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25.魔術協会

 朝の鐘で目を覚ます。

 昨日はやらかしてしまったというのに体調も相棒もひどく元気だ。



 一つだけ判明したことがある。俺が正気を失うあの部屋着は魔道具ではなかった。判明した理由はエプロンドレス+三角巾姿のニアに襲い掛かった奴がいたからである。ニアに容易く打ち取られていたが。



 しかし、丈の短い服にエプロンを着けるとすごい。



 着ているのは知っているのにまるで着ていないように見えて、着ていないところにエプロンをしているかもしれないと考えると、なんというか…我慢ができなかったのだ。成長の実感が得られない…



 今日はニアの見習い期間半日卒業後、初めての出勤日である。今日こそが本当の初出勤日なのかもしれない。サーシャもその快挙に「当然です」と言いながらもうれしそうにしていたのを俺は見逃さなかった。



 俺は今日も当然のように護衛と言う形でニアに同行する。



「今日からお給金が出るって考えると、前とは違った緊張感があります。身内じゃない人に認められたっていうか…えっと、なんていうか、うれしくって、ちょっと自信がつきました」



 前と同じで緊張していることには変わりがないが、以前よりも前向きな緊張感であると思えた。この様子であればきっと大丈夫であろう。道すがらニアの話を聞きながら戦乙女へと向かう。



「ご主人様、ありがとうございました。お仕事が終わったらお家に帰りますので待っていてくださいね」



 何を言っているのか、帰りも同行するに決まっている。すでに冬も近く、夕方の鐘が鳴ってから日が落ちるのはあっという間だ。夜道を一人で歩かせるのは些か不安である。



「ありがとうございます。では、夕方の鐘の頃に終わる筈ですので、それくらいにお願いしますね。でも無理はしなくて大丈夫ですよ、道も覚えていますし、このブーツすごく動きやすいんです。えっと…最近はすごく体調も良くて、いくら動いても疲れませんし」



 マジックブーツもニアに馴染んだのだろう。あれは誰が使っていたか記憶が曖昧だが、サイズが多少違う程度は続けて着用することで使用者に合わせて変化する優れものだ。



 店の前でニアを見送り、俺は酒場の前でニアを待つことにした。その姿はゲンジに昔聞いた忠犬ハチコーの姿と重なるだろう。もしかしたら俺も美談として後世まで語り継がれるかもしれない。



「おい、店の前をうろつくのは止めろ。普通に営業妨害だぞ」



 振り返れば店内からオヤジさんが遠巻きにこちらを見ていた。ハチコーの美しさを理解できないとは…内心呆れてオヤジさんを見返す。



「なんで俺が悪いみたいな雰囲気出してんだよ。毎日お前に庭掃除させて昼飯をやる程お人よしじゃねえ。せめて開店以降に客として来い。それまではどこかで時間でも潰してくるんだな」



 しっしっと動物を追い払うような手つきで追い払われてしまった…クゥーン…



 仕方あるまい、ニアをよろしく頼むと念押しし、俺は時間を潰すべく街をぶらつくことにした。



 時間を潰すためだけの目的で街をぶらつく経験はほとんどなかった。自然と足並みはゆっくりとしたものになり、これまで意識したことのない景色も目に入る。



 空き家だったはずの場所に店が出ていたり、あったはずの店が別の店になっていたり。いつのころからか更新されていなかった頭の中の情報を書き換えていると、とある建屋の前で足が止まる。



 魔術協会。ここは以前に見た時と幾分も変わらぬ姿で佇んでいた。ここには我がパーティのブレインであるマジックユーザーのロマがいるはずだ。



 前に酒場で会った日からひと月ほどだが、パーティを組んだ後にこれほどの期間顔を合わせていない日はなかったように思う。



 そう思うと無性に会いたくなるのは不思議なものだ。遅くなってしまったが、探索者協会からの伝言をするのを口実に会っていこうと思う。あとは結婚の手続きとかが良くわからないし、相談するには最適だろう。ロマに分からないことなんてほとんど無いはずだ。



 受付に行き、ロマに面会を申し込む。ここに俺の顔は利かないので素直に待つ。いくらなんでも夕方まで待たされることはないだろうと座って待っていると、予想に反して短い時間で案内された。



「ロマさんが面会に応じるのは珍しいですね。失礼ですがどういったご関係で?」



 俺を案内してくれた男が興味深げに聞いてくる。男はいかにも研究者です。といった風貌で、なるほど、たしかに帯剣しているような俺とは育ちが違いそうであった。



 ロマとは付き合いも長いし、特に隠し立てするような関係でもないので、素直にパーティメンバーであることを伝える。



「そうでしたか。それは良いタイミングで来てくれました。よろしければ伝言をお願いできませんか?端的に言いますと、ロマさんにはここから出て行っていただきたいのです。ああ、すみません。誤解しないで頂きたいのは、除名とかそういう話ではなくて、外に泊ってくれというだけなのです」



 クビにするとかそういった話であれば自分でしろと白目で見ると、どうやら違ったようだ。それにしても外に泊ってくれとはどういう意味だろうか。



「ここは確かに仮眠をとるような場所もありますし、期日が迫っているときなどは泊まり込むといったこともあります。しかし、ここは住む場所ではないのです。探索者として活動している間は大目に見ていましたが、身を引いてからは敷地の外に一歩も出ていないのですよ」



 それはある意味すごい。ひと月ほども引き籠るとは、飯はどうしているのだろう。



「確かに食事はどうしているのやら…ここは食堂もありませんからね。いや、そんなことよりもですね、三週間ほど前にあとひと月で出て行ってくれるように通達はしたのです。荷物の整理などもあるでしょうからね。しかし全く返答もありませんし、顔を合わせるたびに言うのも気が引けますので、ぜひ貴方からも伝えていただけませんでしょうか」



 そういうことならお安い御用だ。ロマのことだから間に合うギリギリまでやらなくていいとか考えていそうである。しかも放置している割には最後にしっかりと間に合わせるところがロマのいいところなのか悪いところなのか判断が難しいところであった。



「そうなのですよ!前々から計画しているのに作業進捗の共有をしないで、前日になってこれで行くとか急に言うものですから大変です!ああ、失礼。つい興奮してしまいました。…それで内容は非の打ち所がないのですから我々も何と言っていいのやら…」



 この人はこの人でいろいろと苦労しているようだ。パーティでは俺の知らないところでゲンジあたりが頭を悩ませていたのかもしれない。インテリを要求されるところはあの二人に一任してしまっていたので分からなかったが、共同で物事を進めるのは大変だということなのだろう。



「お察しいただけますか…確かにロマさんは優秀です。優秀なのですが…いえ、とにかく伝言だけでもしていただければ十分です。期日前に何もしないというのもできない性分でして。ああ、談話室はあちらです。それでは私は失礼します」



 案内をしてくれた男に礼を言って別れる。面会用のスペースに入るとロマが先に座っており、同僚らしき女性と話している姿が見えた。



「…とまあ、こんなところかな。さて、ボクのお客さんが来たようだ。すまないが席を外してもらえるだろうか」



「ロマ先輩、お忙しいところありがとうございます。とても助かりました!」



 女性はぺこりと頭を下げると席を外して立ち去るかに思われたが、遠巻きにこちらの様子をうかがっているようだ。どうせすぐにいなくなるだろうと、ロマに近づき声をかける。



「やあやあ、久しぶりだねえ。酒場依頼じゃないか、こんなに長い事会わないのは初めてかもしれないね。今日はどうしたのかな」



 ロマも同じようなことを考えていたようだ。久々の再開に自然と口角が上がる。ひと月足らずではあるが、会えただけでなんだかうれしい、同窓会というのはこんな感じだろうか。



 ちょっとロマに相談したいことがあるのだが、結婚相談をここでするのは憚られた。さっきの女性は相変わらずで、やはり視線が気になる。協会からの伝言とさっきの男の伝言については問題ないのだが。



「ボクもキミと久々に会えてうれしいよ。混み入った話ならボクの研究室に来ると良い。少しばかり散らかっているが、一人で使っているからね。人目を気にする必要はないよ。案内しよう、ついてきたまえ」



 ロマの配慮に感謝して、案内されるままに付いて行く。



 去り際に物陰からこちらを除いている女性の呟き声を俺の耳が拾った。



「え?あのロマ先輩が男を部屋に招き入れるなんて…大胆…」



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