第十八話──ティータイム──
着替え、顔を洗うと、綾乃へ言われた場所へ向かう。
そこは、この広大な屋敷にいくつもある応接間の一つだった。他の応接間に比べるとやや狭く、一つのテーブルを囲むように四つの椅子が置いてある。狭いとは言ったが、窓は大きく、外の光を取り入れて明るいため、むしろ開放的な印象を受ける。
部屋に入ると、食事の準備をしていたメイド達がお辞儀をしながら斗真と入れ違いに立ち去った。
「遅かったね」
綾乃は椅子に座って待っていた。
「あぁ、すまんな」
軽く謝りながら、斗真は綾乃と机を挟んだ向かい側に座る。
机の上には、あらかじめ綾乃が用意させていたらしいサンドイッチが並び、ティーセットが置いてある。
「まぁ、とりあえず食べようか」
そう言うと、綾乃は空のティーカップを手に持つと、斗真へ向かって差し出した。
「えっと……これは?」
「今メイドさんいないからさ」
お茶を入れろという事らしい。
「なら、メイド呼べよ」
「メイドさんいたら、トーマの報告聞けないでしょ。あんな血なまぐさい報告聞いたら卒倒するよ。──それに人がいたらトーマにアヤノと呼んでもらえなくなるしね」
ニッコリと笑いながらそんな事を付け加える。
はっきり言って斗真には、綾乃をアヤノと呼ぶと喜ぶ理由がわからないが、綾乃なりに何かしらの思いがあるらしい。
「というか病み上がりの人間に給仕とか普通させるか?」
「ボクはお坊ちゃま兼お嬢様だからね。それに、別にトーマは病み上がりではないでしょ。風邪とか引いていたわけではあるまいし」
「それもそうか。そのティーカップ置いて。──『ポルターガイスト』」
斗真は、手をティーポットへ向けると、能力を発動させる。
ティーポットはふわふわと浮くと、綾乃と斗真のティーカップに順に紅茶を注いでいく。
「やっぱり便利そうだね、その異能。そういや、なんか映画だったか、おとぎ話だったかであったよね。姿の見えない召し使いみたいな」
「ふーん」
斗真はどうでもいいと言った感じで、相槌を打ちながら、ハムのサンドイッチを一つとる。
綾乃も、それに釣られるようにツナマヨのサンドイッチをとった。
「ところでさ。俺の異能が便利っていうならお前の異能も便利だろ。未来予知」
「いつも言ってるけど『ピュトン』はそんな便利な異能じゃないよ」
綾乃は即否定する。
「そうか? まぁ、アヤノの異能と言ったら一つ聞きたいことがあったんだけど、目的の少女こと、葵の件について話す前に先にいいか?」
「ん? まぁレン達にある程度聞いたし、別にいいけど」
斗真は紅茶を一口飲むと、話し始める。
「あの街に葵を助けに……誘拐しにか? 行った時にさ、俺がやられる事前提みたいに蓮達を送り込んだだろ」
「そうだね」
ツナマヨのサンドイッチを食べ終わった綾乃は、今度はタマゴサンドに手を伸ばす。
「あれさ、別に、俺にあらかじめ未来を言ってたら、俺があんな怪我したり、橋から飛び込んだりしなくても済んだんじゃないか?」
「……」
モグモグとタマゴサンドを食べていた綾乃は、そのまま無言でタマゴサンドを飲み込んだ後、
「そうかもしれないね」
そう認めた。
「まぁ、実際、確かにトーマに未来を言ったら、斗真が橋から飛び降りることはなくなると思うけど、だからと言って、大怪我をしないとは限らないよ」
わけがわからないと言った様子で、斗真は首を傾げる。
「まぁ、めんどくさいからまず、トーマにはなぜボクがこの『ピュトン』の能力を使いにくいと言ってるのか説明しよう」
そんな様子を見た綾乃が説明を始める。
「まず、言いたいのは『ピュトン』が見せてくれる未来はこのまま行くと最も起こる可能性が高い未来であるだけということ。つまりボクが見た時点で、未来はその見た未来通りにはならない可能性の方が高い」
「ふむ」
「例えば、今から扉を出たら偶然控えていたメイドさんと出会い頭にぶつかる未来を見たとしよう」
扉を指しながら例を挙げる。
その扉を指す手にもいつの間にかサンドイッチが握られていた。実は以外と食いしん坊なのかもしれない。
「けど、ボクがその未来通りにメイドさんとぶつかることはない。なぜならタイミングをずらすなり、気をつけたりするからね」
「まぁそりゃそうだ」
「強いて言うなら天気とかどうしようもないものは変えようがないけれど、まぁおそらくボクが手の出せる限りの未来は既に変わりまくってると言えよう」
そこまで言い切るとサンドイッチにパクついた。
「うん、ジャムも美味しいな。──で、だから、ボクが未来を見た時は、細心の注意を払って動かなければならない。未来を変えるのは良い方向ばかりとは限らないからね。けどボクが未来を見た時点で、未来は変わるけど、どう変わるか予想しながら動くことはできる。だから、ボクは常に考えて動いてるんだけど、そこでトーマに言うとする。けど、未来を知ったトーマはトーマで未来を考えて動くから、ボクが変えたい未来とは大きく異なる方向へ動いてしまう。はっきり言うと、トーマに教えることは不確定要素がデカくなっちゃう。だからあんまり言いたくない。まぁこれが誰にも極力未来を言わない理由かな」
「つまり、だから俺には未来を教えず、最低限ギリギリ俺が助かるところで助けたと?」
「そゆこと」
なら、と斗真は疑問をぶつける。
「なら、助けるのを少し早くというのは無理なのか?」
「うーん、まぁ可能ではあるんだけど何があるか分からないから、死ぬとかでもない限りは極力ギリギリまでは、見た未来通りの展開になって欲しいと言うのがボクの考えなのよね。──バタフライ効果って知ってる?」
綾乃は唐突にそんなことを聞く。
斗真は、知らなかったので首を振った。
「いや、全然」
「簡単に言えば、蝶の羽ばたきが地球の反対側で嵐を引き起こすってこと」
「訳が分からんのだが」
「まぁ、後でグーグル先生に調べといて。つまり、ボクは、その時にとってはどうでもいい小さな違いが、大きく未来を変えることを危惧しているということ」
「?」
斗真は、まだ理解出来ないのか首をかしげた。
「……トーマって着眼点はいいけど、理解力なかったりする?」
「それバカにしてるのか?」
「まぁ、いいや。ちょっと上手い例が浮かばないからあとは自分で考えて。だから、ボクは極力、未来を死とかこれを失敗すると引き返せないみたいな重大な事以外は変えたくないの。些細なことまで変えたら、バタフライ効果で未来がとんでもなく変わって、何が起こるか分からないから」
「……まぁ、お前が色々考えてる事はわかった」
斗真はイマイチ理解しきれないと言った様子で紅茶を飲んだ。
綾乃はそんな様子を見ながら、自分の紅茶を飲み干す。
「トーマ、お茶入れて」
「はいはい」
再びティーポットはふわふわと浮かび上がると、紅茶を綾乃のティーカップへ入れる。
「聞きたいこと終わり? まぁちゃんと説明できた気はしないけど……。まぁ、ちょっと上手い例が浮かんだらもっと細かく説明するよ。じゃあ本題といこうか。トーマが、ウロボロスの奴らがいたビルに入ってからの事の教えて。それまではだいたいレン達に聞いたから」
斗真は、残り少なくなったサンドイッチに手を伸ばしながら、語り始める。
「あぁ、わかった。あのビルに入ったあと──」
まだ話は長くなりそうだった。
これまでに書いた話の改稿と、次話考えるので次はちょっと遅くなるかも