地面を割るのが常識なのか
大幅に加筆しました。
この世界の人。
もとい、なんらかのアクションを起こす人は地面を割らないと気がすまないのだろうか。
特に誰かを威嚇する時には効果的!
気になるあの人に地面粉砕!?
馬鹿か。
クロさんとニナさんを抱えて距離をとれたのは奇跡的だった。この身体じゃなかったら、このスペックじゃないなら、傷一つではすまなかった。
「し、シロ………、あなた、腕」
「………大丈夫です」
この身体になってはじめて、この身体に血が流れてることを知った。縦に一文字でつけられた傷は肩までのびている。だが、血は滲む程度で多くない。服はスッパリと刈り取られた。
「フィレ、あなたの糸で掠り傷よ。腕一本くらいいけると思ったのに」
「申し訳ありません」
僕達の前にいるのはラズライさんと、フィレと呼ばれた女性。
突然現れたことが信じられない。
僕は全速力で走った。この身体の全力に近い力で駆け抜けた。
距離をとれたのは1㎞程度ではすまない。
倍か、それ以上は走った。
追いかけてきた気配もなく、両者は息も切れていない。
アルディナは脇腹を押さえて苦しがっていたのにだ。
「さて、どうやって魔牢から抜けたのかは知らないけれど。驚いて馬車の御者を殺しちゃったのよ。人的被害なんて出させちゃ駄目じゃない」
なんて言い掛かりだ。
そういえば、アルディナは無事だろうか。
二人しか見えてなかったから気にしてなかった。
ラズライさんと、フィレは僕を見ている。
帝国に借りを作ると言っていたからには手札を切り捨てることはしないだろう。あくまで、すぐに捕獲できると思っているのか。
何にせよ、戦えるのは僕だけだ。
震えそうな脚に力を込める。
何が起きてもいいように目の前の二人を睨む。
いつでも動けるように、じょじょに身体を戦闘態勢に向けていく。すぐには無理だ。怖くて、とても、無理だ。
「そんなに睨まないで、お姉さん悲しい」
瞬間、何かが発射される。
僕の眼はそれを捉え、考える間もなく右腕を奮う。
拳に走る衝撃と共に土塊が弾ける。
めちゃくちゃ痛い。ふざけんな。
「御上手」
声のするほうへ、駆ける。
女性だからなんて言ってられない。
ぶん殴る以外に選択肢がない。
だが、彼女の前にあるものに気がつき足を止める。
「あらあら、来ないの?」
眼前に細い、細い糸が見える。
恐らく腕に傷をつけたものと同等のものだ。
勢いをつけていたらヤバかった。首チョンパは御免被る。
「シロ、どけ!」
後ろの声に振り向く。
クロさんの髪が揺らめいている。
即断、退避だ。
「赤き門開け!巨躯、破断、最良なる破壊者!赤兎!」
クロさんの叫びに答えるように眼前に赤い兎が降臨する。
だが、以前に見たものより巨大で、明らかな雄々しさを持っている兎だった。
「くたばれ!」
兎が駆ける。
ラズライは驚きの表情を見せ、フィレが彼女の前に進み出た。
兎は凄まじい速さで糸を焼き切り、ラズライへと衝突した。
いや、正確ではない。
ラズライの作った土壁に衝突したのだ。
それでも力は強大だ。土煙をあげて壁は崩壊し、衝撃で巻き散る破片でフィレが吹き飛んだ。主を守るために身体を投げ出したのだ。敵ながら、見上げた姿勢である。
しかし、それだけでは終わらない。
僕が動くより先に彼女は動き出していた。
「ふん、運がいいのもこれで終わりだ」
クロさんはいつの間にか、ラズライの目の前に現れた。
魔力で上げた身体能力は想像を越えて凄いもののようだ。
ふわりと、その小さな身体が浮かび上がる。
髪が一つに纏まり、ラズライを薙いだ。
ラズライは腕で顔を庇う。
しかし、それこそがクロさんが本当に狙ったことなのだと僕は気がついた。
攻撃から直ぐ様にクロさんは距離をとる。
そして、笑った。
「これで、魔法は使えないな」
「酷い子、痛いじゃない」
ラズライの指からは爪が消えていた。
そう、クロさんが剥いだのだ。
なんとも凄まじい発想である。魔法発動の触媒を奪おうというのはわかる。しかし、爪を剥ぎ取るとは。昔、稽古中に剥がれたことがあるからわかるが、あれは痛い。激痛だ。しかも、しばらく執拗に痛い。何度でも言う、激痛だ。
だからこそだ。
なぜ、彼女は笑っているのかわからない。
ラズライの表情が穏やかな笑顔なのか、理解出来ない。
「ああ、痛い」
ラズライが指を舐める。ねぶるような音をたて、頬を染めた。
「おしおき」
音とともに駆け出す。
今度は僕が壁になる番だった。




