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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第13話

「話が逸れちゃったけど……あいつ、他に何か言ってた?」

 ぼんやりと思考していると、水面が碧へと尋ねて首を傾げた。碧は水面の問いかけに、小さく首を横に振った。

「いや、これで全部」

「え? 笑ってくれたのが可愛かったとか言ってたじゃん」

「別にそれは言わなくていいだろ」

 面映ゆい心地を隠すように容喙を窘めると、それに気付いているのかいないのか、愛湖はケラケラと陽気に笑った。

「アオイ、もしかして子供好き?」

 何気ない一言だったが、なんだか目から鱗が落ちた気がした。今まで生きてきた中で、思ったことすらない視点だった。

(そもそも、今まで年下と関わることなかったからな)

 人に怖がられがちな碧は、後輩はもちろん、クラスメイトですらほとんど会話もしたことがない。そのため、それなりに年の離れた子と接する機会がこれまでほとんどなかったのだ。けれども確かに子供は傍にいると癒されるし、守りたくなる。彼女達には抗争ばかりの世の中など知らずに、ずっと笑って幸せでいて欲しい。そのためなら、全力で力になりたいと思う。つまりは、子供のことが結構好きということなのだろう。それに碧は、林檎の前では自然体でいることが出来た。普段なら人からは怖がられるし、こちらも相手をするのを面倒に思う。肩の力を抜いていられたということは、碧にとって心地良い時間だったということだ。突拍子もなく思えた愛湖の言葉は、思いがけずすんなりと碧の腑に落ちたのだった。

「そんなんじゃないよ。幼い子の笑顔に癒された、ってだけ」

 初めて知った自分の一面を隠すように、碧はコホンと咳払いを挟んだ。そんな碧へと、水面が遠慮がちに口を挟む。

「……それ、本人の前では言わないほうがいいぞ。あいつ、子供扱いされるのにコンプレックス抱いているみたいなんだよな」

「実際に何歳も年下なのに……?」

 碧は眉を寄せた。ただ、身長が低い人が「小さい」と言われて悲しく思うこともあるように、実際にそうだからと言ってそのように扱われることが必ずしも良い結果を齎すわけではないのだろう。子供が早く大人になりたいと思うことは間々あるし、気持ちは理解出来なくはないかもしれない。本人には悪いが、なんだか微笑ましくも感じる。

「覚えておくよ」

 軽く頷いた後、先程までこの場にいた林檎の姿が脳裏に蘇った。大人しく慎ましやかな、優等生らしい姿。水面に言おうと思っていた言葉が口を衝いて出る。

「……というか、ミナモからきく話と全然違ってびっくりしたぞ」

 碧は苦言を呈するように、水面にじっとりとした目を向けた。

「丁寧な言葉遣いで礼儀正しかったし、すごく大人しそうな子だった。生意気な言動をしたり、小言を言ったりするようにはとてもじゃないけど見えなかったぞ。あんた、話盛り過ぎだろ」

 あの違い様じゃ、水面が話す姫月像についても信じていいのか疑わしい。碧の責めるような視線に、水面は頬をポリポリと掻いた。

「あー……。いや、違うんだよな」

 水面は少し困ったように口角をあげながら、言葉を探すように続けた。

「普段の林檎はそんな感じなんだよ。クラスメイトに接する時とかも、人当たりがいい笑み浮かべて、淡々とした口調で、丁寧な言葉遣いで。本当、優等生って感じ。……でも、あたしと姫月にだけは違うんだよな。普通に自慢したりマウント取ってくるし、小言言って怒るし、呆れたり馬鹿にしたりするし」

「……ミナモ達にだけ素を見せてる、ってこと?」

 愛湖が首を傾げる。水面は難しい顔で唸った。

「いや……違うと思う。クラスメイト達に対応しているあの姿も、別に作っているわけじゃないように見えるし。あいつの普段の思考的には、どちらかというとあっちの振舞いの方が素なんだと思う」

「じゃあ……ミナモ達に、無意識に甘えてるんじゃないか?」

 碧の発言に、水面は目をパチパチと瞬いた。

「甘えてる?」

「うん。本人が自覚してるかはわからないけど、ミナモ達に甘えてるからこそ、普段言わないようなことも言えるんじゃないか?」

 水面は碧の言葉に呆けていたが、やがてじわじわと口角があがっていった。噛みしめるように、嬉しそうにはにかむ。

「甘えてる……そっかあ……」

 しみじみと呟き、ふふ、と相好を崩した。以前酔った水面が、『傍にいて心地良いと思える人間もいる』と二人に伝えたかったと言っていた。無意識に甘えてしまうくらい心から信頼されているのなら、それは成功を意味するだろう。水面の顔には、抑えきれない心からの喜びが滲んでいた。

「生意気でムカつくけど、まあ、そういうことなら我慢してやる」

 水面は最後に上機嫌でそう呟き、会話を締めた。その顔は言葉とは裏腹に、嬉しさが隠し切れていないのだった。

 会話が一段落し、束の間の静けさが広がった。水面は思い出したように手繰り寄せた鞄からペットボトルを取り出し、キャップを外すとごくごくと飲んだ。愛湖はアイシャドウのパレットを取り出して、化粧直しを始めた。アーケードに集うようになってからは、見慣れた光景だ。ほどほどに会話をして、各々自由に動く。また会話をしたくなったら、誰かが口を開く。アーケードに集うようになったのは『ACDA』に対する自衛のためであり、特に何か目的があるわけではない。ここへ集まって皆でだらだらとするのが日課となっていた。気を張る必要もなく、自分を取り繕う必要もない、緩やかに流れる穏やかな時間。碧にとって、それはお気に入りの一時だった。碧もいつも通り寛ごうと、先程隅によせたタブレットへと手を伸ばした。

「……ねえ、気になってたんだけどさ」

 愛湖の言葉に顔をあげれば、愛湖は身を乗り出してじっと碧の顔を見つめていた。手にしたままのアイシャドウブラシの表面で、派手な色のパウダーに混じってラメがきらきらと光を反射している。

「その目と頬の傷……また『角玄会』の奴らにやられたの?」

 愛湖の言葉に、碧は人差し指でそっと目の近くへと触れた。青痣の部分に触れた瞬間、電撃のようなピリリとした痛みが走る。その後、続くようにじんわりと重い痛みが襲ってきた。「ああ……」と朧気に肯定を返すと、愛湖は眉尻を下げ、心配そうな顔を向けた。

「アコがファンデ塗って隠してあげようか」

「いいよ、別に。もともと人が近寄るような顔じゃないから」

 にこりともしない表情、切れ長の目、彫りの深い顔立ち。今更痣が一つ二つ追加されたところで、印象はあまり変わらないだろう。

「……あいつら、変わらずアオイのこと構ってくるのか?」

 キャップを閉めた水面が、口元を雑に拭いながら話に加わった。その顔は真剣な表情をしていた。

「まあね、暇なんだろう」

 碧は投げやりに答え、掴んだタブレットを膝の上に乗せた。『角玄会』の者達は、最近は毎日のように碧のもとへとやって来ていた。殴る回数や時間が増えたことと言い、近頃何か機嫌の悪くなるような状況に追い込まれているのかもしれない。

「信じらんない、学生いたぶって楽しむなんてサイテー」

 愛湖はぷんぷんと頬を膨らませた。

「抗争なら組織同士でやれって感じだよね?」

「本当だよな。『角玄会』って一応この辺では幅利かせてるはずだから、抗争も毎日のようにやっていると思うんだが。……無抵抗な奴をいじめて、ストレス発散でもしてんのか?」

「マジで有り得ない!」

 二人はその表情に怒りを湛え、口々に非難した。碧は二人に参加することなく、タブレットの電源を入れただけだった。愚痴を並べ立てたところで、どうせ『角玄会』の奴らは暴力を止めたりはしない。義憤に駆られる二人と違って、碧は諦観したようにタブレットを見下ろした。やがて暗かった画面が白く光り始め、碧の顔を淡く照らし出す。

「ん……? いつも見てるやつ、見るの?」

 愛湖は表示された画面に気が付き、怒りに握り締めていた拳を解いた。碧が静かだったからなのか、彼女は話題を変えてそう尋ねた。碧は顔をあげ、頷いて見せた。

「うん」

「アオイっていっつも同じ動画見てるよね? ボール遊び……のやつ?」

 愛湖は僅かに首を傾げた。口振りからして、実はずっと気になっていたのかもしれない。愛湖はブラシをアイシャドウパレットに仕舞うと、鞄の中へと雑に戻した。

「『バレーボール』、って言うんだ。抗争時代になる前に行われていた球技だよ」

 聞き慣れない単語に、愛湖は碧の言葉をたどたどしく復唱した。

「それから、いつも同じ動画を見ているわけじゃない。どれも別の試合であって……」

 説明している間に、水面が自身の椅子を持ち上げ、碧の隣へと持ってきて置いた。愛湖もそれを見て、同じように反対側へと椅子を持ってくるとピタリと寄せて置いた。両隣にやってきた二人は、寄り添うようにして画面を見下ろした。

「……二人も見るか?」

 あんまり尋ねる意味はなさそうだったが、碧は一応そう言って二人の後頭部を見下ろした。予想通りの頷きと元気な返事が返ってくる。碧は先程見ていた動画を再度開き、シークバーを開始地点へと持っていった。再生ボタンを押すと、バレーボールを持った選手が一人、アップで映し出された。すぐにボールは宙に放たれ、力強いサーブが打たれる。二つの頭は、食い入るように画面を見下ろしていた。

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