38.第一回こたつ会議
「さて、今回はニア君の正体と特異性についてボクの考えを聞いて欲しい。推論が混ざっているが、この先三人で暮らしておくのに情報共有しておくべきだと判断したよ」
散りかけていた意識を再集結させる。三人で暮らしていくのに必要なこと、今の俺にとってそれ以上に大切なことなどない。
「私のことですか?翼や耳について何かわかったという事でしょうか」
「それらについてはまだ何とも。選択肢から消去法で絞り込むことはできるが、そもそもの選択肢の中に正解があるとは限らないからねえ」
翼が生えようがニアはニアだし、耳が尖っているのも今思えば彼女のチャームポイントだ。個人的には割とどうでもいいような事であるが、第一回こたつ会議の議題にされるほど何か大きな問題をはらんでいるのだろうか。
「見た目についてはボクも同意見かな。しかしまあ聞いてくれたまえ、最初ニア君とボクが出会った時に手違いがあって対峙してしまっただろう。まずは改めて謝罪するよ、あの時は怖がらせてしまってすまなかったね」
「いえ、私はただびっくりしてしまっただけで、大丈夫ですよ。その後のこともびっくりしましたけど」
なんだか俺ももう一度謝らなければいけない気がしてきた。うまく言えないけれども、あの時はすまなかったと謝罪する。
「そ、その話は後にしないかい?…まあ話を戻すとね、最初ニア君を見た時にボクが敵対行動をとったのは、サモンマジックで呼び出された異界の住人だと判断したからなのさ。魔力の流れ、というか…あり方が非常に酷似しているのだよ」
サモンマジックか…術者によって呼び出されるとどこからともなく湧いてきて、盛大に魔術をぶっ放してどこかへと消えていくやつらだ。しかもその魔術が向く先は、味方が呼べば敵に、敵が呼べばこちらに向かうので何とも言えない感情しか湧かない。機先を制して叩き斬ったとしても、死体すら残らず実入りが無いのも微妙さに拍車をかける。
「あれらは仮初の肉体だからね。ある程度損壊するか、肉体を保つ魔力が無くなれば異界に帰っていく、とされているね。ボクはキミも知るように魔力感知には少々自信があってね、意識すればある程度は視ることができる」
「よくわかりませんが、他の人に見えないものが見えるってことですよね。何かかっこいいです。でも生活してて不便じゃありませんか?見た目が色々とまざっっちゃいそうです」
「余程でなければ無意識で視える訳ではないし、なんというのかな。実際に見えているのではなくて、感じたものを視覚処理しているといった方が正確だと思う」
??よくわからない。ニアを見ればうんうんなるほどみたいな雰囲気を出しているが、目が僅かばかり泳いでいる。よくわかっていない仲間を見つけられて俺は満足だ。このまま順調にいけば、よくわからないけどロマはすごいんだといった視座を持った同士が増えそうである。
「ソレで視たところだけれどもね。なんとニア君を基準として、ボクとキミへ魔力経路ができているんだ!特にキミとニア君の路は太い、非常に細いものを含めて三本ある。これはサモンマジックで呼び出す時に大きく魔力を消費して、維持する時にできるものと繋がりの強さこそ違えど、同じものなんだ。これは驚きだよ!実に興味深い!」
それが、つまり…どういうことだ。俺かニアが知らぬ間にマジックユーザーになってしまっているという事だろうか、それが三人で暮らしていくことに大切なこと?
「ああ、すまない。興奮して脱線してしまったよ。結論から言うよ、誤解を恐れずに言えばニア君は人ではない。異界の住人や精霊、それこそおとぎ話の妖精や天使の方が近い存在と言えるだろうね」
ニアをじっと見つめると微笑みかけてくれる。今日も尖った耳がキュートだ、こちらも微笑みを返す。これは妖精か精霊だろう、天使でもいいか。しかし彼女はハーフエルフではなかったのか?
「ああ、キミはハーフエルフの耳を見たことが無いのかい?彼らの耳はエルフ程ではないがもっと長いし、形も違うよ。それに…いや、また脱線してしまったね。おほん、そして魔力経路によってキミとボクの魔力の一部がニア君に移動しているのだが、何に消費されているかは不明だ。消費量も普段は認識できるかどうかといったものなので、推察も難しい。しかし、これが無くなったとしてもニア君が消えてしまうようなこともないはずだ、明らかに実体があるからね、これが特異点」
「あの、私が何であろうともお二人と一緒にいられるのであれば構わないのですが、その…お二人から魔力?を貰ってしまっているという事ですよね。どうすれば止められるのでしょうか」
「いや、逆だねえ。止めないようにするべきだとボクは言いたいのだよ。わずかでも消費しているという事はニア君にとって必要なことであると考えた方が良い。ボクがさっきこたつの運転席に座るのを避けた方がいいと言ったのは、魔力を消費することでニア君に何らかの変調が出るかもしれないと考えたからだ」
現役を退いた今、俺の魔力なぞ死なない程度に吸い上げてくれも良いが、そうすると俺に何かしてやれることは…装備の見直しか?ニアの装備を思い浮かべるが、装備者の魔力を吸う型の装備はさせていない。ナイスチョイスだぞ、俺。
「そうだねえ、身に着ける魔道具には注意を払った方が良いだろう。例えばボクの片眼鏡は常時発動型だからね、まあ消費は緩いものだが、え?似合っている?…あ、ありがとう。ニア君もその指輪はとてもよく似合っていると思うよ、普段の瞳の色とリンクしていて素敵だ」
二人が何だかいちゃいちゃと褒め合っている。すごいぞ、こたつ会議は大成功だ。サムに感謝しないとな。そういえば魔力経路というのはいつから見えていたのだろう。先ほどの話だと最初に出会った時にはニアの不思議なところは気づいていたが、見えていなかったという事だろうか。
「まあ分かるようになったのは…その…ごく最近というか…その、昨日というか、今日にかけてというか…ほら…わかるだろう?」
「えっと…あ、わかりました。三人でしたときからでしょうか?」
「いや、その…き、キミも何か言っておくれよ」
藪蛇とはこのことである。俺はこたつの天板越しにこちらを仰ぎ見る相棒に語りかけるように俯き、この話題が流れるのをひたすらに待つことを決心した。
■
「あ、ご主人様寝てしまいましたね。起こしてあげなくて大丈夫でしょうか」
「彼の魔力量であれば何の問題もないよ、この程度で風邪をひくほど軟でもあるまい。寝かせて置いてあげようじゃないか、そのうち目が覚めれば寝床に行くだろう」
「昨日はご主人様大張り切りでしたからね、二人で背中を流した甲斐がありました」
「その…ニア君。非常に聞きにくいのだがね、ボクはこれまで全くそういった経験が無くて判断に迷うのだが。夫婦の営みというのは、その、あんなにすごいものなのかい?ノワール君に聞いた話とは少し違う気がしてね」
「ご主人様はいつもすごいですが、それよりもすごかったですよ。ロマさんがいてくれて本当に良かったです、気絶してしまうともったいないですし」
「…まったく、ボクは初めてだったというのに。そういえば最初は酷く痛むことがあると聞いたけれど、そんなことが無くて良かったよ、個人差があるのかな」
「あ、私もそんなことなかったですよ、一緒ですね。むしろご主人様との時は何度も意識が飛んでしまって大変でした」
「ああ、ボクだけじゃなかったのか。安心したよ、こんなこと相談できる相手などいないからねえ…しかし世の中の女性は思ったよりも自制心が高いみたいだね。少し侮っていたよ、あれでは流されてしまっても責められないなあ。人類が繫栄するわけだ…あふぅ…そろそろボク達も寝ようか」
「あ、今日もご主人様の部屋で寝てしまいませんか?起きて来てくれるかもしれませんよ」
「えー、今夜はゆっくり寝たいなあ…ニア君も仕事だろうに…わかった、わかったよ。そんな顔をしないでおくれ。ただし、寝ているだけだよ、こちらからというのは無しにしよう。いいかい?」
「はい、ありがとうございます。昨日はとてもうれしかったです、ロマさんともすごく仲良くなれた気がして」
「まあ、ボクもニア君には助けられたし、仲良くなれてよかったと思っているよ。しかし避妊回りは現役時代から続けていたが…プレゼントした美容クリームの使い方の発想には驚かされたねえ」
「えへへ、そっちも一緒ですね。でもご主人様も喜んでいたでしょう?」
「あれは驚いていたのじゃないかな…」
■
ふと目が覚める。いかん、寝落ちしてしまったようだ。こたつの温度はちょうど良いが、ちょっと下半身に汗をかいてしまった。もそもそとこたつを抜け出して寝ぼけ眼で自分の部屋に入るとベッドに二人が寝ているではないか。
「…」
「…」
あれ?寝ぼけてロマの部屋に入ってしまったのだろうか…まずい、これでは夜這いだ。気づかれないようにゆっくりと部屋を出る。
「…ふぅ」
「…ちぇ」
部屋の外に出て確認するがやはり自室で間違いない。どうやら二人が寝ぼけて俺の部屋に入ってしまったという事だろう。前日にそこで寝させてしまった俺にも責任の一端があった。
ロマの部屋に寝るわけにもいかないので、俺は運転席ではないこたつに潜り込む。余熱で十分に暖かいし、二人の残り香が心地よい。ここで横になるのはなんだか悪いことをしているみたいで、どこか背徳的なものを感じつつ眠りについた。あ、ちょっと癖になりそう。




