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ミリオタ雑記あれこれ  作者: きらと
イスラエル国防軍の戦い
2/16

ゴラン高原の戦い 第三次中東戦争

1.はじめに


 イスラエルがアラブ諸国から嫌われる要因の一つに不法占拠と言う問題が存在する。

 ゴラン高原はシリア固有の領土であるが、第三次中東戦争でイスラエルが占領して以来、不法占拠された状態にある。第四次中東戦争で領土奪還に燃えるシリアは逆襲を行うが敗北。失地回復には至らなかった。



2.ゴラン高原の戦いの概要


 1967年、IDFは全戦線で攻勢に出た。初戦で航空優勢を確保したIDFは地上軍を侵攻させる。

 シリアとの戦線は他の戦線に比べ均衡を保っていた。エジプト、ヨルダンと脱落していく中、シリアも8日に停戦の受諾を宣言。

 6月9日、シリア軍の防衛するゴラン高原に対してIDFは攻勢を開始。停戦合意前に領土を掠め取ろうと言う策だった。

 攻勢の主役となったのはエフラトの第1ゴラニ歩兵旅団、メンドラーの第8機甲旅団。ヘルモン山に沿ったゴラン高原北部から動き出し、第2、第3歩兵旅団がガリリー湖を挟み込む様に動き突破口形成部の南翼を固めた。

 あれやこれやとIDFは前進を続けて戦争は呆気なく終盤を迎える。翌10日、シリアは停戦に合意する。



3.彼我の戦力


 六日間戦争開戦当初、ガリリー湖からヘルモン山に至る80㎞の戦線にシリア軍は8個歩兵旅団を展開させていた。対するIDFはシリア正面の北部軍が3個旅団であった。


 第37機甲旅団(Uri Ram大佐:AMX-13大隊、センチュリオン戦車大隊)

 第45機甲旅団(Moshe Bar Kochva大佐:M50/51戦車3個大隊、機械化1個大隊)

 第1歩兵旅団ゴラニ


 北部軍司令官David Elazar准将は麾下の部隊から第37、第45機甲旅団はヨルダン河西岸地区の北部に派遣されElad Peledの麾下に配属される。Ugda Peledとして第9予備歩兵旅団と共にヨルダン軍第25歩兵旅団を撃破している。

 対エジプト戦、対ヨルダン戦終了後、北部軍には転戦して来た部隊が加わる。


 シナイ半島から

 第8機甲旅団(Mendler大佐:M4戦車2個大隊、機械化1個大隊)

 第55空挺旅団(Matt大佐)

 が転戦してきた。


 この時、ゴラン高原で対峙するシリア軍地上戦力は5個歩兵旅団、4個予備歩兵旅団、2個戦車旅団、1個機械化歩兵旅団に拡大してIDFの前に立ち塞がっていた。



4.地上戦


 6月9日金曜日、シリア軍の北翼に対する攻撃が行われた。守備側のシリア第11歩兵旅団に対してIDFは3個旅団を攻勢に集中した。戦力の集中、奇襲の効果は十分にあった。

 この主攻を支援して第37機甲旅団がシリア第123歩兵旅団の抵抗を粉砕し南下、第3歩兵旅団がGalilee湖北から南下し南側から北上した第2歩兵旅団と握手した。第55落下傘旅団はシリア領内深く(と言っても斜めに90㎞だが)に侵入した。

 南北120㎞の戦線だが主攻の突破口は15㎞程、縦深の進撃はMajdal Shamsで12~3㎞。狭い範囲の戦闘だと理解出来る。

 この戦場では新旧の兵器が入り乱れて運用された。ソ連製M46 130㎜砲装備のシリア砲兵大隊は開戦前の嫌がらせには役立ったが、IDFの前進を阻止する程には活躍できなかった。



5.評価


 第三次中東戦争は軍事的に見ると奇襲の成功例と言える。一般的にはやり方が卑怯、汚いと見えるがIDFは少ない兵力を転用する事で、戦場に投入する戦力を最大限まで高めた。

 欲しい物(領土)を手に入れる為に手段を選ばず、停戦までの間隙を突いた攻勢は状況判断に優れていたと言える。

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