表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅱ 源氏物語_宮本綾×黒沢黎
21/53

1 懐かしい場所



2022年春  円城咲耶


 午後三時二十分。


 終業のチャイムの音がしている。六時間目の授業が終わる合図のはず。


 ――懐かしい。


 来年、夏の教育実習。

 その事前手続きのため、久しぶりに母校――高校へやってきた。


 大学から預かった教育実習の書類を持って事務室へ。事前に電話でアポイントをとったとき、事務員さんから「手続き自体は郵送でも可能ですよ」と言われたけど、久しぶりに来たかったのだ。


 事務室の窓口で書類を出したらすぐに手続きは終わった。


 これで来年、大学四年生になったときの「教育実習の枠」が予約できたことになる。どうせなら、自分の母校で実習したいと思っていたから、この手続きは大切。


 ひとまず用事を果たしたところでほっとして、職員室に寄った。お世話になった先生方の何人かはまだ転勤せずに残ってる、とこれも事前に聞いていた。


 職員室に顔を出したら、二年前までお世話になった先生方が次々に声をかけてくれた。

「すっかり大人っぽくなったね」

「大学の勉強、順調に進めてる?」

「教育実習に来るってことは、教員免許取るんだね……そのあと採用試験は受けるの?」

 先生方から質問が飛びかう。


 くすぐったくて、気恥ずかしくて、ちょっと嬉しい。


 先生方の顔を見ていると、あの頃に時間が戻ってしまう。照れのような、苦笑のような表情をきっと私は浮かべている。


 甘えていた。子供だった……今も先生方から見たらそれほど変わっていないのかもしれない。自分としてはずいぶん成長したつもりだけど。


 担任学年の先生方に、教科を教えてもらった先生方……皆さん一声二声かけてくれて、軽くおしゃべりをしてはそれぞれの仕事に戻っていく……面識のあった先生方と一通り挨拶したタイミングで、そういえば、まだあの先生に会えていないな、と思った。


 周囲の先生方から、たぶん英語科準備室にいると思うよ、と教えてもらい、職員室のある一階から階段を上って、三階の英語科準備室へ向かった。



 英語の質問があるときに、そして、それ以外の『お話』をしに、何度か来たっけ……そう思い出しながら、ノックをした。


 「失礼します」と言いながら引き戸を開ける。


 目的の先生が奥側の机に座っていた。いきなり目があった。

 こちらを見てびっくり、優しい目がまん丸だ。


「……円城さんじゃない」

(とび)()先生、お久しぶりです。教育実習の手続きに来ました」


 懐かしい。見慣れてた先生の顔。


「ああ、もう大学三年生なのね。早いなぁ……せっかくだから、コーヒー、飲んでいかない?」


 どうせなら座っていきなさい、と言われ先生の隣、空いた机にいそいそと座った。部屋にはコーヒーの良い香りが漂っていて、ちょうどドリップしたところだったらしい。先生は自分のマグに加えて戸棚から一つマグを取り出し、それぞれにコーヒーをとぽとぽと注いでくれた。


 私の顔をちらりと見て、湯気を立てたマグを手元に置いた。

 私は藍の模様が入ったマグにそっと触れ、先生に目線を向ける。


 (とび)()(きょう)()先生。

 あの人より一つ歳上だから、今は三十三歳のはずだ。私の学年を三年間担任してくださった先生の一人。そして、私とはちょっと、いや、かなりの因縁がある先生……因縁というのは言い方がよくないかな。

 つまりは……同じ人に想いを寄せた、元ライバルだった女性。


 最初は大学生活の話。授業にゼミに、顔を出しているサークルに……あたりさわりのないところをひとしきり。

「……充実してるのね。円城さんのことだから、心配してなかったけど」


 にこやかに。そして、そのまま本題。

「ところで……ね。彼とは、仲良くしてる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ