31.判決
地獄のような時間が流れ、ついにロマ裁判官から判決が下された。
「条件付き無罪」
無罪代わりの条件だ、かなり過酷なものとなるだろう。相応の覚悟をしてロマの顔を見る。彼女は何故かにやりと笑った後に「そのまま待っていたまえ」と言い残し、ニアを伴って部屋を退出する。
二人で何を話すのか気にならないと言えば嘘になる。
しかし聞き耳を立てるわけにはいかない。聴力強化して聞いたとしても、ロマには筒抜けだ。仮に彼女が魔力を感知できなかったとしても盗み聞くわけにはいかない。それが誠意というものだからだ。言葉通り、そのままの姿勢で待った。
足の感覚が消え失せた頃、二人が再入室してきた。
「条件を伝える前にいくつか確認しておきたいことがあるのだよ。ボクの質問に正直に答えて欲しいのだが、いいかな?」
是非もない。可能な限り誠実に答えることを約束する。
それから俺はロマの質問に答えていった。ニアとの関係、彼女をこれからどうするつもりか、住所登録を行ったか等々…何故かニアに関しての質問が多い。意図することは分からずとも、恥ずかしさを飲み込み正直に返答していく。
「ふぅん。なるほど、ありがとう、大体わかったよ。ニア君、言ったとおりだったろう?何も問題ないさ。ああ、後で翼についても調査させてほしいのだがいいかな。もう一度出せるかい?」
「ロマさん、わかりましたから、ご主人様にあのことを確認しないと」
「そっ、そうだね。あとは…そうだね…っ、ボクについては…その…」
「頑張ってください!」
何故かニアがロマを応援している。俺のやらかしにより被害者同士の団結感が生まれたのだろうか。共通の敵を持つと、いがみ合っていた者同士すらあっさりと手を組んだりするものだ。もしそうだった場合は、俺が二人の共通の敵ということになるのでとても悲しい。
「きっ、キミは。ボクをだね、ど、どう思っているのかな?」
意図がよくわからない質問だが、これについては何も恥じるところはない。
ロマは俺にとって最高の仲間の一人である。非常に頭が良く、思いやりがあり、どこに出したとしても恥ずかしくない立派な女性である。探索時には何度も助けられたし、行動を共にしてこれほど心強いマジックユーザーはどこを探してもそうはいないだろう。
「ご主人様はロマさんを異性としてどう見ているのですか?」
「ニア君?ちょっとまって?」
先ほどの失態についてか…
ロマに言うのも憚られるのに、ニアの前でか…言わねばならないのか…ならぬのだろう。少しでも罪を贖うのだ…俺の頭を最大限に振り絞り、言葉を選んで伝えたが要約すれば以下のとおりである。
<美人でスタイルが良く、女性として大変魅力的であり、先ほどは手から伝わる柔らかさと、その良い匂いにいけないとは思いつつもひどく興奮しました>
愧死しそうである。こんな懺悔あるだろうか、懺悔室の向こうの人もドン引きしないか。少なくともロマの顔はちょっと見たこともないくらいになっているぞ…
「…っ…っ!」
「わかりました、ご主人様。先ほどロマさんから提案がありました。ご主人様さえよければ、諸々の話を無かったことにするのではなく、問題なかったことにできるのです」
あまりにも都合の良い話に聞こえる。ニアは生来の優しさや、人を疑う心を持たぬ故、詐欺に引っかかってしまうかもしれない。ロマに限って我々を騙すような真似はしないが、見知らぬ人から甘い言葉で誘われても耳を貸してはダメだと教える必要があるかもしれない。
「ご主人様はロマさんと暮らすことについてどう思いますか?あ、ご主人様とロマさんと私の三人ということです」
どうもこうもなく、元々そのつもりであったのだ。ただちょっと、いや。偏に俺が悪かったせいでこんなことになってしまっているが…本当であれば今頃は皆で楽しく夕食を食べて、風呂に入って、各々の部屋で寛いでいてもおかしくないのだ。
「わあ、聞きましたかロマさん。ちゃんとお部屋の準備はできていますよ。あ、私の部屋の準備はまだできていませんがお気になさらず」
「…補足するよ。三人でというのはね、これからずっとという意味だよ。ニア君とボクの住居をキミの所持するこの場所に登録するということさ。先ほど確認したが、ニア君の登録すらまだだろう?今でも彼女は住所不定の非市民のままだよ」
ずっとニアとロマと一緒に暮らす?ん?俺は厳しい条件を突きつけられると思っていたのだが、何がどうなっているのかわからない。これからは庭で過ごせとか、最悪家を出て行けとかいう話だと思っていた。庭に住むことになるのであればせめて小屋くらいは作って欲しい。
「なぜ家主のキミを庭で飼うような話になると思ったのか甚だ疑問だが、そんなはずないだろう。一応キミの負担について説明するとね、ニア君だけならば登録費は必要だが、扶養は努力義務だ。しかしボクもとなると二人の扶養は義務になる。一生ボクたちの面倒を見ることになるよ」
「一生ご主人様をお庭で、小屋…リード…おさんぽ…」
二人とこれからずっと一緒に暮らせて、今回の件については理由は不明だが帳消し。その代わりに二人を扶養する。どちらかというと生活力のない俺が面倒を見てもらうことになりそうだが、これから頑張れと期待をされているような気持ちだ。罰というより、むしろご褒美である。それでいいなら望むところだが、しかし本当にいいのだろうか。
「今回の件は、そういった関係であれば…一般的?なのかどうか不明だが、所詮は家の中のことだよ。不問だろう。ただ、そういったことは…その…前もってだね…わかるだろう?」
俺もちょっと今回の件が一般的かどうかは分からない。しかし「あーん」の件もある。俺の想像以上に世の中の男女は凄いということが分かったので一概に異常とは言えない。何にせよこれから三人で暮らしていけるのであればうれしい限りだ。
「あ、仲直りというわけではないですけど、遅くなりましたが記念にお食事にしましょう!ロマさんは戦乙女のパイはお好きですか?梨のパイなんですけど、すごくおいしかったので、いただいてきたんです。すぐ用意しますから」
「戦乙女のかい?ボクも甘いものは好きだよ。梨は初めて聞くねえ、賄の?ふぅん。ニア君は最近あそこで働きだしたのかい?素晴らしいねえ、ボクも火を入れるのを手伝おう。マジックユーザーは結構つぶしが効くのだよ」
二人はワイワイとキッチンに向かう。さすがはロマだ、家事もいきなりニアと息を合わせての作業が可能なようだ。確かに簡単に火をつけることができるのは凄い。俺も腕力に物を言わせた着火が得意だが、魔術には及ばない。
俺は二人を見送った後、その場で芋虫の様に転がり、痺れる足の感覚と戦った。
§
皆で楽しく食事も終えて、改めて風呂に入る時間だ。俺はいろいろと挽回するべく、風呂の外で薪をくべる係を買って出た。外でゆらゆらと揺れる炎を見ていると心が落ち着く。
「あぁ、キミ、良いよ。とても良い湯加減だ。もう少しだけ熱くしてもらえるかな」
「ご主人様、すみません。やっぱり私がやりましょうか」
「こらこらニア君。あまり彼を困らせるものではないよ、こっちにきたまえ」
「あっ、えへへ。ちょっと狭いかもですね」
いいんだ、ニア。ロマと一緒に風呂に入れ。決して外を覗いてはいけないよ。君たち二人のリラックスした声はとても耳に良いのだが、相棒に良くない。
炎だ、炎を見よう。心が落ち着くはずだ…わあ、薪がぱちぱち言ってる、すごいね。相棒もすごいすごーいと大きく頷いてくれた。




