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最終話:幸福な保守運用(ハッピーエンド)

 嵐のような「デッドライン」が明け、数週間が過ぎた。  工房には再び穏やかな、しかし以前よりもどこか密度を増した日常が戻っていた。


 再起動リブートを経てすっかり大人しくなった古代神像は、今や工房の裏手で巨大な魔力供給源サーバーとして静かに鎮座している。その足元で、リディはより鋭さを増した剣の素振りに汗を流し、エレナは新しい魔導回路の敷設に勤しんでいるのが、作業室の窓から見えた。


 おれは使い込まれた革張りの椅子に座り、淹れたてのハーブティーを啜りながら、その光景を眺めていた。  45歳、独身。異世界に転生し、デスマーチのような騒動を潜り抜けたおじさんエンジニアが手にしたのは、これ以上ないほどに理想的な「開発環境」だった。


「……さて、正式なポストモルテム(事後分析)を終わらせるとするか」


 おれがコンソールを開くと、そこには学院から届いた「全面降伏」の公式文書と、提携を求める懇願のメッセージが並んでいた。


『本システムは管理者おれの専従を前提とする。未熟な外部アクセスは、即座にシステムの全崩壊を招くものと心得よ』


 この力は、野心のために使うものではない。おれの大切な居場所を、安全に走らせるためにあるのだ。


 ◇


 その日の夕暮れ。おれは作業を切り上げ、工房の裏手にある石造りのテラスへと足を運んだ。  空は燃えるような茜色に染まり、遠くの街並みを長い影が覆い始めている。


「お疲れ様、ミツバさん」


「お茶、淹れ直してきたわよ。少し冷えるわね」


 リディとエレナが、おれを挟むようにテラスのベンチへ腰を下ろした。


 あの日以来、三人の中には言葉にできない「熱」がずっと残っていた。


(……あたし、ずっと一人で戦っていると思ってた。でも、ミツバさんの心の底にある強くて温かい守護の意志が、あたしの中に流れ込んできた……。あたし、もうこの人の傍以外には行きたくない)


(……誰よりも頼りになるエンジニア。私の知性は、あの人の隣にいる時に一番高く飛べる。それなら……一生かけて、あの人の出すバグを私が修正し続けるのも、悪くないわよね)


「……リディ、エレナ」


 おれは、少しだけ震える声で二人を呼んだ。


「おれは、この場所で新しい技術を開発し続けたい。……だが、おれ一人じゃ、このシステムは維持できない。二人という最高のリソースがいないと、おれの設計図は完成しないんだ」


 おれは意を決して二人の手を、優しく取った。


「だから……これからも、ずっとおれの傍で支えてくれないか。……パートナーとして、もっと特別な、一生ものの関係として」


「……っ、はい! あたし、ミツバさんの背中、一生守り抜きます!」


 リディが瞳に涙を溜めながら、満開の向日葵のような笑顔で頷いた。


「……仕方ないわね。私の一生をかけて、あなたの『運用監視』をしてあげるわよ」


 エレナは顔を林檎のように真っ赤にしながら、おれの手を強く握り返してきた。


「……ああ。どんなバグもトラブルも、おれが全部解決デバッグしてやるよ」


 世界という巨大なシステムは、これからも予測不能なエラーを吐き出し続けるだろう。だが、この最高のチームがいれば、どんなデッドラインも越えていける。


「大好きですよ、ミツバさん!」


「……ふん、愛してるわよ。……私のエンジニアさん」


(完)

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