(二)無色を拾うもの
ゴミ箱さんのお話二話目です。よろしくお願いします。
私は思考するゴミ箱である。
気づいたときにはバス停のゴミ箱として生きていた。見えるものは小山から見える空とバス停にある木製のベンチと屋根、雑草に小鳥、そして人間。そんな小さな世界の住箱だった。
小さな世界と何故分かるかって?
他の所にいるゴミ箱達がどんな大きさでどんな形なのか、丸いのか四角いのか、いくつ存在しているのか、それは知らない。ただ私以外にたくさんいることは知っている。毎日バスを利用する人間を見ていれば分かるさ。
同じく見えてもみんな多種多様、サラリーマン、学生、主婦、高齢者、幼児などなど、彼等を受け入れることを考えたらゴミ箱一つじゃ足りない。人間の数だけゴミ箱の数も同じくらい必要になるはず。
人間は行く先々で何かを持ち帰り、何かを置いてきている。見えないものも含めて。
広い世界から何をもらい何を捨てているのか、人間は必要なものと必要ではないもの、どうやって決めているのだろうか?
はっきりしていることは、人間はゴミを出さずにはいられない生き物だということだ。
バスがいつもの時間にやってくる。穏やかな春の日差しが注ぎ微風が心地いい。
昼過ぎはいつもバスの利用者が少ない。今日もそうだった。ゴミ箱の私も仕事が少なくてまどろんでいた。そんなとき、いつもの声が私を覚ました。
「どうもありがとう。」
そう言ってバスからゆっくりと降りてくる男がいる。もう50歳になるだろうか、白髪混じりの髪を後ろに撫で付け色の薄いサングラスをかけ、シンプルな白いワイシャツとベージュのズボンを履いた痩せた男性。視線はいつもまっすぐ向いている。表情は乏しいが、その口からでる声音はとても優しい。彼はいつもバスを降りるとき、一度止まって運転手の方へ頭を軽く下げ感謝を伝えていた。週に2回ほどバスを利用してるだろうか。
タン、タン、タン…
と足取りはとても静かだが、独特の音をさせて住宅街へと歩んでいく。
バスの運転手に対してあれほど丁寧に礼を伝えて降りる乗客を私はあまり見たことがない。下を向いたまま『どうも』のみや、聞こえるか聞こえないかの声でさらっと通りすぎたり。あとの大半は何も言わずに無言のまま下車して去って行くのが当たり前だった。でも彼は違う。いつも同じような仕草をして降りてくる。気持ちがいいものだな。運転手も嬉しそうではないか。
人間は客という立場になると、どうしてあぁも傲慢になる者がいるのだろうか。偉い地位を金で買えるのか?みなまでとは言わないが…そこが分からん。酷いときは運転手に怒鳴る奴もいたな。急ブレーキがどうのこうのと言っていたが、周りの人間は助けもせず傍観していた。運転手は頭を下げ続け、その客のせいで随分と運行が遅れたことだろう。迷惑なのがどちらなのか、ゴミ箱の私でも分かる。
上から目線で怒鳴る男はバスの乗客から見下されていることになぜ気づかない?何も見えないのだろうか?先ほどの男性と迷惑男の違いはなんだ?
本当に人間の世界は不思議なものだな。
おっとまた私の悪い癖が出たな。思考が内側に向かってしまっていた。そんなことを考えているうちに、あとからバスを降りた制服姿の若い女の子が先ほどの男性に近づいていった。
「深見さん…?こんにちは。」
少し幼さが残る声音で、優しく声をかけた。
「私は、お向かいに住む後藤の娘です。」
「あぁ、その声は…後藤さん家のマユちゃん。こんにちは。」
男性は立ち止まり若い女が隣に並ぶ。
「そうです、マユです。お久しぶりです。あの…腕に触りますね。どうぞ私の肩に手を置いてください。一緒に家まで帰りましょう。」
そう言って彼女は男性の腕を優しくとり、自分の近い方の肩に置かせた。横に並んで歩き出す。
「どうもありがとう。今日学校は?」
「はい、テスト期間なので午前中で終わって今帰ってきたところなんですよ。」
「あぁそうか、もう中学生になったんだったね、入学おめでとう…」
「ありがとうございます。」
そうな風なやり取りをしながらゆっくり住宅街の方へ進んでいった。ふむ、会話からすると親子ではないようだが、彼等は年齢も性別も関係なく随分と仲がいいことだな。
タン、タン、タン…
この音も相変わらずだが、マユとやらが一緒になったとたん少し軽やかになった気がする。彼の足はどこも悪いところがあるようには見えないが、いつも白い杖を持っている。
「今日は暖かいなぁ。桜はもう散ってしまったかい?」
「花びらは舞っていますが、まだ満開ですよ。」
そう言ってマユは住宅街の入口にある公園の桜へ目を向けた。ゴミ箱の私のところまでその薄桃色の花片が飛ばされてきていた。
「そうかい、それはきっと美しいんだろうねぇ。」
深見という男は桜には目を向けず、静かにマユの声に耳を傾けていた。
「はい、とっても…。あっ花びらが肩に。はいどうぞ。」
「あぁ瑞々しい花びらだね。香りは…一片じゃしないか。」
「そうだ!今度、桜の香りのするポプリ持っていきますね。」
「それはそれは、ありがとう。楽しみにしているよ。」
遠ざかる後ろ姿を見送りながらそんなやりとりを私はそっと聞いていた。
ふむ?もしやあの男性は…目が見えんといやつか。難儀なことだな。私も動けん身だから分かるぞ。だからこそ、しっかりと周りを観察するのだ。
だが、色の無い世界にいる彼にはそれもできない。耳と手で知覚している。今までの経験で他の者には聞こえない音も拾ってるのかもしれない。きっと相手の声音の変化も聞き逃さない。
彼は目が見えない、だからこそ『言葉を伝える』『言葉を聞く』ということがなにより大切だと知っている。
彼は音で人と繋がっているから。
きっと嫌なめにもたくさんあっただろう。だが、よほど目が見えている者より、みえている。
他者の気持ちに敏感な彼は相手が喜ぶ言葉を知っていて、そしてそれが自分の為になることを知っている。そうして触れたものを記憶しているのだ。
あのバスの運転手に憤怒していた男はどんな心持ちで人に触れていたのだろうか。行った先で何かを得るかわりに何かを捨てながら働いてるのかもしれないが、相手をその吐き捨て場にしていい理由にはならない。
たとえば、あなたは何か与えましたか?と問われたときどう答えるのか、きっと『与えてやってる』と返ってくるだろう。
ただのゴミ箱の考察だがな。
かわりに深見とういう盲目の男なら、きっとこう答えそうな気がする…
『与えられたものをお返ししています』と。それはまるで葉桜が風に反響するように清涼感を伴うとても心地いい音色。
あの娘ともそうやって築いた関係か。父娘ほど年の離れた友情もいいものだな。それは小さな世界にいる独りの私にとって、少し羨ましい…。
また、彼等に会いたいとも思う。ここで待っていればいずれ。いつもの日常の中に新しい発見に出会えたのだから。
はっきりしていることは、思考を止めたら私の世界は閉じるということだ。
だから今日見たものは忘れないで記憶する。私が入れるものは形あるものだけとは限らない、見えないものも含まれると言っただろう?
私はそんな日常を拾って、生きている。
読了ありがとうございました。




