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何の遠慮もなしにすぐ連絡できたり、友人との会話の中でも自然と登場したり、休みの日は当たり前のように同じおかずを食べたり、一緒の部屋で過ごして、でもお互い好きなように別のことをしている。

俺が彼女に求めたものはそんなありふれたことだった。

他人だった彼女に対して求めることだから、ありふれていてもとても特別なことだ。

とにかく彼女には離れていても近くにいても俺のそばにいてくれる存在になってほしかった。

それは彼女をちゃんと好きになる前から決めていた、嘘みたいな話だけど。

出会った頃の彼女はまるで紐がほどけた風船みたいだった。

寄る辺なく気持ちここにあらずで、何を言っても響かない人間だった。

そのくせ、楽しいことは楽しいと素直に言ってのけ、俺のことも好き好きだよ好きだからね、と事あるごとに伝えてくる。

彼女はまだまだ幼いのだと俺は付き合っていくうちに分かってきた。

幼さゆえに危なっかしく、俺がいないと彼女は簡単に道を踏み外しかねないと本気で思った。

俺と出会う前の彼女の奔放な行動に一人憤怒したり絞り出すように泣いた。

普通の女ではなかった彼女だからどうしても俺じゃないといけないと悟った。

事実、俺と一緒になった彼女はだんだんと落ち着いて地獄から遠のいていった。

俺も彼女と一緒だとしんどいが楽しかった。

しんどいことが嬉しかった。

聞き分けの悪い彼女が可愛かったし、思い通りにならない彼女が憎らしくも愛おしかった。

子供も授かり大変なことが多くなったが生きていると実感していた。

俺は生きている。

彼女と子供と一緒に。

彼女と子供は当然に俺のもので、俺もまた彼女と子供のものなのだ。

そんなこと幸せと呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。

一人ではないのだ。

俺のなかには彼女と子供が存在する。

楽しいことも辛いことも三人で分かち合うのだ。

これは俺が死ぬまで続く。

揺るがない。

そう思っていたが、俺はこれから彼女を殺す。

現実に殺人を実行はしない、子供のために。

だから心の中で殺す。

他の男にうつつを抜かした馬鹿な彼女を殺す。

生爪を一枚ずつ剥がし、指の骨を一本ずつ折り、殺してくれと懇願するほどの苦痛を与えてから殺したかったが、我慢する。子供のために。

不真面目な女だ。

分かっていて結婚した。

見た目は無害そうなのに中身は犯罪者並みの道徳の無さ。

人とは違うところで喜ぶ異常者。

俺を好きだと嘘をついた裏切り者。

俺の日常は狂気めいていった。

大雨の日、庭の隅で片っ端から食器を割った。

ある日、たまらず彼女の頬を一度打った。

毎日、会話の端々に嫌味が混じることを抑えられなかった。

許せない。許せるわけがない。

俺は飲めない酒に無理矢理溺れ、どんどん荒んでいくことを止められない。

許せない。許すことなんてできない。

彼女が俺を裏切ったことが俺を燃やす。

俺じゃなく業火を彼女に!!

生かしてはおけない。

他の男に抱かれた彼女を二度と抱けない。

そんな彼女はいらない。

穢らわしい!!

俺と子供まで汚染されていく。

死ね!死ね!死ね!!!


彼女は死んだ。

俺と子供と一緒にいるのは抜け殻の彼女だ。

目を見ただけで分かる。

生爪を剥がさなくても、指の骨を折らなくても、殺さなくても、俺の怒りだけで彼女は死んだ。

好奇心に煌めいていた瞳は翳り、屈託ない笑顔は消え、引き攣った微笑みは常に俺の機嫌を伺っている。

俺は以前の彼女を偲んで今の彼女と生きていこうと思う。

偲んでいる間は不思議とすべて許せるような気分になれる。

それは奇跡的な現象だ。あれほど怒りに支配されていた心がふっと静かになるのだ。

それに彼女にはどうしても俺でないといけない。

俺がそばにいないと彼女は人として生きていけないことは明白だから。

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