9話:森での索敵
モフィーとの遊びが終わった後、シャティアは早速村長の家へと向かった。するとそこには何故か人集りが出来ており、中を覗いてみるといつぞやの騎士の男が居た。仲間も引き連れており、まるで今からどこかに戦をしに行くような雰囲気だった。
確か以前謝礼をしに訪れたから、もうこの村には様は無いはず。シャティアははてと首を傾げながら騎士達の様子を伺った。
「すると、魔女が復活したと言うのですか?」
「まだ決まった訳では無い。だが目撃情報ではこの地域に出没しているようだ。我々も調査しているが、くれぐれも注意して欲しい」
何やら騎士と村長は険しい顔つきで話し合いをしており、口を挟む事は出来ない雰囲気だった。そして魔女という言葉に反応し、シャティアはピクリと眉を潜めた。
いつぞやのバルバサの儀式は失敗に終わった。故に魔女は復活していないはず。なのに何故魔女という言葉が出て来る?シャティアは騎士の表情を伺う。とても嘘を言っているようには見えなかった。
「では、私はこれで……」
「うむ。そなた達に村の精霊の加護があらん事を」
そして話が終わると騎士は兜を被り、仲間達と共に村を出て行った。村人達は何やら不安な表情に染まっており、村長の顔も浮かなかった。魔女という言葉を聞いてしまったシャティアは何か引っ掛かったような感覚があり、釈然としない。とりあえず当初の目的を果たす為にシャティアは家の中に居る村長の元へと向かった。
「村長、先程の人達は?」
「おお、シャティアか。さっきのは先日の騎士様じゃよ……何でも、まだ断定した訳では無いがこの辺りで魔女と思しき者が現れたらしい」
相変わらず人に対して態度を変えないシャティアだが昔から彼女の事を知っている村長は別段気にした様子も見せずにシャティアを歓迎した。そして先程の騎士が伝えに来た言葉を語り始めた。
「それは確かな情報なのか?」
「魔女と思しき者、とだけじゃ。騎士様達もそれを確かめる為に調査をしているらしい」
何でも先程の騎士達は魔女らしき人物が現れた、という報告を聞いて国からの命令で調査を任されたらしい。故にその噂が真実なのかどうかはまだ分からず、村長も深くは知らなかった。だがシャティアはとってはなんだそうか、と軽く流せる物では無かった。何せ同胞の魔女が生きているかも知れないのだ。事実だとすればこんな所でジッとしている訳には行かない。
「それともう一つ、魔族の連中も動き出しているようだ。魔女の噂が理由かは分からないが……しばらくは村の者達に外には出ないように注意しないといかんの」
「魔族……だと?」
思わぬ言葉が出て来た事にシャティアは驚きで目を見開いた。
人間と敵対している種族、魔族。高い身体能力と強大な魔力を秘めた種族であり、暗黒大陸と呼ばれる所に住んでいる。魔女のシャティアからすれば種族が違うだけの人間と対して違わない生き物なのだが、どういう訳か人間と魔族は昔から争っている。
そんな魔族がこの辺境の村の近くに居る。それは村人達からすれば非常に恐ろしい事であった。バルバサの事と言い、最近は少々村が騒がし過ぎる。それでいて魔女が復活ともなれば村人達はさぞ混乱するであろう。
シャティアは目を細めてどうすべきかを考えた。
「私が感じたのは同胞の魔力だったのか?……それとも……」
シャティアは顎に手を置きながら先程感じた気配の事を思い出す。嫌な感じ、ドロドロとした、怨念のような何か。それでいて何処か懐かしい気もした。それが同胞の魔女の物だったからかは分からない。だがこれはもう自ら調べなくてはならない物だとシャティアは思っていた。
シャティアはすぐに村の外に行く事にした。幸い今日は母親にモフィーと遊ぶと言っておいたので、モフィーにだけ適当に嘘を吐いておけばバレないであろう。シャティアが誰にも見られていない事を確認してから浮遊魔法であっという間に村の外へと飛び出した。
飛び出したものの、シャティアは何処へ向かえば良いか分からなかった。嫌な気配を感じたと言っても断片的であり、どの方角から感じたものかまでは分からない。騎士達の情報も詳細が分からない為、当てにする事は出来ない。ならばどうするべきか?シャティアは一旦森の中へと降り立ち、頭を悩ませた。
「さて、何処から調べたものか?」
指で頭をトントンと叩きながら思考し、ふとシャティアは先程の騎士達の気配を感じ取った。どうやら仲間達と共にこの辺りに森を調査しているらしい。ならば彼らの後を付いて行けば魔女と会えるかも知れない。そう考えたシャティアは気配を殺し、草木に紛れながら騎士達の居る方へと向かった。
「ひとまずは騎士達に付いて行くとするか。まぁ、魔女と遭遇したら気絶させれば良いから、問題無いだろう」
騎士の姿を視界に捉えてからシャティアは慎重に彼らの後を追った。時折木の根っこに足を引っ掛けそうになったが、浮遊魔法で体勢を整えたおかげで音を出すのは免れた。
どうやら騎士達の方も魔女の正確な出没位置は分かっていない様で、手探りで探している状態だった。これなら付いて行く必要も無いかな、とシャティアが欠伸をしながらそう思ったその時、シャティアは遠くから不穏な魔力を感じた。
一瞬魔女の物かと思ってシャティアは反射的に身構えたが、よく気配を探ってみると違った。もっと別の、悪意が込められた禍々しい魔力だ。それを感じてシャティアは小さく息を吐く。
「魔族の気配……この近くに居るのか。ふむ、少しだけ顔を出しておくかな」
魔族達の目的が何なのかを確かめておく為にも、彼らと接触して置くのは良いかも知れない。もしも彼らの目的が魔女だとすれば対応も色々考えなければならないだろう。そう思ってシャティアは騎士達から視線を外し、浮遊魔法を使って森の上へと出た。魔族達が居る方向へと向かい、途中で幻覚魔法を使う。先日の大人の姿となり、シャティアは魔族達が居る森の中へと降り立った。
「やぁやぁこんにちは皆さん。今日は天気がすこぶる良くて何よりだな」
「!?……何者だッ!? どこから現れた!!」
そこに居たのは黒いマントを羽織った複数人の魔族達だった。
いずれも青い肌に紅い瞳をしており、魔族特有の翼と尻尾を生やしていた。その中でもリーダーらしき女性。黒髪を一房に纏め、腰に細身の剣を降ろした目つきの鋭い女性がシャティアと対峙した。
「ああ、すまない。別に驚かせるつもりは無かったんがな。我はちょっとした旅人さ。たまたま通り掛かっただけだ」
「……我々の姿を見て何も思わないのか?」
シャティアが適当にそう言うと魔族の女性はマントを強く握り締めながら気まずそうにそう問うた。どうやら自分達が魔族なのに何故そんな平気な反応をしていられるという意味らしい。シャティアははてと首を傾げながら口元に指を当てて答えた。
「君達が魔族と言う事か?生憎我はお前達のような存在は何度も見た事がある。それよりももっと凄いのだってな……いちいち驚いていたらキリが無いさ」
実際シャティアは魔族にも会った事があり、時には敵対した事もあった。それだけシャティアにもまた歴史があり、今更魔族数人を前にした所でどうと言う事は無い。そうあっけらかんと答えてみせると魔族の女性は少し驚いたように目を開いた。先程よりも鋭さが消え、少しだけ警戒心も解かれる。
「……我々を倒しに来た、という訳では無さそうだな」
「もちろん。我とて無駄な魔力消費はしたく無い。ちょっとした世間話をしに来ただけだ」
シャティアは元より争いは嫌いである。自身が無抵抗である事を示すように両腕を上げながらシャティアは自分の要件を伝えた。魔族の女性はまだ不安そうに剣に手を触れさせていたが、やがて小さくため息を吐いて手を放した。
「良いんですかい隊長?こんな女俺達だけでも……」
「やめろ。お前達ではこいつは倒せんさ。分からないのか?奴の魔力量を……」
一人の魔族の男が魔族の女性に耳打ちしてそう進言したが、魔族の女性は手を出して男を下がらせてからそう言った。
魔族の女性は先程からビリビリと肌で感じていた。シャティアから流れる圧倒的な魔力を。最も、その流れている魔力ですらシャティアが抑えて漏れている量なので、実際の実力は魔族の女性が思っている程高いのだが。
「話を聞こうか?」
「風の噂で魔女が復活したと聞いた……我も興味本位で見てみたいと思っていてな。何か知らないか?」
ようやく魔族の女性が尋ね、シャティアが自身の髪を弄りながらそう答えた。
とりあえずは魔女の事を聞き出す。魔族達の目的が何なのかはそれからだ。最悪魔女の情報だけ聞き出して先回りすれば問題無い。シャティアはそう考えていた。
魔族の女性は魔女という言葉を聞いてもさほど反応は見せなかった。隠しているのか、それとも本当に知らないのか。シャティアにはそれは見抜けなかった。
「さぁ……知らんな。魔女が復活したなど聞いた事も無い。それが事実だとすればとても恐ろしい事だ」
「ククク、魔族ですら魔女を恐れるのか?」
「ああ、アレは災害だ。我々ですら手に負えん程のな」
意外にも魔族の女性がそんな弱気な事を言うのでシャティアはそう尋ね返した。すると今度は災害という言葉を飛び出し、シャティアは自分達魔女が他の種族からどれだけ危険視されているのかを痛感した。
「そうか……それはそれは、悲しい事だ」
シャティアは顔を俯かせて本当に悲しそうにそう言葉を零した。しかしすぐに顔を起こすとまた普通の表情に戻し、魔族達に何も悟られない様に偽装する。
分かっていた事である。魔女は災いを呼ぶ者。異端者である魔女を理解してくれる者は少ない。シャティアはこんな時こそエメラルドのように笑う事が出来れば、とそんな事を考えてしまった。
「うむ、有り難う。我の用件はそれだけだ……ところで、お前達魔族は何故こんな森の中に?」
パンと手を叩いてシャティアは自分の用事を終わりだと告げ、さりげなく魔族達の目的を尋ねた。さして興味も無いように、今すぐにでも去ってしまいそうに脚を動かしながら、シャティアはそう尋ねる。すると魔族の女性は額に掛かった髪を払いながら口を開いた。
「それを貴様に教えて、我々に何か利があるか?」
「……クク、無いな。いやはやすまんすまん。野暮だった。少し気になっただけさ」
あらら、とシャティアは残念そうに肩を落とした。どうやら魔族の女性はシャティアが思っていた以上に手強いらしい。これは長居するのは不味いなと思い、シャティアは本当に去ろうと後ろを向き始める。だが顔だけ振り向かせ、最後にシャティアは魔族の女性にある事を尋ねた。
「では最後に一つだけ、お前の名前だけでも教えてくれんか?」
もう一度会う事があるかどうかは分からないが、シャティアは魔族の女性の名前だけでも知る事は出来ないだろうかと思ってそう尋ねた。自分は名乗っていないのに虫の良い話だと思ったが、シャティアは別に偽名でも良いから魔族の女性に対しての呼び名が欲しかった。
魔族の女性は今度は意外そうに目を開き、少し考えるように顔を俯かせるとゆっくりと顔を起こし、答えを出した。
「シェリスだ」
魔族の女性シェリスの答えを聞いてシャティアは満足そうにほぅと言葉を漏らした。本名かは分からないが良い名前だと思い、うんうんと首を頷かせる。
「そうか、実に良い名前だ。ではシェリス。縁が会ったらまた会おう」
シャティアはそう言い残すと今度こそ走り出してその場から去った。後から魔族の何人かが追おうとしたが、シャティアは浮遊魔法で空へと逃げてしまった為、すぐに姿を見失った魔族達は疑問そうに辺りを見渡していた。