俺とふたり
今日もひとり、知らない夜道を歩いている。
生まれてからすぐに決めたはずの道じゃないこんな道を、考え深く歩いている。そんなつもり。
普段ならそんなことはしないけれど、静寂で、涼しいくらいの風に、ふわりと撫でられた僕の頬は繊細に緩んでいる。
だから、こんな時だからこそだ。
このひとりと言う唯一のメリットを生かしたいのだ。しかしどうだろう、僕は物事を考えることは苦手であり、なんなら一人で何も考えずに、今起こっている心地よさや感情に身を委ねていたいくらいの浅い奴だ。そんな僕だから、結局はこんなことしか言えないのだ。
「風が気持ちいいな」
まるで子供。誰に見られているかもわからない暗闇で、両手を広げて身体全体で涼しいくらいの風を浴びる。
川沿いから流れてくるその風は水の匂いを運んでくれる。その匂いを鼻に通せば、いつか感じたことがあるような、そんな不鮮明な懐かしさに囚われる。
「考え込んじゃうんだよなあー」
空を見上げて、笑う目は薄めな僕。
考え深くなってしまっている理由を、頭で簡単に導き出せた僕は、次には爽快感に囚われる。
そしてこの夜の星空は…。
静かに見える。
「星は少ないか…」
数えられるほどの星の数。
その光景に少しだけ期待が縮められたけれど、この夜が静寂な理由は、きっと今僕が見上げた空のおかげなんだ。そう思えば風がまた頬を撫でた。
「今日も、いい夜だなぁ」
何も知らないくせに、夜のことを比較し出してしまう愚か者で、それでも今感じた自分が世界一だと思い込む思想だけは誰にも負けない餓鬼。
もうそろそろ雰囲気を壊してしまいたい。
序盤で名も名乗らないこの男をいちいちナレーションしたって面白くもない。
「おい!そこはもう少し頑張れよ」
また、文句をひとりで呟いているけれど、今の言葉は流石に独り言でもなさそうで、かと言ってここには誰もいないのだから、この男はやっぱり気持ち悪い人間なのだろう。
「いや、お前だよ!」
また一つ、誰もいない空に言葉を突っ込んだ。
正直ここまで来ると、青春ストーリー設定で始めた僕らの話がこの男によって狂わされてしまいそう。なら、そうなる前に別の物語へと向かったほうがいいだろうか。
「調子乗んな!ふたり!」
はぁ?本当に怖いんだけど?
お前いちいち面倒な仕草とか臭いセリフとか入れないでくれる?何が「いい夜だな」だよ。そんな小学生レベルの感想しか出てこないなら母親の腹に戻って僕と立場変われよ。お前がこの世界で生きている理由は他人に見られる為で、こんな夜道を一人で歩いて満足する為じゃない。
「そ、それは、その。なんかごめんなさい」
僕が誰かに文句を連呼していると、この世界の空間の何処からか、何者かが僕に悪口を、いや正論をぶつけてきている。そして、何も言い返せない僕はただその言葉を鵜呑みにして家に引き返すことにした。
「いや、まだ引き返さねーよ?ナレーションで俺の先の行動をストーリー化するな!」
こんな僕ら、「僕」と「ふたり」が、正解を探す途方もない物語だ。
きっと僕らは、この世界で生きている。
「格好つけんな、馬鹿」
黙れ、阿呆。