振り、おれもニアに「あーん」してもらう。それを飲み込むと体に火が入ったかのように熱くなり、血管に直接ワインが入ってしまったかのようだ。相棒も熱された鉄のように赤く燃えている。



 ――誘い文句など知ったことか、まっすぐに全力で行くぞ、相棒。



§


 少しだけ遅い朝、二人のぬくもりを感じながら目を覚ます。



 暖炉に火を入れ、市場で朝食にしつつその足で仕事場に行こうと相談する。



 俺はコテージの素晴らしさを知ってしまった。ぜひまた来たいし、自宅のベッドはこれくらい広い方がいい。いっそ同じ天蓋付を買おうと思う。



 ニアは満面の笑みで賛成してくれたし、ロマは照れながらも反対はしなかった。



「でもねえ、毎週来るのは無理だよ。贅沢貯金のやりくりからして、ひと月に一度くらいじゃないかなあ。ベッドの分を分割払いにしたらもっと減るだろうね」



 自宅のベッドの買い替えは老朽化対策の一環であるので、生活費から捻出できるはずだという俺の必死の説得は、ニアの強い後押しもあり、無事ロマを頷かせることに成功したのであった。



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