2 女同士
飛田先生が彼と呼ぶ人――今は私の恋人。
誰が聞いているわけでもないのだけど、そのまま名前を出すのがなんとなくはばかられるのは、先生も同じなんだろう。
照れる。顔が熱くなってきて……私、真っ赤になってるんだろうな。
でも、はっきり言わなきゃ。
「はい。仲良く、してます。ちゃんと」
「……そう」
飛田先生は優しく目を細めて笑った。
◇
先生も三年前、あの人――辰巳祐司センセイを想っていた。
生徒の私から見ても、態度ですっかりバレバレだった。同じように辰巳センセイを好きだった結城琴美とも「飛田先生、絶対そうだよね」「間違いないよね」と話し合って、一緒に防衛しようと作戦を練ったこともある。
それくらい飛田先生はバレバレな人で、だからこそとても魅力的で、同性の私たちから見て大変な脅威だった。
高校二年の修学旅行、お風呂を出たあと、旅館のロビーで待機していた飛田先生のところに琴美と二人で行って、おしゃべりしたことがあった。
二人で「辰巳センセイが一番大切にしてくれてるのは、私ですから!」とさりげなく……(たぶん客観的には全くさりげなくなかった)アピールした。
私は一年生のとき校内で大きな問題を起こしてしまったときのこと。琴美はある先生とのすれ違いから、学校へ来られなくなったときのこと。二人とも、辰巳センセイに助けてもらって、それっきり好きになってしまったのだった。
二人で飛田先生に釘を刺しにいったわけだけど……はっきり言ってしまえば。私たちがあの頃脅威に感じていたのは『魅力』もだったけど、より気にしていたのは『立場』だった。
だって、大人の飛田先生はその気になれば辰巳センセイとすぐにだって付き合えるし、恋人としていろんなことをしたって怒られないのだ。
それは、教師と生徒だから、と悶々としていた私たちからしたら、酷く不公平に思えた。
大人の『立場』でぬけがけされたらたまらない……そんなことを思いながら、ついつい食いつくように話をしたけど、きっと先生から見たらこっちもバレバレで、呆れていたんだろうな。
思い返すと顔がまた火照ってくる。
◇
しばらく私の顔を眺めていた飛田先生の瞳が、少し遠くを見る目になった。
「……あの頃は、ほんとにかわいいなぁ、先生に恋しちゃってるんだなぁ……て思っていたんだけどね」
こちらに目線を戻し、にこり。
「今じゃ、心から憎らしいわ。コーヒー苦くしといたから」
どう返していいかわからず黙ってしまう。
先生の淹れてくれた苦いコーヒーは、それでも豆の香りが強くて美味しかった。
「円城さんが本気なのはわかってたけど、本当に彼を射止めちゃうとは思わなかった。彼の心は、簡単に解けるものじゃないと思ってたのに……卒業式の後ね、話があるって彼に呼ばれたの」
「……卒業式」
私と辰巳センセイは、二年ちょっと前、高校の卒業式の三日前から恋人になった。
センセイの心にあった消せない傷。でも私は、センセイと二人でいようと決めた。センセイは私を抱きしめて、その後二人で新幹線に乗って初めて手をつないだ。
指と指を絡める……憧れていた恋人つなぎをした。先生の指はほっそりしていて、でも力強くて、一本一本から熱が伝わってきた。しっかり私の手を包んでくれた。
飛田先生が続けた。
「卒業式が終わったあと、彼、なんだか思い詰めた顔してた。なんだろうって思いながらも、ほんのちょっと期待したの。その前から私も思いは伝えてたから。そしたら!」
すうっと息を吸い、小さく溜めた。
「お付き合いを始めました、相手は生徒です!」
あー……。
なんと答えていいのか……すみません。
どぎまぎしている私の顔を見て、飛田先生が、あはははと笑って――肩から力を抜いた。
「ええええって叫びそうになったわよ。まさか高校生に……小娘に負けるの?なにそれ?って思ったもの。なにそれなにそれなにそれって。もう頭いっぱいになっちゃった」




