5月11日――フォーリンラブ7
放課後。
さてどうやって叶先輩を探し出そうかと考え、とりあえず過去視を発動させながら校内を練り歩いてみる。
未だに見る場所と時間を上手く操れない過去視だけれど、場所に限って言えば「その場」に限定すれば視点がどっかに飛んでいったりすることはない。
ならあとは時間というところなのだけれど、これは数分前程度なら簡単に指定できるが、過去にさかのぼるほどに精度が悪くなり、最終的には何も見えなくなる。
だからとりあえず、三年生の靴箱へと移動してみたのだけれど。
「何で放課後になってから登校してるんだろうこの人」
ほんの数分前に、上履きに履き替えて校内へと入っていく叶先輩の姿が見えた。
まさかわざわざ殺し合いをするために放課後になってから登校してきたのだろうか。単に授業中にどっか行ってた可能性もあるけれど。
「……とりあえず追いかけようか」
まだまばらに残っている生徒たちが、何故二年生が此処に居るのかと不審そうな目を向けてきている。
それから逃げるように叶先輩の過去の姿を追えば、辿り着いたのは生徒会室だった。
過去視で追いかけたものの、生徒会室を覗き見ることはできない。
結界の類でもはっているのだろうか。というかそんなもので過去視を防げるのか。
「……」
少し迷ってからドアをノックする。
もしかすれば斎院さんもいるのかもしれない。あるいはやりすぎるなと釘を刺すために呼び出したとか。
「……あれ?」
そんな予想を裏切るように、室内から返事はなかった。
それどころか注意深く氣を探ってみたけれど、中に人の気配もない。
斎院さんはともかく、叶先輩に隠形の心得があるとは思えない。
既に室内には居ないのだろうか。でも生徒会室の入口は一つしかないのだけれど。
「……」
いつの間にか口内にたまっていた唾をのみ込みながら、ゆっくりとドアに手をかけ力をこめる。
そしてあっさりと扉の開いたそこには、誰も居なかった。
「……なんでやねん」
まさか本当に居ないとは。
叶先輩はどうやってここから出たのだろうか。あの変人ぶりを見るに窓から出たとしても驚かないけれど。
「はあ。どこにっ!?」
室内に踏み入ったところで、突如飛来したそれを半ば反射的に左手で掴み取った。
「……ボールペン?」
飛んできたのは黒く細いいかにも安物っぽいボールペンだった。
キャップはなくそれなりに鋭い先端が僕のほうへと向いており、掴んでいる今も引き寄せられるように力がかかっている。
それほど強い力ではないけれど、今離せばすぐさま僕の心臓目がけて飛来するだろう。
「ふふ……ふふふふふふ」
「!?」
室内に響いた声に背筋に冷たいものが走った。
叶先輩の声。でも肉声じゃない。
部屋の前方にとりつけられたスピーカーから、ノイズ混じりの不気味な笑い声が聞こえてくる。
「うふふ。ダメよ。ダメなの。あの子はダメ」
「……」
何がダメなのか。聞いても答えてはくれないだろう。
ただ何というか。相変わらず笑っている叶先輩だけれど、その声が昨日のそれより低い気がする。
「あの子は迦夜ちゃんの大切な後輩なの。だから貴方が触れちゃダメ」
あの子とは、もしかして仲辻さんだろうか。
叶先輩が輪人さんの後ろを付いて回っていたのなら、仲辻さんのことも当然知っているだろう。
しかし、触れてはダメとは。
もしかして今更僕が仲辻さんとそれなりに仲がいいことを知ったのだろうか。そして警告している。
ならばやはり最初の狙撃の理由は仲辻さんと一緒に帰ったことなのだろうか。
だとすれば輪人さんにどれだけ依存しているのかという話だけれど。
「もしかしたらと思ったのに。貴方も他の男と一緒なのね。そうね。男はみんな狼だって、迦夜ちゃんも言ってたもの」
何言ってくれてんですか輪人さん。
もしかして叶先輩は男嫌いなのか。だから最初は問答無用で殺しに来て、僕を見た瞬間輪人さんに似てるからと例外になったのか。
というか僕が輪人さんに似てるって、雰囲気の話かと思ってたのにもしかして外見まで似てるの。
確かに仲辻さんの言い方ではそんな感じだったような気もするけれど。
「だから……貴方は居ちゃダメ」
そう叶先輩が宣言した瞬間、殺意が動いた。
「うわ!?」
最初は何かが軋むような音。そして僅かな間をおいて、生徒会室にあったモノが一斉に飛んできた。
資料の入った棚。
ホワイトボード。
ポットに湯呑に椅子に机、壁にかかった時計まで。
固定されている物以外が一斉に僕目がけて襲いかかって来る。
「くっ!」
反射的に後ろに逃げそうになった体を、無理やり前へと押し出す。
生徒会室の扉は内開きだ。今から反転して開けて出るには時間が足りない。
「ハッ!」
だからここは敢えて前に出る。
正面から跳んできた長机を踏みつけながら跳躍し、そのまま窓をぶち破り宙へと身を躍らせる。
生徒会室は三階にあるけれど、この程度の高さならどうとでもなる。
「っヤバい!?」
しかしそんな僕を追いかけるように、生徒会室から椅子やポットといった小物が落ちてくる。
それを確認するなり、すぐさま窓の開いていた手近な教室へと体を滑り込ませる。
室内に飛び込み地面へと転がれば、少し遅れてガガガと耳障りな音を響かせて小物が壁や窓枠へとぶつかってくる。
「っと」
それでも室内へと侵入してきた湯呑を片手で掴み取る。
他は壁やら何やらにひっかかって止まったらしい。しばらく様子を見たけれど、これ以上何かが飛んでくる気配もない。
「……何というはた迷惑な」
確認するまでもなく、生徒会室は滅茶苦茶だろう。
これ僕が悪いのだろうか。今度斎院さんに謝りに行ったほうがいいかもしれない。
「しかし、どういう法則だろコレ」
右手に掴んだ湯呑は、最初のボールペンと同じように今も僕の心臓目がけて飛ぶように力がかかっている。
単に飛ばすのではなく、相手を自動追尾するのだろうか。
だとしてもこの力の弱さは何だろう。
普通に考えれば重いものほど飛ばすのに力が要るはずだ。
だというのに先ほど生徒会室で飛んできた物のスピードに大した差はなかったし、飛ばすのが楽であろう軽い湯呑やボールペンもこの通り手で掴んで止められる程度の力しかかかってない。
重量に関係なく一定の速度でしか飛ばせない?
なら在り得なかった過去の遠距離狙撃は?
「――逃がさない」
「!?」
しばらくそうやって考え込んでいると、再びスピーカーから叶先輩の声が聞こえてくる。
もしかして全校放送なのかこれ。
というか他の生徒はいつの間に居なくなったんだ。
「うわ!?」
ガンと鈍い音を響かせて、廊下から清掃用具の入ったロッカーが扉を巻き込みながら飛んでくる。
「ハアッ!」
飛来したロッカーを扉ごと蹴り飛ばし、戻ってくる前に廊下へと躍り出る。
「……なるほどね」
そして廊下に出てみれば、廊下に設置されたロッカーやら机やら壺やら優勝旗やら。
あらゆるものが一斉に僕目がけて飛んでくる。
遮蔽物がある場所では狙撃はできないって?
その遮蔽物がまとめて飛んでくるとはまったく予想していなかった。
「とりあえず相手の力の把握か」
そう自分に言い聞かせるように言いながら、異能の影響下にないらしい扉を外して盾のように構える。
幸いというか現在地は廊下の一番端だ。反対方向から物が飛んでくることはない。
大丈夫だ。廊下にそれほど質量のある物体は転がっていない。
氣で身体能力の上がっている僕なら止められるはず。
むしろ止めてみせるつもりで踏ん張る。
「うおおお!?」
そして扉に次々と物がぶつかり、決意とは裏腹に僕はあっさりと廊下の端に押し付けられた。




