39.平和な日々
鐘の音で目を覚ます。
凄まじい違和感が俺を襲った。焦って下半身に手を伸ばすと相棒が元気にハイタッチを返してくる。よかった、濡れてない。
周囲を見渡すと自分の部屋ではなく、リビングで寝てしまったことを思い出す。ああ、本当に良かった、アレはやはり夢だったのだ。
昨夜の夢の中での俺は、あろうことか二人が眠る自室のベッドに潜り込んでしまっていたのだ。ロマもそこまで求められたら仕方ないと言いつつも積極的な様子だったし、ニアはいつも通り、いや。いつも以上に積極的な様子であった。夢の中でそのまま三人で寝たところで記憶が途切れていたので混乱してしまった。
…俺はなんて節操がないのだ…せっかくこんな夢を見なくなったというのにまたコレだ。内容もよりひどさが増しているのだが…いや、夢ならばギリギリセーフだろう、夢だからな。
ずっとこんな夢を見続けていたのに一週間は持ったのだから成長している。そうだ、またここから記録を伸ばしていけばいいのだ。
水を汲みに外に出る。ひんやりと澄み切った空気を吸うと身が引き締まる思いだ。決意を新たにして顔を洗う。今日も良い天気になりそうだ。
リビングに戻れば二人も起きてきたようだ。おはようと声をかける。
「おはようございます、ご主人様。昨晩はすみません、ご主人様のベッドをお借りしてしまって」
「お、おはよう…すまなかったね。ぼ、ボクも顔を洗ってくるよ」
ベッドのことは大丈夫だ。こたつは気持ち良かったし、夢見を除けば何の問題もない。ニアはいつも通りの様子、対してロマは少し顔が赤いような…風邪だろうか。探索者は病気にも強い抵抗力を備えているが、絶対というわけでもない。寒くなってきたし、お互い体調管理には気を付けたいところである。
朝の支度を終え、ニアの出勤時間である。俺もいつも通り帯同するため、玄関先でロマに見送られる形となった。
「では行ってきますね」
「ふぅむ。ボクはお昼ごはんどうしようかなあ」
ロマに昼は酒場に来てみてはどうかと勧めてみた、彼女も戦乙女パイのファンである。最近の昼はオヤジさん仕込みのパイ尽くしなのできっと目的のものにありつけることだろう。
「ああ、そうだねえ、そうしようかな。ノワール君にも会いたいし」
「ぜひ来てください!楽しみに待っていますね」
「うん。後で行くからよろしく頼むよ、いってらっしゃい」
俺も行ってきますと挨拶して、ロマに見送られて家を出る。とてもいい気分だ。
ニアと往くいつもの道のりであるが、今日は俺を酒場で雇ってもらう話を切り出す日だ。慣れない事案を前に手に汗がにじむ、俺はうまく面接をこなせるだろうか。先日の練習の成果を是非活かしたいところである。
§
酒場について店に入るとカウンターには最近昼はご無沙汰のマスターがいた。客足が元に戻ってきたということだろうか。
「おはようございます!ご主人様、ありがとうございました。頑張ってくださいね、また後で」
「おっ、ニアちゃんおはよう。今日もよろしくね。そっちは送迎お疲れさん、帰っていいぞ」
なんだコイツ、ニアに馴れ馴れしすぎる。店の裏で少しばかり教訓を与える必要があるな。なあに、男は少し位顔が腫れていた方が伊達ってもんだ。それとも腹にしておくか?弛みを凹ませる手伝いをしてやろう。
「おっと、近づくな。オレの動きを見てわからねえか?そうだ、ちと腰をやっちまってな。へへ、理由は聞くなよ。名誉の負傷ってやつだ、だから今日はオヤジが仕込みをやってるってワケだ」
む、腰は良くない。大事にするべきだ。なにが名誉の負傷かは知らないが、コイツのいう事は話半分で聞くくらいがちょうどいい。オヤジさんに急遽頼んだという事はどうせまた殴られたのだろう。
「言っただろ、名誉の負傷だって。オヤジだって殴らねえさ。治癒院に行くほどでもねえし、少ししたら元通りさ。で、どうした。中まで入ってきて、開店はまだだぞ」
そうだった。くそ、オヤジさんに頼むつもりだったのに、雇ってくださいとコイツに頭を下げるのか。いや、二人のためだ。俺のプライドなど安いものである。一息吐いて力仕事か何かで雇ってくれないかとマスターに頭を下げる。
「おや?<不沈>サマもようやく地に足の着いた生活の尊さに気づいたってワケか。なるほどねえ、いいじゃねーの。下働きとして雇ってやるよ、毎日頼むほどの仕事はねえが、荷下ろしとか薪割りとかお前の得意な力仕事を回してやるからよ」
毎日来いと言われずにこちらとしてもありがたい。できれば出勤日はニアと合わせた日にしてくれると助かる。
「はあー!雇ってもらっていいご身分だねえ。まあ俺とお前の仲だ、ニアちゃんの出勤日に仕事が出るように調整してやろうじゃないの。給料は…そうだな、ニアちゃんと基本給は同じにしてやろう。読み書き計算出来て可愛いうちのエースと同額だぞ、いい条件だろう?」
金額など最低限でも良かったが、考えてみればこの贅沢貯金はニアが出す分をロマも出すと言っていたな…俺もニアと同額貰えるのであれば、稼ぎをすべてそこに回すことにより二人を下回ることはない。十分にメンツが立つだろう。ふむ、素晴らしい条件だ、ありがとう、お前良い奴だったんだな。
「へっ、よせよ、今頃気づいたのか?じゃあ早速今日からやってもらおうか、まあ今日は裏で薪でも割っててくれや、後は追々な」
うむ、了解だ。あ、昼にロマが来るので奥の部屋を取っておいて欲しいと伝える。
「ん、ロマちゃんが?ああいいぜ、そういやこないだノワールとなんか話してたな…ってオイ、何時までさぼってんだ、給料引くぞ」
おっと、雇い主の機嫌を損ねぬうちに退散するとしよう。勝手知ったる店内を抜け、裏庭の薪割り場に到着する。
ふむ、面接の経験が活きなかったのは残念であったが、ここでサムとの薪割り経験が活きるとはな…丸太をセットしてくれるサムはいないし、道具も違うが問題ないだろう。すべて腕力が解決する。
丸太を自分でセットして、近くに置いてあった大ぶりの鉈を構える。斧と違い、昔獲物として振るっていた時期もあったので手に馴染む。
鉈を振りかぶった瞬間、確信があった。今ならばいけると。
静かに練り上げた魔力を薄く鉈に纏わせる。知る限りではゲンジだけが実用化できていた武器強化である。これは非常に難しい技の一つで、均一でないと武器が逆に脆くなる繊細な技術だ。この肉厚な鉈であればカタナに比べて多少雑な魔力操作でも問題はなさそうであるが、さて。
鉈を静かに振り下ろす。鉈は重力に引かれ、さして抵抗もなく丸太を割り、その下の薪割り台を両断し、地面にめり込んだ。
あっ。
過ぎたるは及ばざるが如し。この言葉は間違っていると思っていたが、正しい。今分かった。
…この薪割り台どうしよう…所詮は大きな丸太だし、破断面も非常にきれいだ。二つを合わせて縄で縛りつけて横から使えばどうだ、お、いけるいける。
俺はその後武器強化はせずに、黙々と薪を割った。やはり腕力が一番なのだ。
■
「あ、いらっしゃいロマちゃん。注文はどうするー?あと、こないだの話どうなった?聞かせて欲しいなー」
「やあノワール君、パイはあるかな?あとエールを。先日は相談に乗ってもらってすまなかったね、今日は礼儀として事の顛末を報告しに来たのだよ」
「きゃー、楽しみー。ベリーパイは大丈夫だよ、ミートパイはお義父さん忙しくて手が回らなかったから準備できてないの、ごめんねー」
「ん?何かあったのかな。オヤジさんは昼の手伝いをしていると聞いたのだけれど」
「そーなの。ちょっと聞いてよー、こないだウチのと喧嘩しちゃってさー。で、仲直りックスしたらすごく燃えちゃって、お義父さんに孫の顔を見せてやる!ってさ。でー、盛り上がりすぎて腰やっちゃったんだよね。アハハ」
「そ、そうかい…りっくす?…それはご愁傷様。お礼と言っては何だけれど、今度ボクが調合した湿布を渡すよ。遅効性だが、効果は保証するよ」
「ホント!?助かるよー。お礼ってことはー。上手くいったってことだよね?ロマちゃん若いし美人だし、そのお胸でしょ。どんな男だってイチコロだって!で、で?その幸運なお相手は結局誰だったの?」
「う…うん。そのね…」
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こうして一週間が何事もなく過ぎた。そして、運命の給料日。
「ほれ、今週分の給料だ。薪割り台の件は大目に見てやる、ありがたく思えよ?」
感謝である、銀貨一枚をありがたく受け取る。
この重み、質感、輝き。間違いない、過去十年で最高クラスの銀貨である。当たり年の銀貨というヤツだろう。
ニアと手を繋いで家に帰り、ロマに二人で「ただいま」をして「お帰り」と出迎えてもらう。最高の日々だ。
夕食後皆でこたつに入り、贅沢貯金のためにお金を出し合う。まずはニアからだ、俺は余裕をもってそれを見つめる。
「じゃあこれまでの分は別という事にして、今週分を私から出しますね」
これまでの分をベットされると俺が不利である。だからルールを俺の有利なものに設定させていただいた。家主の権限をフルに活用した作戦。ふふふ、天才軍師と呼んで欲しい。
ニアがこたつの上に銀貨を二枚と銅貨を数枚置く。なん…だと…
「じゃあボクもニア君と同じだけだそう。ん、銅貨の持ち合わせがないね。銀貨二枚と半銀貨でいいかな」
ロマは事も無げにニアを超えてきた。俺は小刻みに震える手で銀貨を一枚こたつの上に置いた。
あれ程までに光り輝いていた俺の銀貨が、他の銀貨に囲まれて窮屈そうに鈍い光を放つ。今助けてやるからな…
ニアさん?レ、レギュレーション違反ですよ。これまでの分は出さないって言ったじゃないですか…
「今週分ですよ!今週はですね、チップがいつもよりも多かったそうで、他の皆さんも喜んでいました!」
え?チップって従業員の給料になるの?俺は?そういえばアイツ基本給って言ってたな…ニアたちは基本給に加えてチップを貰えるという事か?俺は絶対に勝てないじゃないか…
「銀貨五枚半と少し、けっこう贅沢に使えるのじゃないかな。なにを買うか楽しみだねえ」
「ロマさん、ドライフルーツってお好きですか?こないだご主人様に買ってもらった杏子がすごくおいしくて、これで買えるでしょうか」
「薪の分を引いた後でも十分買えると思うよ。懐かしいなあ、リリア君が探索に良く持ってきていたねえ。ボクも食べたくなってきたよ、今度買いに行こう」
盛り上がる二人をよそに、俺は俯き怒りに震えていた。
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「ねー聞いた?ロマちゃん結婚したんだって!しかもお相手はニアちゃんと一緒の旦那さんだよー?誰かわかるかなー?」
「はあ!?聞いてねえぞ!!あの野郎!ニアちゃんだけじゃなくてロマちゃんまでなんて…イテテテ…」
「はいはい、後ろ向いてねー、ロマちゃんがくれた湿布貼ってあげるから」
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((あいつぶっ飛ばすわ))




