襲撃
不意打ちに驚きながらも、僕は狼を突き飛ばす。
痛い、かなり痛い。
痛くて、こちらも力を入れられなかった。
すぐ近くで狼が腕を押さえて、うずくまっている。そんなに、ひ弱そうには見えなかったが、手が痛いらしい。
「お前さん……!なんつー、腹筋を……!」
あまりの出来事に戸惑うが、よく考えれば、昨日から揉め事ばかり起こしていた。
昨日、絡んできた男達が何かをしてきてもおかしくはなかったのだ。
それに気がつくと同時に、宿の中に飛び込んだ。
誰もいない。
しかし、いないはずはない。
ここはある程度、有名な宿屋のはずだ。
従業員、もしくは利用客がいないはずがない。
嫌な予感が加速していく。
部屋は二階の隅だ。
階段をかけ上がる。
窓から見える日が傾き始めている。
部屋の前につき、扉を開ける。
「クロさん!ニナさん!」
そこには、男が三人。
一人は扉に寄りかかっていたのか体勢を崩している。
一人はつまらなそうな顔をして、何かを見ていた。
その先に、半裸で何かに覆い被さる男。
その下に、涙を流しながら口を手で押さえつけられたニナさんの姿があった。
ネジが飛んだ。
いつのまにか半裸の男が空を舞っていた。
壁を突き抜けて、外に転がっていく。
思い切り踏み込んで、蹴りをいれたのは覚えている。間抜けなほど、お似合いな光景に笑みが溢れそうになる。
そのまま、眺めていた男を掴んで放り投げる。
こちらも面白いほど高く飛んでいき、向かいの家の屋根に突き刺さった。ピクリとも動く様子はない。
体勢を崩していた男が慌てて、腰元のナイフを取り出して構えた。
相手に飛び付こうと踏み込もうとした。
しかし、足元がミシャリと音をたてると同時に床が抜けた。足がはまる。
男は、それを見て僕にナイフを構えて飛びかかってきた。
防御の姿勢がとれず、胸に刃が刺さった。
「―いぎゃ!?」
痛みに備えた。
しかし、鋭い痛みに耐えると、目の前の男が信じられないものでも見たようにナイフを見ている。
どうやら、刃が欠けたようだ。
安物を使うから不測の事態に陥るのだ。
抜けた床から足を抜いて、男の腕をとった。
何かが潰れる感覚。そのまま、腕をふると男は突き抜けた壁から外に落ちていった。
心臓が痛い。
思わず四つん這いになる。
先程のナイフが刺さっていたのか?
胸に手をやるが、傷はついていない。
血の一滴も流れていない。
なんなんだ、この身体は。
心臓が脈打つ音が聞こえる。
「シロちゃん!」
後ろから誰かに抱き止められる。
吐息、柔らかい感触。
振り向くとニナさんが泣いていた。
「ナイフ、ナイ、ナイフが刺さった!大丈夫!?シロちゃ、平気!?」
「……僕は、平気です」
混乱している人を見ると、落ち着いてしまう法則だ。ニナに胸を見せて何も刺さっていないことを確認させる。
むしろ、今のニナさんは上半身が丸見えで大きいのが解放されている。
僕の精神衛生にも悪いので、急いでベッドから布を剥いで着せる。
ずっと泣いているニナさんを宥めて、状況を確認する。
僕がギンと荷物を置きに出てすぐ、大人数で男達が宿に押し寄せたらしい。
部屋に立て込もって時間を稼いだが、及ばずに部屋に踏みいられた。
そして、男達はクロさんを縛り上げて、どこかに連れ去った。ニナさんも連れていかれるはずだったが、リーダー格の男に押し倒され、抵抗しているうちに僕が来たらしい。
だが、おかしい。
それだけのことが起きているのに、なぜ騒ぎになっていなかったのか。
僕がここに来るまで、街におかしな様子はなかったはずだ。僕が気がついていないだけなのか?
「クロちゃん、クロちゃん助けないと」
気がついたように、ニナさんが言う。
確かに、女性にあんなことをするやつらだ。
クロさんの身も安全とは考えられない。
「いったん、外へ」
ニナさんに声を掛けて支える。
歩くうちに次第に、ニナさんの足取りがしっかりとしてくる。この人は、やはり強い人だ。
外に出ると、流石にあたりが騒がしくなっていた。
寒気。
ニナさんを抱えて、後ろに飛ぶ。
「おまえ、なにもんだ……!」
狼が剣を構えて叫んだ。
おかしなことに鞘に収まったままだ。
しかし、この狼のことを忘れていた。
失態だ。
「ニナさん」
「なに?」
「ギンのところまで走れますか?」
ニナさんが戸惑った表情を見せる。
「ギンは強いから、守って貰ってください。僕より、頼りになります。しばらくして、僕たちが来ないなら。二人で探しに来て下さい。あいつ、凄そうだし」
「―わかった。シロちゃん、約束よ」
言うとニナさんが僕の頬にキスをした。
「大人になったら、凄いのをしたげるから死んじゃだめ」
そうして、門の方向に走っていく。
なかなか速い。あれなら、何かに捕まることはないだろう。
ていうか、凄いのってなんだ。
気になる。
「何してんだ、おまえらは?」
狼の言葉で我に返る。
「知るか、クロさん返せ!」
「誰だ、そりぁ!」
狼が剣を振るった。




