8、パーティ
8、パーティ
食文化も日本に近かった。
米が主食みたいだがパンや麺もある。
肉と魚をメインに野菜のサラダや味噌汁。全体的に和食。
微妙に知っている料理と違ったりもしたが、大体は何か想像がつくものばかり。助かった。
宿の一階の食堂で遠慮なくがっつく。
意識していた以上に体は栄養を欲していた。おごりだというのに遠慮も忘れて出された先から胃袋に詰め込んだ。
ミナモは咎めるどころか対抗するように箸を運んでいた。というか飢えた俺と同ペース。
数人前の食事が半時もしない間で二人に飲み込まれていた。
ちなみにアヤは俺の頭の上で正座していた。妖精は食事を必要としないらしい。
食後のお茶で一服したところでようやく理性が戻ってきた。
俺は椅子の背もたれに重心を預けていたが、居住まいを正す。
「ごちそうまでした。ミナモ、本当に助かった」
ミナモは気にするなとばかりに手を振っている。
大きな借りができてしまった。
「いい。あたしも下心がある」
「そうか。なら、仕方ない」
羽織を椅子にひっかけ小袖の上を肌蹴る。
「なんで服を脱ぐの?」
「体で払えってことだろ?」
「馬鹿なの?」
「初めてだから優しくしてね?」
「それ、あたしの台詞」
「初めてなのか。初めてなのか。初めてなのか。大事なことだから三回言った」
「ぶつよ?」
「すみませんでした」
や、待て。
なぜぶつという台詞で神具を構える。
無表情ながらも羞恥か怒りで頬を桃色に染めたみなも。手にしているのが斧槍でなければかわいらしい仕草なのだが。
どうもこういう冗談に免疫がないらしい。
「冗談が過ぎたな」
構えていた神具を下しはしたものの武器化したままミナモは椅子に座りなおした。
「協力してほしいことがある」
「協力?」
そういってミナモは斧槍を一度揺らして見せた。
「あたしは戦士だけど」
「ああ。なるほど」
理解したと頷く。
「俺は誰を殺ればいい?」
「話が物騒」
「一宿一飯と命の恩義に報いるんだ。差し違える覚悟まであるぞ」
「重すぎ」
「そうか。苦しませるほどいたぶらなくていいんだな。ミナモは優しいな」
「ソウタの優しさの基準がわからない」
ミナモは深々と溜息をついて仕切り直した。
「あたしは一年以上の経験がある。序盤の階層で遅れはとらない。けど、今までは協会の依頼に合わせて組んでた。だから、特定の組がいない」
組? 樹海に挑む仲間ということか。つまりパーティだ。
協会っていうのは?
「協会は戦士の互助組織。胞子を神社に奉納するのを代行したり、依頼を取りまとめて紹介したり、仲間のいない戦士を引き合わせたりする」
ふむ。つまりギルドのことか。
話がずれた。組の話だったな。
連携など考えると一定のメンバーで固定した方が戦力は安定する。場しのぎの集団より望ましいのはわかる。
「あたしと組んで」
ミナモには大きな恩がある。命を救われているし飯までおごってもらった。
こちらとしても未知の戦闘に単身で挑まずに済み、相方が戦いの経験者というのもありがたいことだ。
俺に断る理由がない。
逆にミナモが俺を誘う理由がない。
ミナモ相手に駆け引きは意味がなさそうだ。率直に尋ねる。
「どうして俺なんだ?」
「それはご主人様が私のご主人様だからでしょう」
無言だったアヤが答えた。
ミナモは小さく頷いて頭上の小さな少女に説明を任せた。
「ご主人様もご存じのとおり、妖精持ちの神具はごく一部の貴族しか持ちえません」
その話は聞いた。だから、ミナモが俺を貴族だと思ったらしい。
「貴族は独自の軍を持ちますのでミナモ様のような一般的な戦士は協力することはまずありません。よくて貴族の軍に取り立てられた時だけでしょう」
なるほど。単純に俺は戦力として期待できると。
完全素人なのに。
「また、神具の強さが上がれば妖精は比例して成長していきます」
なんだと?
妖精が成長する? というか神具も成長する?
手首のリングに目を向ける。
「私の姿からご主人様の神具がまだ未熟であることはお分かりになりますでしょう。私がいかに優れた神具であっても経験値ばかりは実戦を重ねれば如何ともできません」
かなり不服そうな様子だ。神器としてのプライドが相変わらず高い。
アヤはひとつ咳をついてテンションを戻した。
「つまり、これらのことからミナモ様はご主人様のことを」
「俺のことを『強力な神具を得るほどの新興貴族が調子に乗って速攻で没落してもはや神具しか頼れなくなって路頭に迷って行き倒れた世間知らずのボンボン(笑)鴨葱ちょーうけるんですけど』と判断したわけか」
「ご賢察です」
「そこまで思ってない」
ぶんぶんと首を振る。
そうか?
俺なら指さして笑うな。心の中で。
「もともと仲間を探してた。あたしも樹海に挑む戦士だから、自分だけの組を持ちたい」
先行投資するだけの理由はあると。
「あとソウタが気に入った」
「おいおい。俺の何がわかるってんだ」
半ば以上に揶揄する口調で言ってしまった。
ミナモは動じることもなくまっすぐに俺を見つめてくる。
「あたしのこと心配してくれた。ソウタは優しいな」
馬鹿が。人を信じすぎだ。俺は裏がないか疑っただけだ。
ミナモは改めて目で聞いてくる。
どう?と。
やめてくれないか。ちょっと不安そうに上目づかいとか。狙ってるなら魔性すぎるぞ!
「よろしく頼む」
「ん。ありがと」
ほら。思わずノータイムで返事しちゃったよ。
改めて考えてみる。
生憎と俺には初対面の人間になんの打算もなく気に入ってもらえるなどとは夢想できない。ミナモにも俺を利用するだけの算段があるだろう。それは悪いことではない。俺を使い潰すような計算でなければ。ギブ&テイクの範疇であれば。
助け合いとでもいえば聞こえはいいか?
とまれ、俺に十分なメリットがある以上、やはり断る手はないか。
「よろしく頼む」
「なんで二回言う?」
首を傾げながらも手を差し出してくる。
「……謝礼は出来高の分割払いではダメか?」
「催促じゃない」
強引に握手されて上下に振られる。
ミナモの手は戦士特有の硬さの所々に女性らしい柔らかさが残っていて困る。
「悪いが俺は本当にものを知らない。ミナモに迷惑をかけるぞ」
「いい。あたしも最初は先輩に助けてもらった」
「そうか。なら、甘えさせてもらう」
「先輩に任せなさい」
胸を張るミナモはどこか誇らしげだった。先輩という立場が嬉しいかもしれない。
ミナモが仲間に加わった!
懐かしいゲームのBGMが脳内で響いた。