1 懐かしい場所
2022年春 円城咲耶
午後三時二十分。
終業のチャイムの音がしている。六時間目の授業が終わる合図のはず。
――懐かしい。
来年、夏の教育実習。
その事前手続きのため、久しぶりに母校――高校へやってきた。
大学から預かった教育実習の書類を持って事務室へ。事前に電話でアポイントをとったとき、事務員さんから「手続き自体は郵送でも可能ですよ」と言われたけど、久しぶりに来たかったのだ。
事務室の窓口で書類を出したらすぐに手続きは終わった。
これで来年、大学四年生になったときの「教育実習の枠」が予約できたことになる。どうせなら、自分の母校で実習したいと思っていたから、この手続きは大切。
ひとまず用事を果たしたところでほっとして、職員室に寄った。お世話になった先生方の何人かはまだ転勤せずに残ってる、とこれも事前に聞いていた。
職員室に顔を出したら、二年前までお世話になった先生方が次々に声をかけてくれた。
「すっかり大人っぽくなったね」
「大学の勉強、順調に進めてる?」
「教育実習に来るってことは、教員免許取るんだね……そのあと採用試験は受けるの?」
先生方から質問が飛びかう。
くすぐったくて、気恥ずかしくて、ちょっと嬉しい。
先生方の顔を見ていると、あの頃に時間が戻ってしまう。照れのような、苦笑のような表情をきっと私は浮かべている。
甘えていた。子供だった……今も先生方から見たらそれほど変わっていないのかもしれない。自分としてはずいぶん成長したつもりだけど。
担任学年の先生方に、教科を教えてもらった先生方……皆さん一声二声かけてくれて、軽くおしゃべりをしてはそれぞれの仕事に戻っていく……面識のあった先生方と一通り挨拶したタイミングで、そういえば、まだあの先生に会えていないな、と思った。
周囲の先生方から、たぶん英語科準備室にいると思うよ、と教えてもらい、職員室のある一階から階段を上って、三階の英語科準備室へ向かった。
◇
英語の質問があるときに、そして、それ以外の『お話』をしに、何度か来たっけ……そう思い出しながら、ノックをした。
「失礼します」と言いながら引き戸を開ける。
目的の先生が奥側の机に座っていた。いきなり目があった。
こちらを見てびっくり、優しい目がまん丸だ。
「……円城さんじゃない」
「飛田先生、お久しぶりです。教育実習の手続きに来ました」
懐かしい。見慣れてた先生の顔。
「ああ、もう大学三年生なのね。早いなぁ……せっかくだから、コーヒー、飲んでいかない?」
どうせなら座っていきなさい、と言われ先生の隣、空いた机にいそいそと座った。部屋にはコーヒーの良い香りが漂っていて、ちょうどドリップしたところだったらしい。先生は自分のマグに加えて戸棚から一つマグを取り出し、それぞれにコーヒーをとぽとぽと注いでくれた。
私の顔をちらりと見て、湯気を立てたマグを手元に置いた。
私は藍の模様が入ったマグにそっと触れ、先生に目線を向ける。
飛田京子先生。
あの人より一つ歳上だから、今は三十三歳のはずだ。私の学年を三年間担任してくださった先生の一人。そして、私とはちょっと、いや、かなりの因縁がある先生……因縁というのは言い方がよくないかな。
つまりは……同じ人に想いを寄せた、元ライバルだった女性。
最初は大学生活の話。授業にゼミに、顔を出しているサークルに……あたりさわりのないところをひとしきり。
「……充実してるのね。円城さんのことだから、心配してなかったけど」
にこやかに。そして、そのまま本題。
「ところで……ね。彼とは、仲良くしてる?」




