10話:再会
シェリス達と分かれた後、シャティアは幻覚魔法を解いてまた森の中を捜索していた。こんな調子で同胞の魔女と会えるかどうかは分からないが、お互いの魔力を感じれれば向こうからも来てくれるはずだ、と考えてシャティアは行動していた。
だが、シャティアの表情は何やら気難しい。丁度良い切り株を見掛けると、彼女は手に肘を置きながらそこに座り込んだ。
「恐らく魔族達の狙いは魔女の捕獲だろうな……あいつ等は膨大な魔力源を欲している。人間達は、例のごとく魔女狩りか……ふぅ、中々難しい状況だな」
シャティアは顎を手の平の上に乗せながらそう独り言を呟いた。
魔族達はあの時マントの下に特別な道具を持っていた。あれは捕獲用の魔法道具。シャティアはしっかりとそれを見抜いていた。故に彼らの目的が魔女の魔力回収だと睨んだ。
まず此処まで周りが動いているのだから魔女が居る事は確実。最も、魔女らしき存在、魔女を模した別人、という線もあり得るのだが。シャティアは感じる魔力から恐らく同じ魔女で間違い無いと睨んでいた。
では、何故向こうはこちらに会いに来てくれないのか?それがシャティアの疑問だった。
同じ魔女なら向こうもこちらの魔力に気付いているはずだ。遥か遠方ではあるもののそれでも僅かながらに感じる物はあるはずだ。なのに向こうは一向にこちらに近づいて来る気配が無い。まるで隠れる様に、その気配が途切れ途切れになっている。一体何が起きているのだ?とシャティアは苛立ったように爪を噛んだ。
「まさか……堕ちているなんて事は無いだろうな?」
シャティアは自分が危惧している最も恐ろしい推測を口にした。
以前モフィーとの話し合いの時にも思った事であるが、魔女達は皆人間を恨んでいる可能性がある。何せ卑劣な手段を用いられ、処刑同然のような殺され方をしたのだ。恨んで当然……なのだが、シャティアは出来れば復讐のような事はして欲しく無かった。
もしも魔女が人間を襲う様な事をすれば、今度こそ魔女は人間にとって害ある存在として認識されるようになる。エメラルドのような一部の理解者など今後絶対に出来るはずも無く、ただでさえ少数の種族である魔女は窮地へと追いやられるのだ。そのような事だけはシャティアはあって欲しく無かった。だが、もしも……もしも目撃情報にある魔女が人間に恨みを持っているのだとしたら?
「……その場合は、騎士や魔族よりも先に仲間を見つける必要があるな」
間に合うかどうかは分からないが、討伐目的の騎士や捕獲目的の魔族達に見つかる前に同胞の魔女と会わなければならない。話し合いで、説得や交渉をすれば人間達の恨みを収めてくれるかも知れない。その場合、相手が誰であるかによって運命は左右されるが。
シャティアは切り株から立ち上がって辺りの魔力の気配を探った。僅かだが同じ魔女の気配を感じる。先程よりも大きく感じるという事は、近くに来ているという事だろうか?シャティアがそう考えた時、近くの草むらがガサガサと揺れ動いた。
まさかと思ってシャティアは思わず腕を振り上げる。いつでも魔法を発動出来るようにそこに魔力を込める。だが、その草むらから現れたのは茶髪の髪に葉っぱがたくさんくっついたモフィーだった。
「シャティア、見つけた!!」
「……モフィー?」
突然現れたモフィーにシャティアは目をぱちくりとさせ、心底驚いた表情をした。込めていた魔力を消し、振り上げたままの腕を力なく降ろす。そんな呆然としているシャティアにモフィーは涙目になって抱きついた。
「良かった〜、私心配したんだからね〜。いつまで立ってもシャティアが戻って来ないから私村長さんの所に行ったの。そしたら魔女の話を教えたって言うから……私、シャティアが魔女を見ようと村の外に出たんだと思って……」
土がくっついている頬に涙を垂らしながらモフィーはそう言った。
どうやら遊ぶ約束をしたシャティアが全然来ない事から村長に詳しい事を聞き出し、シャティアが魔女の事を見ようと思って外に出たんだと考えたらしい。シャティアはモフィーにしては珍しく頭が回転したなと思い、感心の息を漏らした。そして同時に申し訳ない気持ちになった。
「そうか……すまんな、心配を掛けさせて」
「本当だよ〜。此処まで来るの凄い大変だったんだからね……あ、私帰り道分かるかな〜?」
モフィーは急に自分が来た道の方を振り向き、不安そうな声を漏らした。それを見てシャティアはやれやれと呆れた様に首を横に振るう。
もしもシャティアが途中で騎士を追いかけるのを止めて魔族の方に行かなければきっとモフィーと出会う事は無かっただろう。随分と不思議な奇跡だなとシャティアは感じた。
「だが何故我が魔女を探していると分かったんだ?」
ふとシャティアはそれが疑問に思ったのでモフィーに尋ねてみる事にした。
確かに村長から魔女の事は教えてもらったが、それだけでは魔女を探しに行ったという答えを導きだせる程判断材料は揃っていない。シャティアはそう考え、純粋な好奇心からモフィーに答えを求めた。
「え?だってシャティアはいっつも魔女の話してるじゃん。だから魔女の事が好きで、それで見たいんだろうなーって、思って」
「そ、そうか……」
クルリと振り返ってモフィーは何で?と逆に問い返すような仕草を取って答えた。
どうやらモフィーからすればシャティアは魔女好きの女の子と言う印象になっているらしい。確かに家で本を読む時よく魔女の本を貸したり読んであげたりしていた。
いかんいかん、とシャティアは自分の額を叩く。村の人達の魔女好きなどと噂が広まればどんな目で見られるか分かったもんじゃない。もう居ないとは言え、魔女は未だに人々から恐れられている存在なのだから、注意しなければならない。シャティアはそう気を引き締め直した。
「……あれ?」
ひとまず今日はもう魔女を探す事は出来ないな、とシャティアは諦め、帰ろうとするモフィーに付いて行こうとしたその時、歩き出していたモフィーが突然立ち止まり、不思議そうに首を傾げて前方に広がる木々を見つめていた。
「どうした?」
何故モフィーが立ち止まったのか分からず、シャティアは腕を組みながらモフィーにそう尋ねる。モフィーはうーんうーんと困ったように唸り、首を振り子のように左右に振りながら答えた。
「あのさぁシャティア、私がさっき通って来た道ってこなんだったけ?……なんか、木が凄い多くなってる気がするんだけど」
「…………ッ!!」
モフィーの言葉を聞いた瞬間、シャティアは身の毛もよだつような凄まじい程の魔力を感じ取った。何故急に魔力を感じ取ったのかは分からない。だがシャティアはすぐさまモフィーの肩に手を伸ばした。
「モフィー! 下がれッ!!!」
まずはモフィーの安全を確保する為に彼女を後ろへ下げようとする。だが遅かった。気がつけば辺りの景色が歪み、木だと思っていた所から人の腕が伸びて来た。その腕はモフィーの事を掴み、連れ去るように自分の元へと引っ張った。モフィーは何かの呪文を掛けられたのか、眠ってしまったように動かなくなっている。
シャティアは舌打ちをして魔力の球を放った。奪われたのなら、取り返せば良い。そう思ってモフィーは傷つけない程度の攻撃を行った。だが人の腕を生やした木はその魔力をもう片方の手で打ち払い、次の瞬間強烈な魔力波を放った。
「ぐッ……!!」
突風のように強い衝撃の魔力波。シャティアの小さな身体は宙へと吹き飛ばされ、彼女はすぐさま浮遊魔法を使って綺麗に地面へと降り立った。
シャティアが顔を上げるとそこは先程とは景色が変わり、暗いジメジメとした森の中になっていた。更には目の前にはモフィーを抱えたローブを羽織った背の低い少女が立っていた。その少女の姿を見て、シャティアは衝撃を受けたように肩を振るわせた。
「随分と……幻覚魔法が上手くなったな……エメラルド」
それはシャティアが良く知る仲間の魔女、“純真の魔女”エメラルドだった。
フードから覗ける美しい顔立ちの少女の顔、垂れている金色の髪、宝石のように輝く綺麗な碧眼。間違いなく、シャティアの知るエメラルドだった。だが、少し違うのはその表情、雰囲気。昔のエメラルドは笑顔が似合う明るい少女だったのに対して、今のエメラルドの瞳は狂気に駆られて禍々しく歪み、まるで全ての絶望したかのように暗い雰囲気を纏っていた。
「その喋り方……この魔力。貴方、シャティファール?」
目の前に居るシャティアの事を見つめ、エメラルドは考えるように首を傾けた。その動きは機械的で、時折キリキリと嫌な音が響いた。そしてようやくエメラルドはシャティアが魔女シャティファールだと気づき、嬉しそうに口元を引き攣らせた。だが、それもまた禍々しい。笑顔の似合うはずの彼女の今の笑顔は、酷く悲しそうだった。
「ああ……嬉しい。会えた……仲間に会えた。生きてたんですね、シャティファール」
「ああ、我も会えて嬉しいよ」
ぎこちない笑顔をするエメラルドだがそれでも仲間の魔女に会えた事は本当に嬉しい様で、涙を流しそうに瞳を揺らしていた。肩を振るわせ、喜びに打震えるような動作を取る。シャティアも実際嬉しく、珍しく笑みを零した。だが、シャティアは油断しない。先程から感じるエメラルドの気配が酷く歪んでいるのだ。それに彼女は未だにモフィーの事を抱えている。シャティアは何やら嫌な予感がした。
「エメラルド……お前、その身体は?」
ふと、ローブがはだけてエメラルドの身体が見えた。驚くべき事に彼女はローブの下は何も着ていなかった。だが、そこにあったのは少女の白い肌では無く、陶器のように無機質な人体の形をした何かだった。その姿はまるで人形のようで、シャティアは思わずそんな事を尋ねてしまう。
「これですか?私、死ぬ間際に憑依魔法を使ったんです……人形の身体にね。それで何とか生き延びたんですけど、それでもまだ本調子じゃ無くて」
そう言ってエメラルドは恥ずかしそうに俯きながら自分の腕を見せて来た。まるで骨のように白く、生気の無い冷たい腕。人形のその腕はカラカラと中が揺れる音を立てながら指を動かした。本当に人形の身体なのだ。だがシャティアはそれでも疑問が続く。
「……まさかお前、人形の身体に自分の肉体を付け足しのか?」
「はい。人形と言ってもその辺に転がってた奴ですから……憑依魔法は使用者と縁のあるものじゃないと憑依出来ませんからね。私の顔と臓器を付け足したんです」
まさかと思ってシャティアが尋ねると、エメラルドからは驚くべき答えが返って来た。
どうやらエメラルドは憑依した良いものの、やはり何の思い出も無い人形に憑依した為、すぐに死にかけたらしい。その際に彼女は必死の策で自身の死体を分解し、人形の身体に詰め込んだようだ。
確かによく見ると彼女の首辺りにはまるで縫ったような跡がある。時折不気味な音を立てているのは骨がくっ付いていないいなからだろうか?シャティアはあまりにも衝撃的過ぎて身震いをした。
「……辛かったな。エメラルド」
「……はい」
あまりにも酷過ぎるエメラルドの境遇にシャティアは思わず涙を流した。あれだけ人間との交流を大切にし、魔女を理解してもらおうと努力した彼女が、その人間に裏切られ、更には人形の身体へとなってしまった。あまりにも悲し過ぎる。
出来る事ならシャティアは元の身体に戻して上げたかった。だがきっとそれは復活の儀式と同じくらい難しいだろう。シャティアはその無慈悲な運命を恨んだ。だが、それでも希望はある。同じ仲間が居る限り、自分達は本当の意味で死ぬ事は無い。昔からシャティア達のような魔女はそうやって仲間を大切にしていた。
「でも大丈夫です! 私、やっとシャティファールに会えたんですから、もう怖い物なんてありません!! リーダーのシャティファールが居れば私どこまでも付いて行きます!!」
エメラルドは胸に手を当てながらそう力強く言って退けた。
昔から彼女はそうやってどこまでも信じてくれた。その友情が変わっていない事はシャティアにとっても嬉しい事だった。ああやっぱり大丈夫だ、エメラルドは優しい子のままだ。思わずシャティアはそう思い込んでしまった。
「じゃぁ、とりあえずその子を離してもらえるか?一応私の友人なんだ」
シャティアはそう言ってモフィーの事を指差した。怪我などさせてしまったら村で騒ぎになる。それに先程の事もあるし、またモフィーには嘘を吐かなければならない。とりあえずまずは彼女の安全を確認する必要があると思い、シャティアはそう尋ねた。だが、返って来たエメラルドの言葉は意外な物だった。
「……え?駄目ですよ。だってこいつは人間ですよ?私達魔女を殺した憎い存在。殺さないと」
一瞬、シャティアはエメラルドが何を言っているのか理解出来なかった。あの温厚でいつも人間との交流を大切にして来たエメラルドから、人間を殺すなどという趣旨の言葉はとてもでは無いが信じられなかった。
シャティアは硬直する。エメラルドの邪悪な笑みを浮かべる顔を見て、あってはならない事が起こってしまったと直感した。
「……エメラルド?」
「そうだ、まずはこの子の村を焼きましょう。それから私の事を探してるらしい騎士団の奴らと、ああ後魔族も居るんですか?面倒ですからぜーんぶまとめて殺しちゃいましょ!」
抱えているモフィーの頬を突きながらエメラルドはまるで今晩の献立を考えるかの様にさらりとそう述べた。
不味い。これは非常に不味い。シャティアは予感が的中してしまった事に冷や汗を流し、エメラルドの様子を伺う様にじっと彼女の顔を見つめた。
「大丈夫です! 私、シャティファールとなら何だって出来ますから!!」
本当に、優しい笑みを浮かべている。一度は死んだその肉体だが、それでもエメラルドは精一杯の笑顔を作っていた。だが、その内側は酷く黒ずんでおり、悪しき思いに満ちている。これは完全に堕落した魔女の姿だった。
シャティアは悟った。ああエメラルド、お前はもう、後戻り出来ない所まで来てしまったんだな、と。小さく目を瞑り、シャティアは首を左右に振った。
「……エメラルド」
「はい?」
シャティアが名を呼ぶと、エメラルドは何の疑いも無しにシャティアの方に顔を向けた。昔は本当に可愛らしい妹のような存在だった。その何も染まらない綺麗な青い瞳で、いつも平和を夢見ていた。そんな可愛らしかった少女の瞳が、今は酷く歪んで見える。シャティアはおもむろに腕を横に振るった。
「……ぐっ!?」
突如小さな魔力の球が放たれ、エメラルドの肩に直撃した。彼女はうめき声を上げてモフィーと離し、木々の方へと吹き飛んで行った。
シャティアはすぐにモフィーを抱きかかえ、彼女が無事がどうかを確認する。そしてエメラルドが飛んで行った方向を見つめ、悲しそうに口を開いた。
「悪いが、それは駄目だ。昔から言い聞かせたはずだぞ。やり返すような事だけは駄目だと。それに、この子は私の大切な友人だ。傷つける事は断じて許さん」
珍しくシャティアの声には怒りが籠っていた。だがその怒りはエメラルドに向けた物では無い。自身に対しての物だった。仲間を守れなかった自分、純粋な少女だったエメラルドが此処まで変わり果ててしまうのを止められなかった自分。実に、情けない。だがだからこそ、止めなくてはならない。
覚悟を決めたシャティアはエメラルドの野望を阻止する事にした。出来る事なら、今の一撃でも気絶でもしていて欲しい。だがその願いはどうやら叶わない様で、木々がバキバキと音を立てて崩れ落ち、その中からローブがはだけ、人形の肉体が露となったエメラルドが起きあがった。
「そうですか……シャティファールは人間の味方をするんですか……でも、いくら貴方と言えど私の邪魔をするなら……殺す!!」
エメラルドの瞳が黒く染まった。反射的にシャティアは目を閉じ、エメラルドと視線が合わないようにする。だがその突如鋭い衝撃が身体に走った。思わず目を開けてみるとエメラルドが魔力砲を放っており、シャティアはそれに巻き込まれて抱えていたモフィーと共に森の中へと吹き飛んで行った。




