第14話
「バレーボール、略称バレーはボールを床に落としちゃいけないスポーツなんだ。コートの中央にあるネット越しにボールを打ち合うチームスポーツで、チームは大体六人制。ボールを持ったり連続で触ったりしないようにして、三回以内に相手コートに返球しあうことで得点を競う」
画面を一心に覗き込む二人へ、頭上から簡単に説明を挟む。動画内ではトスが高く上がり、二人の選手が助走をつけたところだった。
「……なんでこの人達、銃を出さないの? 競い合ってるんだよね?」
むむ、と愛湖が唸る。
「……時代じゃないか?」
反対側から真面目な声があがる。「殴った方が早いのに……」と愛湖はなんだか憐れむような声をあげた。
「でもなんか……すごく楽しそうだな」
ボールが目まぐるしく移動する画面を見下ろしながら、水面は弾んだ声でそう言った。その顔は碧からは見えなかったが、彼女の瞳がキラキラと輝いているのは容易に想像がついた。彼女はお世辞や社交辞令を言うような人間ではない、心からそう思っているのだろう。碧はその素直で短い一言に、胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「確かに、新鮮に感じて面白そう。やってみたいな」
愛湖も画面の中で沸き立つ観客達を見下ろしながら、興味深そうにそう呟いた。碧は口元が緩みそうになるのを誤魔化しながら、逆立つ白い髪を見下ろした。
「言っただろ、一チーム六人制なんだ。流石に十二人も集めて手も足も出さずにボールで遊ぶなんて、無理な話だよ」
今の抗争が日常の時代に、それだけの人数が集まって何事も起こらない訳がない。学校の校庭は抗争の余波で荒れ果てていて、体育の授業はとっくの昔に廃止されている。スポーツ、という概念がそもそも理解出来ない者が大半なのだ。……それは碧だって良く分かっている。半分自分に言い聞かせるように、碧は淡々と諭した。
「そっかあ……。じゃあ、今の時代ではバレーボールはオーパーツなわけだね」
愛湖は残念そうにそう言った。反対側から画面を覗き込んでいた顔が、碧へとあげられた。
「でも、アオイはバレーボールが好きなんだろ?」
「……そうだね」
「うんうん、アオイ、いっつもバレーボールの動画見てるもん」
画面を見下ろしていた二つの頭が、今は碧へとあげられていた。二人の曇りのない瞳は、やはり無垢な輝きを放っている。
「じゃあ、三人でやろうぜ。あたしらなら、結構動けるんじゃないか」
水面の笑顔での提案に、碧の胸が高らかな鼓動を奏でた。軽い気持ちでの発言に変に期待し過ぎてはいけないと思うのに、速まる鼓動は止まらない。
「いいね! でもまずはルールを覚えるところからだねー。そもそも、ボールを腕に打ち付けて痛くないのお……?」
愛湖はふやふやとした顔で首を傾げた。碧は自身の胸中の高揚を取り繕いながら、最近買い替えたセーラー服越しに腕を摩った。
「痛いよ。練習を始めたばかりの頃は、真っ赤に腫れあがる。内出血も酷いし」
「スポーツって、身を切るんだね……まあ、抗争も同じか」
「そりゃ、痛い以上に——楽しいからね」
碧は薄く笑みを浮かべた。身を切る価値があるからこそ、人はスポーツに夢中になるのだ。壁打ち、直上トス、壁を使った連続のアンダー。どの時間も、何もかもを忘れられる。上手くボールが跳んだ時の達成感、汗が滲む程全身を使った時の充足感。柔らかなボールの感触や、バウンドの音さえも心地良く感じるようになってしまうのだから、バレーボールの魅力は底知れない。
「……別に、無理しなくていいよ。一人で練習するので満足してるし、試合だって動画で見られればそれでいいし。腕腫れるの、嫌だろ」
碧はバレーボールを知った時から、試合をするのに憧れていた。動画の中のように相手と熱い攻防を繰り広げるのを夢見て、日々練習に励んでいた。しかし同時に、それが実現しないこともわかっていた。今の抗争ばかりの時代に、同志が十二人も集まるはずがない。憧れを捨て切れずに練習は続けているが、悪足掻きだという自覚はあった。現実とあまりにかけ離れた夢物語だと、充分理解している。だから、期待などしていなかった。
「いや、やろうぜ! 少なくともあたしはやりたい!」
水面は部屋中に通る声でそう言って、いたずらっぽく笑った。
「アオイがそこまで熱中出来るものに興味があるし。それに何より、あたしは喧嘩無敗なんだから——バレーボールでだって、負けるわけがない!」
「アコだって、負けないし! 痛いのなんて、二人を負かせば吹き飛んじゃうから。悪いけど、勝利はアコのものだよ!」
……期待、していなかったのに。
「……」
「最終的には十二人集めて、皆でやろうぜ!」
無理な話だ。今の時代に実現できるわけがない。
「その時はミナモと別チームにしてよね。絶対勝つから!」
……でも、二人なら本当に叶えてしまいそうだと思ってしまうのは、一体なぜなのだろう。
「おう、いいぜ。……じゃあ、その時はアオイ、一緒のチームで戦ってくれるか?」
屈託ない笑みを向けられて、碧はパチパチと目を瞬いた。彼女達は、本気で言っている。実現するわけないなんて、露程も疑っていない。楽しそうな笑みは、来たる日の試合に向けて圧倒的な自信に満ち溢れていた。
「……」
碧は、遅れてその口角を僅かにあげた。
「……もちろん」
二人はどうしようもなくお人好しで、真っ直ぐで、純粋で。猪突猛進に突き進んで、周りを巻き込んでいく。そしてそれは、未来を切り開いていく力になるのだろう。二人は心の底から実現を信じている。そんな二人なら、無理を可能にしてしまうかもしれない。碧はなんだかそんな気がした。だから可能性が低くても、碧は否定することを避けた。それに水面の自信に溢れた笑みを見つめていると、彼女なら本当に現実にしてくれるような気がしてしまったから。
——ガシャァンッ!
突然水を差すように、不快な音が乱入してきた。何かが割られたような、大きな破壊音。辺りに響き渡った不穏な音に三人は顔付きを変え、扉の向こうへと揃って顔を向けた。三人しかいないはずのアーケードに、遠目に人影が見えた。それも一つや二つではなかった。只ならぬ気配に、碧は眉間に皺を寄せた。横で水面が真っ先に立ち上がり、険しい顔で部屋を飛び出していった。愛湖も即座に続く。碧はタブレットを隅へと置くと、二人の後を追い駆けるようにして部屋を後にした。
アーケードの入口付近に、二十人程の集団がいた。彼女達は手にバットや木刀、刃物を手にしていて、中には銃を持っている者さえいた。どう見ても殴り込みだ。アーケードの奥から現れた三人に気が付くと、彼女達は水面達の方へと顔を向けた。人相の悪い顔が一斉に睨み付けてきて、その言い様のない圧に碧は思わず顔を強張らせた。彼女達は全員同じ服を着ていた。つまり、どこかの組織の者なのだろう。足元にはガラス片や木片が粉々になって散らばっていた。彼女達の囲む廃屋の壁には、大きな穴が空いていた。




