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一度完結させましたが、ありがたいことに感想で続きが気になると言って頂いたので、続きを不定期に投稿します。

4話が私の中での終わりだったので、蛇足っぽくなるのはご容赦ください。

 混乱を極めた夜会から一夜、アシュクロフト侯爵はグローリアさんの気持ちを確かめるために、グローリアさんにアシュクロフト侯爵の私室まで来るように伝えた。

 グローリアさんは呼ばれるまでのわずかな間に、私に話しがしたいと伝えてきたので、今こうして、グローリアさんのお部屋で向かい合っている。

 のだが、グローリアさんがなかなか話しださない。困ったように俯くお嬢様も可愛らしいけど、もうすぐグローリアさんの朝食も始まってしまうので、私が口火を切った。


「グローリア様は、イアン様が今もお好きですか?」


 ジェームズの登場が予想外のものだったとはいえ、イアン様とグローリアさんが愛し合っていれば、最終的にはグローリアさんはイアン様と結婚するだろうと思っていた。

 グローリアさんはうっすらと赤く染まった頬を掌で押さえ、こくりと頷く。とても、可愛らしい。

 私は、16年現世を生きてきて、なんとなく気が付いたことがあった。それは、前世と違いが生じても、簡単には人の心まで変わらない、ということだった。その時の状況によって、抱く気持ちに差異はあっても、大体の夫婦は前世と同じ組み合わせだった。

 しかし、グローリアさんの場合は状況が大きく違っている。前世でも、今までも、ジェームズはグローリアさんに好意を向けることがなかった。グローリアさんがジェームズに好意を抱かれた場合、どんな感情を抱くか、私には分からなかった。けれど、グローリアさんは変わらずイアン様が好きだと言う。


「それなら、何を迷っていらっしゃるのでしょうか?」

「家のためを思うのなら、ジェームズ殿下のプロポーズを受けるべきだと思っているわ。けれど、私はイアンお兄様のことが好きで……。イアンお兄様を選ぶと言えるほど、私はジェームズ殿下のことをよく知らないの」


 ぽつり、と呟かれた言葉で、グローリアさんの真面目さを実感した。

 知らないのなら、知らないままイアン様を選ぶこともできるというのに、彼女はまだよく知らないジェームズのことも、アシュクロフト侯爵家のことも考え、悩んでいるのだ。

 幼い時から、王太子の婚約者候補の筆頭だと言われていたグローリアさんは、自分の望む結婚などできるとは思っていなかったはずだ。それが急に、目の前に好きな相手と元々結婚すると思っていた相手とを出されて、彼女は困惑しているはずだった。


 前世の、一度グローリアさんを選ばなかったジェームズのことを知っている私は、イアン様を勧めたくなるけど、それは本当にグローリアさんを思ってのことなのだろうか。

 ジェームズと再会し、また淡い気持ちを抱き始めた私は、自分の判断に従っていいのか、迷い始めていた。


「それならば、そう旦那様に伝えるしかないですね」


 だから、答えを求める様なグローリアさんに、そう伝えることしかできなかった。


「うん……」

「すぐに結論を出す必要はないはずです。待ってくれないのなら、元々それまでの想いだったと、分かるはずでしょう」

「確かにそうね、お父様に時間が貰えないか聞いてみましょう」


 漸く笑顔になったグローリアさんは、優雅に立ち上がり、朝食の席へと行ってしまった。




 グローリアさんがお食事をしている間、基本的に給仕はしない侍女たちは、束の間の休憩時間だ。


「夜会、どうだった?」


 どうグローリアさんに答えるべきだったのか、考えながらメイク道具を片付ける私に、侍女のマリアさんが声をかけてきた。

 彼女は流行に敏感で、色の取り合わせを考えるのが得意だ。私より流行のドレスの形や、髪形を把握しているし、ドレスに組み合わせるアクセサリーもセンスがいい。


「グローリア様のことばかり気にしていて、私は特に何も」

「まあ、もったいない!」


 話に割り込んできたのはレイラさんで、彼女は侍女の中で1番裁縫が得意だ。

 マリアさんもレイラさんも、私が伯爵令嬢という肩書を持った後でも、変わらず侍女仲間として接してくれる貴重な存在だ。


「良い人もいなかったの?」


 ぐいっと、私に近寄ってマリアさんが言う。1番年長で厳しいローナさんが、昨日の夜会の片付けで夜が遅く、今朝はいないので、どこか気の抜けた感じだ。


「気になる人とか?」


 レイラさんのその言葉に、私は昨夜のジェームズを思い出してしまい、思わず顔を赤くしてしまった。

 にやにやと笑いながら、マリアさんが私を肘で小突く。


「いたんだ」

「い、いませんよ」

「ヘレナさんっていくつでしたっけ?」


 困る私に助け舟を出すように、レイラさんが聞いてくれた。


「16歳ですよ」

「貴族の令嬢なら、そろそろ相手を見つけないといけないんじゃないの?」


 確かにマリアさんの言う通り、特にこうして侍女のような良い仕事についている庶民は、あまり結婚は早くなかったりするが、貴族は別である。私は父に跡継ぎとして望まれているのでなおさらのことだ。


「私のことより、グローリア様のことですもの」

「そんなこと言ってると、行き遅れちゃうわよ」

「やだ、マリアさん、私にも突き刺さるのでやめてください」


 結局、そのレイラさん言葉で、私への追及は終わってしまい、その後は片づけをしながら、くだらない話を続けていると、グローリアさんがお部屋へと戻ってきた。




 グローリアさんの朝食後、一緒に私まで、アシュクロフト侯爵の私室に呼ばれた。昨日の状況を客観的に聞きたかったそうだ。

 私が簡単に説明を終えると、アシュクロフト侯爵は、困ったように顎を撫でた。


「グローリアは、どうしたいんだい?」


 優しく問いかけられたグローリアさんは、困ったように眉を下げた。


「お父様、私分からないのです。イアンお兄様にプロポーズされた時、そのままお受けしようと思いました。けれど、ジェームズ殿下のことを、私はよく知らないから」


 伏せられた瞳に長い睫毛が影を落とす。

 

「殿下が王族でも、私はグローリアの気持ちが1番大切だと思っているよ」

「お父様、少し考えさせて頂くことは可能ですか?」

「もちろんだよ」


 アシュクロフト侯爵のその言葉で、話は締めくくられ、グローリアさんと共に退出した。

 グローリアさんは私の隣で、はあ、と気だるげにため息をつくと、私の顔を見上げる。


「ヘレナ、難しいのね。こういうのって」

「そうですね」


 前世に私が招いたお茶会で、熱っぽい瞳で相談を持ち掛けてきた若者たちを思い出しながら、頷く。恋愛も結婚も、一筋縄ではいかないものだ。

 しかし、グローリアさんは私の顔をまじまじと見ながら、困ったように続けた。


「嫌だわ、ヘレナ。貴女恋人もいないのに」

「あっ」


 そうだった、今世の私は2歳年下のグローリアさんより恋愛経験がなかったのだ。


「その、メイド同士でいろいろと話すものですから」


 疑わしげな瞳でこちらを見つめるグローリアさんに慌てて言い訳をする。

 するとグローリアさんはパッと花が咲いたような笑みを浮かべた。グローリアさん、笑うと本当に可愛らしい。


「まあ、貴女好きな人がいたの? だあれ? 家の人?」


 歩みを止めて、目を輝かせるグローリアさんは年相応の可愛らしい少女だ。私は、この状況は今日2度目だなぁ、などと呑気なことを考えながら、首を振る。


「いえ、そういうわけではないのですけど。私は聞く専門です」

「なんだ」


 グローリアさんは私から聞き出せることがないと知って、満足したのか、再び歩き出した。


「でも、もし貴女が好きな人ができたら教えてね。私、イアンお兄様とのことを協力してもらったのと同じように、貴女に協力したいのよ」


 その言葉に、私の胸はずきずきと痛んだ。

 グローリアさんはもちろん、私とジェームズの前世での関係を知らない。でも、もし私がジェームズに恋心を抱いていると知ったらどうなるだろうか。優しい彼女のことだから、自分の気持ちからではなく、私のためとイアン様を選ぶかもしれない。

 それは、私の望むものではなかった。グローリアさんの幸せが、イアン様との結婚ではなく、ジェームズとの結婚にあるのなら、私はそれを全力で応援したい。胸がいくら痛もうと、隠し通さなくてはいけない。

 けれど、それはグローリアさんに隠し事をするということでもあり……。


「はい、もちろんです」


 複雑な気持ちの中、私はグローリアさんに作った笑顔を向ける。前世で培った王妃としての技術が、こんな時に活きた。


「お嬢様」


 不意に廊下の端から、執事が手を上げてやってくる。その反対の手には、白い、手紙の束。なぜだかそれを見た時に、嫌な予感がした。

 執事が近づいてくるにつれ、その予感の正体が分かる。1番上の封筒に押された封印は、前世でよく見ていた、王家の紋章だ。


「ジェームズ殿下からです」


 渡された手紙を見つめ、戸惑ったような顔をするグローリアさんに代わって、ポケットから取り出したペーパーナイフで、封を切る。

 ひらり、と取りだされたシンプルな手紙には、良く見慣れたジェームズの字より、少し歪な字が並ぶ。私が前世で初めて彼の字を見た時より、前だからだろう。なぜだかそれだけのことに、胸がきゅんとした。


「まあ、お茶会にどうぞですって」


 グローリアさんの呟きを聞きながら、私は前世で自分がアタックを受けた時もお茶会に誘われたことを思い出し、ジェームズはお茶会で女性を口説くのだな、とどこか他人事のように思っていた。





 


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