40話:嘆き
野獣の如く闘志を剥き出しにして襲い掛かってくるリザードマンの長に対してシャティアは冷静に対処した。牙を光らせて飛び掛かってくれば受け流し、爪を鋭く伸ばして攻撃してくれば魔法の壁で跳ね返す。リザードマン達は自分達の長の攻撃が全て魔法によって無力化されているのを見て呆然と立ち尽くしていた。
「グルゥァァアアッ……アアっ!」
「無駄だ。お前達の攻撃の仕方はもう見切った。我の魔法の前では全て無意味だ」
リザードマンの長は吠え、拳を振るった。しかしその拳も魔法の壁によって阻まれ、鱗が欠けて血が飛び出す。それを見てシャティアは冷たい視線を向けながら攻撃を止めるように促した。
既にシャティアは数度のリザードマンとの戦闘を行っている。それだけ戦えばリザードマン達の攻撃方法も見えてくる。特に観察力に優れているシャティアならば共通の攻撃手段しか持たないリザードマンを受け流す事など造作も無い事であった。
「ゴルゥァ……!」
かと言ってリザードマンの長も簡単に負けを認める訳には行かない。自身の背後には何十人もの同胞達が居る。彼らの長として自身の敗北を見せる訳には行かないのだ。故に彼は拳を握る。指の隙間から血が垂れながらも、真っすぐシャティアに向かって走り出し、魔法が発動される前に拳を届かせようとした。
「無駄、と言っている」
リザードマンにとっての最高速度。普通それは人間では反応しきれない速度のはずであった。だがリザードマンの長の拳をシャティアの頬を掠めただけで、シャティアはリザードマンの長の背後に回ると彼の背中にトンと指を突き付けた。突如銀色の閃光が走り、リザードマンの長の背中に激痛が走る。衝撃で吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がりながら彼は倒れ込んだ。
「グゥ……ォァアア! ……人間、ごときがぁァア!!」
リザードマンの長は吠え、身体を起き上がらせる。全身に痛みが走るが気にせず、彼は瞳をぎらつかせてシャティアの事を睨む。シャティアは相変わらず余裕の態度で構えも取らずにリザードマンの長と対峙していた。
それを舐めているのだと考え、リザードマンの長はより怒りを露わにしてシャティアへと飛び掛かった。両腕に力を込め、目に見えるの程の速さでシャティアに向かって爪を振るう。
「ルグゥァアアアアアアアア!!」
「どれだけ力で訴えようとも、同じ攻撃しか出来ぬなら脅威は無い」
自分の身体の周りに魔法の壁を作り出し、シャティアはその攻撃を防ぎ切る。そして隙が出来たリザードマンの長に手の平を向け、巨大な魔力砲を放った。轟音と共にリザードマンの長は吹き飛ばされるが、空中で回転すると地面へと降り立、再びシャティアへと向かって行く。
「ガルルルゥゥウ!!」
身体を捩じらせ、尾を振り回してシャティアへと飛び掛かる。リザードマンの巨体と高速で回転する事によって繰り出される尻尾での攻撃の破壊力は計りしれず、シャティアはギリギリの所でそれを回避した。すると尾は地面へとぶつかり、抉るように土を飛び散らせた。
流石のシャティアでも今の攻撃を喰らえば不味かったであろう。致命傷にはならないだろうが、それでも身体の何処かを破壊されている可能性があった。にも関わらず彼女はまるでそれを楽しむかのように笑みを浮かべた。
「ほぅ、今のは中々良かったぞ。少しだけ驚いた」
「グルルル!! ぬか、せ……!!」
まるで褒めるようにシャティアが感想を零すのでリザードマンの長はそれも舐めているのだと考え、咆哮を上げた。喋るくらいの余裕があるならば、息を飲む間も忘れさせてやろう。リザードマンの長は全身に力を込め、地面を蹴った。宙を舞い、滑空してシャティアに蹴りを放つ。
「お、っと……!」
魔法の壁を形成し、シャティアはそれを防ぐ。しかし多少なりにも衝撃はあったようで、シャティアはすぐには反撃に出れなかった。今が好機だと考え、リザードマンの長は追撃を仕掛ける。腰を低くし、腕に力を込めて思い切り拳を振り抜く。だがそれを空を切り、シャティアは浮遊魔法で上空へと逃げていた。
シャティアは詠唱を唱え、指先に光を作り出す。その光は小さく弾けると無数の光の線と化し、リザードマンの長へと襲い掛かった。線が鱗に触れた瞬間焼き切られるような痛みが走り、リザードマンの長は地面を蹴ってすぐにその場から距離を取った。
「ルグァ……ッ!!」
「どうした?逃げるなど長らしくない行動だな」
その様子を見て地面に降りながらシャティアは分かり易いくらい安い挑発をした。しかしリザードマンの長にとっては逃げるという言葉は自身にとって最もタブーであり、彼を怒らせるには十分な内容であった。
牙を食いしばり、再びリザードマンの長は加速する。右へ左へとフェイントを掛け、今度は彼がシャティアの背後へと回って爪を振るう。だがその爪はシャティアの身体を捉えず、まるで煙のようにシャティアの身体は細切れになって消えてしまった。
「グガッ……!!」
「こっちだトカゲ君」
突如リザードマンの長の真上から声が聞こえる。振り向くとそこには浮遊魔法で宙に佇んでいるシャティアの姿があった。リザードマンの長はすぐに攻撃を仕掛けようとするが、その前にシャティアは魔法の鎖を放ち、リザードマンの手足を縛り付けた。
「ゴガッ……!!」
すぐさまリザードマンの長はその鎖を引き千切ろうとするが、シャティアの魔力によって頑丈に形成されているその鎖は物理的に壊すのは至難であった。リザードマンの長が手間取っているのを面白がるように見下ろしながらシャティアは腕を払い、鎖を操る。するとリザードマンの長も鎖に引っ張られ、宙を舞って地面へと叩きつけられた。
「ルルァァ……!!?」
「鎖に繋がれた気分はどうだ?お前は我のペットだ。芸の一つくらいしてもらうぞ」
「グル……貴様ァ……ッ!!」
まるで飼い犬と遊ぶかのようの優しい笑みを浮かべながらシャティアはそう言う。リザードマンの長は嫌な予感を感じ、顔を青くしながら冷や汗を掻いた。手足に絡みついている鎖を掴み、思い切り引っ張る。だがシャティアが腕を払って鎖を操り、リザードマンの長を引きずるように地面に転がした。
「ルグァア……!!」
何の抵抗も出来ず、リザードマンの長は悲鳴の声を上げる。シャティアは一度腕を止めると今度は勢い良く振り上げ、リザードマンの長を地面に何度も打ち付けた。彼の苦痛の声が響き、それを見ていたリザードマン達は戦意を喪失したかのように後ずさりをする。
「ゴ……アァ……!」
「中々しぶといな。これではペットと言うよりもサンドバッグだ」
土だらけになり、疲れ切った表情をしているリザードマンの長を見下ろしながらシャティアはそう言った。リザードマンの長は意識が途切れそうになりながらも何とか保ち、低い唸り声を上げて身体を起こした。
「貴様のような……子供に、リザードマンが負ける、ものか……我々は、選ばれし種族なのだ……!!」
自分達こそが最強の種族であると信じているが故にリザードマンの長は倒れない。彼には長い歴史が、リザードマンのプライドが抱えられている。決してそれを振り払って逃げる事は出来ない。故に何度シャティアに痛めつけられようとも彼は牙を剥き、爪を伸ばして立ち向かう。
「リザードマンの誇りだ……我々が、世界の王者となるのだ!!」
「ならばそんな誇り、捨ててしまえ」
吠えるリザードマンの長にシャティアは容赦無く鎖を操り、大きく宙を舞わせて地面へと叩きつける。横へ払い、木々にぶつけ、岩に勢い良く叩きつける。リザードマンの長は口から血を吐き出し、何かが切れたように地面へと崩れ落ちた。
「選ばれし種族?世界の王者?そんな物はお前達の妄想だ。竜によって誕生したお前達が竜を超える事など出来ない。お前達はただ自分達の力を見せつけたいだけだ」
リザードマンの長は動かなくなっているがまだ息はあった。それを確認してシャティアは彼に近寄り、そう言い放つ。その間リザードマン達は誰一人としてシャティアに襲い掛かろうとせず、黙ってその光景を見届けていた。
「自分達の住処へ帰れ。生き物にはそれぞれ帰るべき場所がある。此処は、お前達が居て良い場所では無い……」
「グ……ウゥ……」
最後にそう言い残し、シャティアは腕を横に払って魔法の鎖を解除した。リザードマンの長は手足を縛っていた鎖が解かれたのを見て信じられないとでも言いたげにシャティアの事を見上げた。彼女はただ冷たい瞳を向けたまま、ゆっくりと目を瞑り、横に振り向いて森の方へと去って行こうとした。
必要以上の戦闘はしない。自身の力は十分に示した。これ以上戦えば相応の対応を取ると警告もした。シャティアはこれ以上リザードマンの長と戦闘をする事は無いと判断した。故に鎖を解放し、彼に逃げる道を与えたのだ。だが、リザードマンとしての誇りがある彼からすればそれは侮辱と一緒であった。殺される事も無く、ただ敗北だけを見せつけられておめおめと生きていく羽目となる。そんなのは死ぬよりも残酷な事であった。故にリザードマンの長は身体を起こし、背中を向けているシャティアへと飛び掛かった。
「グルゥゥァアアアアアアアアアア!!」
彼の爪がシャティアの首を捉えようとする。だがその爪はシャティアの身体を通り抜けてしまい、彼女の身体はまたもや煙のように消えてしまった。リザードマンの長は瞳を見開き、硬直する。すぐ背後からは冷たい気配が漂って来ていた。
「愚か者が」
リザードマンの長が背後を振り向く前にシャティアは彼の身体に魔法の鎖を縛り付け、再び宙に飛ばして地面へと叩きつける。更に鎖を引っ張り、リザードマンの長を自分に接近させると至近距離で魔力砲を放ち、再び吹き飛ばす。そしてまた鎖によって引き戻され、今度は後ろへと思い切り投げ飛ばされる。ボロボロの姿になったリザードマンは岩に打ち付けられ、それを衝撃で破壊し、崖にぶつかる事によってようやく沈黙した。
「ゴ……ガ……ッ……」
今度こそ気絶し、リザードマンの長は立ち上がらない。それを確認してシャティアは疲れたようにため息を吐き、髪を払った。そしてチラリと横を見るとリザードマン達が怯えたように後ずさり、シャティアは満足そうに頷いて歩き出した。
誰も彼女を止めようとしない。止める事など出来ない。まるで嵐のように爪痕を残し、彼女は静かに去って行く。




