(一)自己紹介
私はゴミ箱である。
みんなが私をそう呼んでいる。私がいつもいるのは、少し小高い山の中腹辺りに位置するバス停。両側の坂の下は、左手に住宅街があり、右手に学校があるようだ。だから学生もよく利用する。私がいるところからは空しか見えなくて、どんな家々があるのか、学校の大きさがどれ程なのかは分からない。バス停には四人ほどが横に並んでいられるほどの屋根と同じ幅のベンチがあった。どちらも木でできた暖かみのある造りをしている。
私?私はなんの変哲もない鉄でできた円柱型のゴミ箱さ。高さは大人の膝くらいの大きさだろうか、子供がよく覗き込むから母親がよく注意しているな。私の中身はいわゆる人の要らなくなったものが入っている。食べ残し、テスト用紙、ちり紙、あとは…何やら分からんものまで。まぁ私はそれが仕事だからな、懐の深さは人以上だと自負しているぞ。だからなんだって入れてやるさ。時に人の愚痴まで。
バス停はなんせ待ち時間が長い。人が話すことには、ここは田舎と呼ばれるところで過疎化のため利用する人が少なく、運行時間の間隔も長いとのこと。時間に合わせられなかった者はおのずと待つ羽目になる。その間二人ならお喋りを(そうそう、そのおかげで私は知識が増えたんだ!)、一人なら何やら四角い手帳のようなものをひたすら指で叩いている。そして話の内容はどうも愚痴と呼ばれるものが大半だ。人が持たざるえない必ず所有しているものがストレス。それはとてもとても重いものらしい。ため息が出るのもそのせいらしいな。
ある女が一方的にしゃべりまくる。私はそれをただ黙って鎮座して聞いている。そうすると少し軽くなるのか、バスが来る頃にはその女はタラップをリズムよく上って去っていく。うむ、ストレスなるものを捨てたのだろう。私が拾ってやったからな。形は見えないが分かるぞ。
ある男は怒りを制御できなかったのか、私をおもいっきり蹴り飛ばした。私は丈夫だからガシャンッと転がっただけですんだが、中のゴミが散乱してしまった。あ~仕事のやり直しではないか!奴は直しもせずバスに乗って去っていった。誰もいなくなったバス停。こうなるとダメだ。私はただ横になったままなすすべがない。いや、いつもの人間が来るからいいのさ。ほら来た。
「まったくもう…」そう言って私を起こすのは一週間に一度やってくるゴミ収集のおじいさんで、いわば同僚だな。私はゴミを集めるのが仕事、彼はそのゴミを持っていくのが仕事なのだ。ゴミを取り除いたあとは、汚れた私の身を布で拭く。力強く、だが優しい手つきで。
うむ、今日もお疲れ様でした。帰っていくおじいさんに、私はそう呼び掛ける。聞こえず、届かなくともな。人間の中のサラリーマンはよくそう言って別れを告げるのだろう?そういう姿をよく見かけてな、我々もそんな間柄なのだ。
こういうのを日常といい、私は役に立って、生きている。
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