0-これをプロローグと呼んでいいのだろうか?
「裸が重罪になる世界に異世界転生してしまった件!」
***
「なんてこった! アリーナの下で一体何が起きてるんだぁぁ、正俊ッ!?」
実況の仁がバルコニー席から絶叫した。織る公園アリーナを覆い尽くす深い霧に、彼の声は丸ごと飲み込まれていく。
「この毒煙……間違いないッ! マッドコブラの異名を持つサスケの仕業に違いありません!」
解説の正俊が、裏返った高い声で被せるように返す。
巨大なスチームパンクのエンジンのように渦巻く煙の中から、全身の毛穴から傲慢さを垂れ流すように、サスケが姿を現した。
「見ろ、みんな! サスケのスーパー服が三〇解モードに進化しているぞぉぉッ!」
仁の絶叫が、観客のボルテージを最高潮へと引き上げる。
スタジアム中の視線がサスケに釘付けになり、骨まで震えるような歓声に掻き消される。
「漆黒の装甲の上、筋肉のカット一つ一つをなぞる黄金のアクセント……まさに美学の極致で——」
「——その通りだ正俊ッ! だが、本物のコブラの鱗みたいに妖しく光る関節部の装甲板も見逃せないぜぇぇ!」
仁が演劇じみた大袈裟な身振りで咆哮し、正俊の言葉を強引に引き継ぐ。
「シシシッ! そうだそうだ、もっと褒めろ。俺様ならいくらでも受け止めてやるぜ!」
サスケは両腕を大きく広げ、スタンドの四隅に向かってくるくると回りながらポーズを決めた。
「彼の持つ Scaled Raiment of Naja は、今週の Super Fashion of the Week にノミネート確実でしょうッ!」
スタジアムが雷鳴のような拍手に包まれる。その間にも、サスケは大鎌を鋭く振るった。
シュシュウゥゥッ!
刃から毒々しい赤紫色の猛毒が飛び散り、泡を立てながらアリーナの床をドロドロに溶かしていく。
「おい、ゴミ」
襲いかかるコブラの形をしたハーフヘルメットの奥で、サスケが冷笑した。
「諦めな。今日はてめえの命まで取ってやろうって気はない。俺様からのささやかなプレゼントだと思って受け取りな」
「ささやかなプレゼントォ? へえ、全身から殺気ダダ漏れなのに、よくそんなこと真顔で言えるよな」
煙の奥深くから、かすれた声が返ってくる――驚くほど気の抜けたトーンで。
「それに一つ教えてやるよ、偽物仮面ライダーさんよ。『諦める』なんて言葉は俺の辞書には載ってねえんだわ。まあ、『壮大な大失敗』なら1ページ目に丸ごと1章割いて書いてあるけどな」
その声の主は、當真。
霧の奥から姿を現した彼は、まるで大型バスと喧嘩して負けたようなボロボロの有様だった。左腕はどす黒く変色し、濡れた紙に滲むインクのように、濃い紫色の斑点が肩に向かって這い上がっている。腕はだらりとぶら下がり、完全に使い物にならなくなっていた。
(マジでめんどくせえな。あの偽物ライダーの毒、回り早すぎだろ)
當真は内心でぼやいた。
(でもまあ、良いニュースもある。パッシブスキルのスタックがさっきカンストしたわ。皮肉なことに、このエグい毒のおかげでな)
ピロリンッ。
『ドキドキ根性、発動したよ、當真くん! チュッ!』
當真の顔に微かな笑みが浮かぶ。彼以外の誰にも見えない、宙に浮く小さなステータスウィンドウが、頭上で3つのハートアイコンと共に光り輝いた。それに続いて聞こえてきたのは、甘く聞き覚えのある声。彼のボスの声だ。
「プッ――今まさに死にかけてる奴にしては、ずいぶんと余裕そうじゃねえか。よっぽどの馬鹿か、それとも完全に運命を受け入れちまったかのどっちかだな」
サスケの声が當真の一時を切り裂く。
「いいか、俺様の毒は一生消えねえ。だから選択肢は二つに一つだ。降伏して地に這いつくばり、俺様のブーツにキスをして解毒剤を乞うか――」
サスケは自分の足先を指差し、それから巨大な鎌の穂先を當真に突きつけた。
「――それとも、その首を俺様に刎ね飛ばされるか、だ。まあ、俺様の毒で苦しみ抜いて死ぬよりは、よっぽど慈悲深いと思うぜぇ? シシシッ!」
當真は、歴史上最も退屈な話を聞かされたかのように大げさに目を丸くして見せた。オレンジ色のバイザーの奥でサスケが浮かべている見下したような薄笑いとは、まさに対照的だった。
「ああぁっと! 當真、絶体絶命のピンチッ! 彼のフセタでの快進撃もここまでか、仁!」
「そう見るしかないだろ
ッ! もう完全に運の尽きってやつだぜ、正俊!」
當真は、その鬱陶しい二人組の方へと視線を流した。
「彼がサスケに勝てるわけがありませんッ!」
「サスケのスーパー服は、スーパーファッションの絶対的なゴールドスタンダードだからなァ!」
(どこがスーパーだよ。オーディションに落ちた特撮のエキストラにしか見えねえじゃねえか)
當真は、対戦相手の衣装に一瞥もくれることなく心の中でツッコミを入れた。
當真がファッションに対してどんな基準を持っているのかは完全に謎だった――なぜなら、彼自身のスーパー服は客観的に見てさらに酷い代物だったからだ。薄汚れた白いタンクトップに、祈りの力だけでギリギリ形を保っているようなボロボロのデニムショーツ、そして腐りかけの木下駄。
「とっとと死ね!」
「完全な負け犬だな!」
「お前のスーパー服、見てるだけで目が腐りそうだ!」
スタンドから降り注ぐ罵声の雨にも、當真は眉一つ動かさず、完全にどこ吹く風だった。
「聞こえるか? 観客は文字通りてめえの死を応援してるぜ」
サスケはだるそうに鎌を空中で振り回し、肩に担いだ。
(そろそろ終わらせるか。……いや待てよ、なんかカッコいいこと言わねえとな。まともな少年漫画の主人公みたいに)
當真は目を閉じ、うつむいた。
ゆっくりと息を吐く。この混沌のド真ん中で、ほんの一欠片の静寂を探り当てる。一瞬、耳の奥がキーンと鳴り――そして。
『迷いの影に足元が揺らぐ時、擦り切れ崩れる前に、この言葉を思い出すんじゃ。わしの悪ガキよ、決して己の道を見失うでないぞ』
ピロリンッ。
祖母の姿が脳裏にフラッシュバックする。當真は長く重い息を一つ吐き出し――それから、ゆっくりとニヤリと笑いながら顔を上げた。
「そんなの、俺にはこれっぽっちも関係ねえよ。それに、お前の提案はパスだ。なんでかって言うと……」
彼の両眼が、サスケの目を真っ直ぐに捉えた。揺るぎなく、不動。
「……うちのばあちゃんが昔、マジでカッコいいこと言っててな。『決して闇に屈するな、震えて泣くことも許さん。たとえお前の人生全体が、炎上するゴミの山だったとしてもな』ってよ」
「ギャハハハハッ!」
サスケが爆笑した。狂気に満ちた歓喜に全身を震わせ、構えた大鎌がぐらぐらと揺れている。
「やっと自分の身の程を理解したか! そうだ! てめえはただのゴミクズだ! だから、そんな負け犬が布軍のエリート兵士であるこの俺様に勝てるわけが――」
「三――」
ドクン。
サスケが凍りついた。バイザーの奥で、その両眼が見開かれる。
「――〇解!」
ドゴォォォンッ!
分厚い白煙の壁が當真を丸呑みにする。アリーナ全体が激しく揺れ動いた。瓦礫が四方八方に吹き飛び、爆発の中心から噴き出した衝撃波がサスケの毒霧を木端微塵に吹き飛ばす。
「ありえねえ……」
サスケはよろめきながら一歩後退した。握りしめた鎌が小刻みに震えている。
「あんな低ランクのスーパー服が――三〇解モードに到達しただと!?」
煙が晴れ始める。白い雲の中心から再び姿を現した當真は――さっきと完全に同じ見た目だった。薄汚れたタンクトップ、ボロボロのデニムショーツ、木下駄。
唯一違うのは、鼻眼鏡のような丸い黒サングラスをかけていること。右手には、先端が滑らかに丸みを帯びた2メートルほどの木の杖を握りしめ――って、背中にあるその巨大な亀の甲羅は一体どこから出てきたんだ!?
「なんで左腕が治ってんだ!?」
サスケは完全に混乱し、目を剥いた。あの致死性のコブラの毒が、跡形もなく消え去っている。
「ブッ! ハハハッ! なんだよあの格好!?」
「マジで盲目のジジイにしか見えねえ!」
「あれ中華鍋か? それとも亀の甲羅かよ!?」
「服騎士ってよりサーカスのピエロじゃねえか! ハハハハッ!」
観客の嘲笑がスタジアムの壁という壁に反響する。だが當真は気にも留めなかった――より正確に言えば、最初からそんなもの気にしたことなどなかった。代わりに彼は、二本指でサングラスをクイッと押し上げ、華麗に木の杖を回転させた――が、その直後に杖が自分の膝に直撃して自爆した。でも、そんな些細なことはどうでもいいよな!?
(もしばあちゃんが生きてたら、今頃絶叫してるぜ……だって)
當真はニヤリと口角を上げ、片眉を吊り上げた。
(今の俺、史上最強の伝説のサイヤ人の師匠と完全に同じルックスだからな!)
ビュオォォォッ!
サスケにこの不条理を処理する時間を1秒たりとも与えず、當真は弾丸のように前方に飛び出した――猛烈なスピードで杖を地面に引きずりながら。
ガキンッ!
木と鉄が激突する。衝撃で火花が散り、サスケは否応なしに数歩後ずさった。
「なっ――!?」
サスケは信じられないといった様子で當真の木の杖を凝視した。
「なんでただの棒切れが、俺様の鎌をガードできるんだ!?」
「この杖には持ち主と同じオーラがコーティングされてるからな――純度100%、天下無双のクールガイ・エネルギーってやつだよ!」
當真がすかさず言い返す。
ズバァァッ!
「當真、バッティング練習中のルーキーみたいに杖を振り回していますッ! それなのに、そのデタラメなスイングがことごとくサスケを押し戻しているぞぉぉ!」
仁の首の血管がはち切れんばかりに膨れ上がり、マイク越しに叫び声が響く。
(野球のバット? ああ! 昔一本へし折ったことあるわ!)
當真は内心で軽口を叩きながら、攻撃の手を休めることなく連撃を叩き込む。
ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!
「彼はこの準決勝のダークホースですが、失うものは何もないと言わんばかりの戦いぶりです、仁ッ! しかし當真のテクニックは紙やすりみたいに粗削りだ! 隙だらけですよォ!」
正俊の響き渡る分析がスピーカーから爆音で流れる。
会場中の視線がアリーナに釘付けになっていた。誰もが瞬きすら忘れ、1秒たりとも見逃すまいと息を呑む。
「ダァッ! ツァッ! ダァッ! 言ったろ、武器使って戦う方がよっぽど楽だってな!」
當真は完全に自信満々で波に乗っていた。
「楽だとォ!? てめえ、いい度胸してんじゃねえか、このガキが!」
サスケがブチギレて、大鎌を振るうスピードを一段と引き上げる。
ダッシュ!
サスケが主導権を奪い返すのに、そう時間はかからなかった。
「てめえは殺さねえって言ったの、やっぱり前言撤回してやる!」
彼は高く宙へと跳躍し、當真の頭上を飛び越え、脳天から真っ二つにする必殺の一撃へと振りかぶった。
「これで終わりだァ!」
當真が見上げる。サスケの巨大なシルエットが彼を影の中に呑み込んだ。そのほんの一瞬が、スローモーションのように引き伸ばされていく。
ビリッ!
(冗談だろ――残ってた毒が今このタイミングで回ってくるのかよ!?)
痺れるような感覚が、當真の両手を這い回った。
(他に手はねえ!)
當真は思考を放棄し、すべてを本能に委ねた。
しかし彼の本能が導き出したのは、まともなファイターなら――いや、地球上で一番ド素人の人間でさえ絶対に思いつかないようなムーブだった。
あろうことか、當真は突如として腰を深く落とし、尻を猛烈な勢いで後ろへ突き出しながら、ガクガクと激しく上下に振り乱し始めたのだ!
ガキンッ!
サスケの鉄の大鎌が、彼の手から綺麗に弾き飛ばされた――意味不明なケツ振りダンスのおかげで完璧な角度に開いた、當真の亀の甲羅のド真ん中に激突した直後に。武器は高く宙を舞い、数メートル先の地面に重く響く金属音と共に叩きつけられた。
「はあっ――!?」
空中に浮かんだまま、サスケは見開いた目で自分の空っぽの両手を見つめた。
ドンッ!
當真はこれ以上ないほどドラマチックに木の杖を地面に突き立てた。その瞬間、黒い眼帯をし、血の止まらない傷を負った少女の姿が脳裏をよぎる。サスケと対峙するためにこのアリーナに足を踏み入れたその瞬間から、彼の中に火をつけた張本人。
その少女。東女だ。
「これはあんたの分だ、東女さん!」
當真は両腕を後ろに強く引き絞る――肘を高く上げ、拳を固く握りしめ、いつでも爆発させられるようにコイルを巻くように力を溜めた。
「あんな女の人を傷つける度胸だけは一丁前な、ゲス野郎へのしっぺ返しだ!!!」
無意識のうちに、當真は骨の髄まで、自分が一番大好きな少年漫画のヒーローと全く同じファイティングポーズを取っていた。
「裸の(はだかの)――拳!!」
ドゴォォォンッ!
破滅的な威力を秘めた両手打ちのストライクが、地震のような衝撃を伴ってサスケの腹部に深々と突き刺さる。黒と緑の髪をした兵士の全身がその一撃で痙攣し――直後、口から鮮血が噴き出した。
ピカァッ! メリメリッ! ドギュウゥゥンッ!
接触点から目も眩むような白い閃光が炸裂し、続いて光り輝く亀裂の網の目が彼のスーパー服を粉々に引き裂いていく――そして発生した衝撃波が、サスケの体をまっすぐ天空へと弾き飛ばした。驚愕に見開かれた彼の目は白目を剥き、意識が彼方へと消え去っていく。
ズドォォンッ!
一糸まとわぬ全裸になったサスケが宙を舞い、空中で激しくきりもみ回転する。彼はアリーナの境界線を綺麗に飛び越え、石の壁に激突すると、スタジアム全体を死のような静寂に陥れた。
「まただ! また! またしてもォォッ! 當真がサスケを公共の場で全裸にするという重罪を犯したぞぉぉッ!!」
仁がマイクに向かって絶叫する。
「なぜ天の布様が未だに彼に天罰を下さないのか、私にはさっぱり分かりませんッ!」
「アリーナの警備員ッ! あなた達どこにいるんですかァ!? サスケを十秒以上、全裸のまま放置するんじゃないッ!!」
正俊が続く。その声は隠しきれない本物の恐怖で震えていた。
「嘘だろ……」
「どうやって……」
「ああ、女神様……」
観客たちはショックと嫌悪感が入り混じった表情でサスケを凝視していた。親たちは子供の目を慌てて手で覆ったが――指の隙間から覗き見している子供も少なくなかった。アリーナの警備員たちがフィールドに駆け込み、中央に『糸の天皇』の漢字がデカデカとスタンプされた緊急用の白い毛布を広げる。
***
――一方その頃。一般席の喧騒から遠く離れた、織る公園アリーナの最上階バルコニー。
薄く透き通る黄金のカーテンの奥に、豪華なプライベートボックスが隠されていた。
「あの小僧のスーパー服……あの裏にある力は、まるで……」
将軍が鎮座するその場所から、低く響く声が漂い出る。
「……女神自身が、余の顔に唾を吐きかけているようではないか」
彼の名は、クルト・赤針。裸を犯罪と定めた国、織の国の絶対的支配者である。
数千の視線が、相反する感情の嵐と共に當真に注がれる中、彼はアリーナの中心に立っていた。サングラスが光を反射している。彼は、自分を静かに包み込もうとしている危険について何も知らなかったし――仮に知っていたとしても、どうせ気にしなかっただろう。
彼の唇に、小さく、生意気な笑みが浮かんだ。
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(で、俺は誰かって? 當真。他人を全裸にする力を持った服騎士さ。……だけどな、まあ、この話は別に裸についての物語じゃねえんだよ!)




