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ミリオタ雑記あれこれ  作者: きらと
イスラエル国防軍の戦い
3/16

シナイ半島の戦い 第三次中東戦争

1.Six Day War(1967)開始時の概要


 1956年の戦いでIDFはシナイ半島を確保したのも束の間、エジプトに返還された。イスラエルの領土的野心は収まらなかった。1967年、ヨルダン領ヨルダン川西岸地区正面にはPeled将軍のUgda(AMX-13、センチュリオン各1個大隊からなる1個機甲旅団、シャーマン戦車3個大隊、1個機械化歩兵大隊からなる機甲旅団、1個歩兵旅団)が、シリア領ゴラン高原正面には3個機甲旅団、1個歩兵旅団、1個空挺旅団が、エルサレム地区には第10機械化旅団、第55空挺旅団、第6歩兵旅団、その他2個歩兵旅団が、エジプト領シナイ半島正面には3つUgdaが展開しており今度は望む物全てを手に入れようとしていた。


2.イスラエルの奇襲


 6月5日0745時、Operation Forcus(Mored)発動。当時、エジプト空軍はMig-17、シリア空軍はMig-21をそれぞれ保有していた。これに対してIAFはF-4、A-4、Mirage等を投入した。初戦の奇襲に成功したIAFはエジプト空軍の航空機186機を地上撃破した。0900~1200時にかけて行われた第二波は107機を撃破。これによってシナイ半島の航空優勢は確保された。

 シナイ半島方面のIDF地上部隊はIsrael Tal准将、Abraham Yoffe准将、Ariel Arik Sharon准将のUgdaとAvraham Albert Medler大佐の第8独立機甲旅団が展開していた。Talの麾下には2個機甲旅団、1個空挺旅団、1個機械化偵察部隊が、Yoffeの麾下には2個機甲旅団が、Sharonの麾下には1個機甲旅団、1個空挺旅団、1個歩兵旅団がそれぞれ配属されていた。

 第一段階としてイスラエル領内に食い込んだ形のガザ地区への攻撃が行われた。同地にはPLA第108歩兵旅団が展開していた。攻勢の中心となったのはTal麾下の第7機甲旅団(Shmel Gonen大佐指揮下、M48戦車66両装備の第79機甲大隊、センチュリオン88両装備の第82機甲大隊)で第7機甲旅団前進軸の左翼を第60機甲旅団が支えている。

 0846時、前進開始。魔女の大釜が口を開けた。


 アラブ諸国はソ連の影響を受けており、部隊編成や運用にも反映されていた、当時のソ連軍戦車中隊は戦車3~4輛の3個小隊と戦車1輛の中隊本部で構成された。これにBMP、またはBTRの1個小隊が随伴する。歩兵はAK-74、RPK-74機関銃、SVD狙撃銃、RPG-7を標準装備していた。



 6月8日、米海軍情報収集艦リバティー(AGTR-5)はIAFのミラージュと魚雷艇の攻撃を受け死傷者多数が発生した。これに対して米国はフォレスタル級空母サラトガ(CV-60)を派遣、圧力をかけた。イスラエル側は誤爆であると発表する。

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