5月11日――フォーリンラブ6
「背中真っ赤にして帰ってきたと思ったら、一日で一気に話が動いたわね」
今日会ったことを報告すると、氷雨さんは呆れたように言って夕食のドリアへと手を伸ばした。
「まあ向こうから接触してくるとは思いませんでしたよね」
それに肯定の意を返しながら、僕もなるべく体の軸を動かさないようにしつつドリアへとフォークを突き立てる。
背中の傷は氣を使ってゆっくりと治療中だ。そんなに深くないので寝るまでには塞がる……といいなあ。
「それで、志龍はどうしたいの? 私としてはその二人を拘束してじっくりとお話ししたいんだけど」
「素直に話しますかね」
叶さんはまともに話ができるかどうかも怪しいイカれっぷりだし、斎院さんは脅迫や拷問に屈するような人には見えなかった。
「それに拘束もできるかどうか……」
叶さんの異能も未知数だが、斎院さんの実力もまだはっきりしていない。僕自身との差がありすぎて、氷雨さんとどちらが強いかなど判断がつかないのだ。
まあそれ以前にまだ何の悪さもしてない二人をどんな理由で拘束するのかという話だけれど。
「いやしたでしょ。されたでしょ。さーつーじーんーみーすーいー!」
「え? あの程度学生の喧嘩扱いにならないんですか?」
「なるか!? 喧嘩でも刃物だした時点でアウトでしょ」
「あー。でも夜に山の中で完全武装のお爺ちゃんに襲撃されたときよりは安全でしたよ」
「あの人何やってんのよ」
お爺ちゃんにされたトラウマ物の修行の一つを話すと、氷雨さんが真顔で驚いていた。
もしかして普通の弟子にはやらないのだろうか。黒く塗られた手裏剣って本当に見えないから恐いですよ。
「まあ可能な限り付き合うつもりですよ。向こうから次々異能者がベルトコンベアみたいに出てくるなら調査も楽だし」
「うーんでも心配だなあ。今日戦った子だって勝ち筋見えてるの?」
「もう一度接近できれば絞め技でなんとかなるかなあと」
「まあ話を聞く限りはまた向こうから来るでしょうね」
叶さんの行動原理が「殺されるために相手を殺す」なら、こちらから行かなくても向こうから殺しに来てくれるだろう。
問題があるとすれば、遠距離からの狙撃が来た場合。
そもそも在り得なかった過去で叶さんは何故僕を狙撃したのだろうか。
殺されることが目的ならば、遠距離からの狙撃では意味がない。
あの狙撃は叶さんではないという可能性も考えたけれど、現に叶さんは狙撃ポイントに居た。
あの時点で叶さんには僕を殺す動機があり、僕と直接出会った時点でそれがなくなった?
僕のことを輪人さんに似ていると言っていたし、僕を輪人さんに重ねて最初の殺意がどうでもよくなったのだろうか。
もしそうならどうでもよくなるような殺意で殺されかけたという中々理不尽な話になるのだけれど。
というかまだある意味殺す気満々だし。
「こっちでもその二人の身辺調査くらいはやっておくわね。特にその叶さんとやらが何でそんな人格形成されたのかは気になるし」
「お願いします」
もしかすれば僕がわざわざ相手に付き合わなくても、調査で他の異能者が誰なのか分かるかもしれない。
あまり期待はできないけれど。
今まで尻尾を掴ませなかったことや、結木さんや知辺さんの話を聞く限り、相手方の異能者の中には情報や視覚隠蔽系の異能者がいる可能性が高い。
逆に言えば、今回あっさりと斎院さんが姿を見せたのは、その異能者が斎院さんの下を離れたからだろう。
案外斎院さんが異能者を僕にぶつけてきたのは、統制がとれなくなった連中をどうにかしてほしいからなのかもしれない。
「とりあえず胸に鉄板でも仕込んどこうかな」
それで狙撃対策になるかは怪しいけれど、何もしないよりはマシだろう。
しばらくの間は狙撃を警戒するという学生らしからぬ生活を送ることになりそうだ。
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喜ばしいことに警戒は無駄に終わり、無事に学校へとたどり着き昼休みを迎えることができた。
周囲に気を配ってはいるが、叶さんらしき人がこちらを窺っている様子もない。
こちらから知覚できない遠距離に居る可能性もあるけれど、遮蔽物の多い校内で狙撃も難しいだろう。
だからといってここで油断していつも通りに呑気に屋上で弁当を食べようものなら、高確率で狙撃されると思うべきだろう。
何せ狙撃されたときの状況だけみれば、仲辻さんか結木さんのどちらかが一緒に居るのがフラグだ。
それはそれでどんな理由で叶さんが僕に殺意を抱いたのか大いに疑問が残るけれど。
「へー。叶先輩異能者だったんだ」
そのため今日はみんなに言って教室でお弁当を食べていたのだけれど、事情を聞いた仲辻さんが相変わらずのぽやぽやした笑顔でそんなことを言った。
僕と結木さんの手が止まり、姿見くんは無表情にズゾーっとコーヒーすすってる。
いつものことだけれど他人事だよね姿見くん。
「えーと、知り合い?」
「うん。話したことはないんだけど、よく輪人先輩の後ろをカルガモの子供みたいに付いてきてたよ」
何やってんだあの人。
いや。多分それだけ輪人さんに懐いてたってことなんだろうけれど。
「ということは叶……先輩が不気味なのは元から?」
「不気味なんて言ったら失礼だよ」
「あ、はい。ごめんなさい」
仲辻さんに怒られたから素直に謝ったけれど、あの人は百人に聞いたら九十九人が不気味だと答えると思う。
目の前の一人除いて。
「私たちにできることはある?」
「んー今のとこはないかな。一応一対一でやるって約束はしたし」
もちろん追い詰められたらそんな約束守るつもりはない。
現時点で既に氷雨さんには裏で動いてもらってるし、怪我でもしたら結木さんに治してもらうつもりだ。
しかしその答えが結木さんには不満だったらしく、胡乱な目で僕を見つめてくる。
「一人で無茶するなら止めるよ?」
「しないって」
「どうだか」
信用されてないらしく、不満そうに言ってシューマイを箸でつまむ結木さん。
実際結木さんを止めるときには無茶したのだから、信用がないのも当然か。でも今のところ在り得なかった過去が視えたのは狙撃の一件だけだし、それほど危険度は高くないはずだ。
そうこの時点では思っていたのだけれど、その予想はすぐに裏切られることになる。
叶さんの異能はモノを飛ばすことで、遮蔽物が多い場所なら有利に戦える。
その認識が間違いだったと、その日のうちに思い知らされることになった。




