ユウヤ 第二夜 5
ちょっと予期せぬ長話になってしまいました。
タエとの時間差が生じてしまいそうです。
どこかで調節することになるのでは??
とにかく、ユウヤ 第二夜 五話目でございます。
「久し振り…って言ったら怒るか?」
「………。」
電話の向こうの相手は、ユウヤの第一声を聞いて「ふっ」と吐息を漏らしただけで、何も言葉を返してこなかった。
「ちょっと、どうしても頼みたいことが出来て……。仲介してもらえたら助かる」
「………。」
今度は、はっきりとした『はぁ〜』っという息遣いがはっきりと聞き取れた。
「どうして欲しい? なんでも良いぞ」
「だったら、あたいのモノになる?」
ユウヤの問いに、間髪入れずに返って来た。
少しハスキーな感じの低い声だが、掠れたような感じではなく、喉に軽く引っ掛かるような印象がある。
良く聞く声質だ。
長年のアルコールに焼けた、酒焼けの声は、夜の街では半数近くがこういう声になる。
「んん〜、なってやっても良いが、それで満足か?」
ユウヤの声音は、どちらかというと残念な感じに聞こえる。言葉の裏に「それで良いのか?」という含みが入っているように聞こえてしまう。
「ったく、意地悪なんだから。……どうして欲しいのさ?」
答える相手も、予想した答えだったのか、苦々しい語尾を隠しもしなかった。
「悪いな……。岬、お前、確か前はトラック運転してなかったか?」
ユウヤの言葉は、頭だけ悲哀を込めたようなものだったが、すぐに気持ちを切り替えたものか、平静さを取り戻したものだった。
「ああぁ、4トン車、転がしてたけど?」
岬と呼ばれた相手も、予想しないことだったのか、答える声は、どことなくトーンが無い。
「済まん! その伝手で、運転手を……5人用意出来ないか? 礼は、必ずする!」
かなり強い感じの言葉になってしまったのが、自分の切迫を裏打ちするような気がしたが、無意識の感情の変化まではコントロールし辛い。ましてや、酔いが廻っているような感覚では、そのコントロール自体が怪しい。
「……出来ないことは無いけど、トラックまではどうかな?」
訝しげという感じの声は、ユウヤの話しの真意を量りかねているような感じだ。
それでも、疑問を口にせず、完結に答えを出すところは、それなりにユウヤの心根を量っているのだろう。
「乗り物はこっちで用意できる。大型の免許と牽引の免許を持つ奴が、少なくても二人は必要だ。何とかなるか?」
ユウヤの声に焦りは感じられない。平静そのもののような感じに聞こえる。
が、電話の相手の岬には、切羽詰った状況でなければ、連絡などしてこないことが、良く分かっている。
「出来ると思うけど、期限は? 連絡するにも時間は必要だし」
詳しく訳を聞かずに、完結に結論だけを追う。
岬のそういった面は、ユウヤも気に入っているところなのだが、この娘には、ちょっとした癖があって、油断することができない。
「時間にして……一時間ってところか? 二時間後には、出発していたい」
「はぁ!? 一時間!? 正気で言ってる? まともな奴は仕事してるし、半端な奴じゃ、役不足なんでしょが? それを一時間で集めろって言うの?」
驚きも無理は無いだろう。そんなことを頼むのもどうかしてると思う。
が、
「無理を承知で頼んでる。できるだけマトモな奴で、無茶が通る奴を頼みたい」
とだけ言った。
断られて当然。一人でも確保できれば上々のつもりだった。
「……どこで待ち合わせる? 時間的余裕が無いんじゃ、現地集合の方がロス無いでしょ?」
少しだけ戸惑ったような言い方だったが、あからさまに断るようなことはしてこなかった。
僅かながらの期待感が、ユウヤの中に広がった。
「ショウタロウのモトプールを知ってるか? そこで落ち合おう」
「了解。 期待は大きくない方が良いと思うよ。時間的に無理があるんだから」
「……分かってる。車の手配もこれからだからな」
苦渋という表現が、言葉にまで出たというなら、ユウヤにとっては珍しいことだろう。
仕事に関してのユウヤの選択は、これまでに二つしかない。『自分を裏切らない』か『放棄』だけだ。
自分にとって本意で無いことは、例え会社にとって有益であったとしても、成し遂げる意味合いが無いことは自分の中で結論付けされていた。
それを理解してくれる上司が居たからこそ出来る選択であったが、今回に関しては、その範疇を逸脱しているように感じてならない。
初めての自己を押し殺す結論だったろう。
「……期待には、なるべく添うよ。…なるべく、だけど」
岬は、それだけ言って電話を切った。
ふうっと息を吐いたユウヤだったが、事態は動き出している。猶予は数分とてありはしない。
首を一度、大きく回して、携帯を持ち直した。
野崎モータープールには、ディーゼル車特有の単発的名なエンジン音が低く響いていた。
閉店して数時間、夜の街に繰り出していた店主のショウタロウは、仏頂面でユウヤを迎えていた。
「ひどいっすよ。これからアミちゃんとアフターの約束してたんすから。電話一本でキャンセルさせられる身にもなって下さいよ!」
不満を言う細身の男は、程好く酔ったような身体を左右に揺らしていた。
「済まん。埋め合わせくらいしてやるよ。『キャノン』のアミだろ? あいつ『シガレット』のマスターの女だ。噂の暴力団とも繋がってる噂もあるからな。キャンセルで良かったかも知れないぞ」
数台のトラックの運転席、荷台を確かめて、ユウヤはショウタロウに笑って見せた。
「うっそ!? マジっすか? ゲキヤバじゃないっすか。やっぱ、夜の女って信じるもんじゃないんすかねぇ?」
「お前の見る眼が無いんだ。大半は良い娘ばかりだよ。自分の言うことばかり聞いてもらわないで、少しは相手の言うことも真摯に聞け。それらしいことは、ちゃんと言ってくれてるはずだぞ」
含み笑いのように鼻で笑って、ユウヤは少し呆けてるような感じの頭を二、三度叩いた。
すっかり酔いが抜けたとは、到底、言い難い。
加奈子を抱えてタクシーに乗り込み、マンションの部屋に投げ捨てるように送り届けて、待たせてあったタクシーで、今の現状まで辿り着くまで三十分。
寝不足とアルコールの酔いは、疲労というより浮遊感にも似たような感覚をもたらしてユウヤをゆっくりとした波間に漂わせようとする。
「しっかし、こんな時間に保冷車とトレーラーなんて注文、論外ですよ。大体、点検も済んでない様な状態なんすから」
バンバンとトラックの荷台を叩くショウタロウは、そのまま荷台にもたれてしまった。
「お前のことは信じてるよ。程度の問題は別にして、不良品を出すほど悪徳じゃないだろ?」
「そりゃ、信用問題になりますからね。それに、ユウさんに頼まれたら嫌って言えないでしょうよ」
数歩歩いただけでヨレル足取りをユウヤが支えた。
「相変わらず、自分の定量をわきまえない奴だな。明日になって覚えてないなんてのは無しだからな」
優しく支えるという結果にはならず、襟首を引っ掴んで、ショーウィンドゥの傍らに座らせると、呆れたようにユウヤは言った。
知り合って数年になるが、この男の呑み方は、絶えず猪突猛進タイプで、後先を考えない。
こんな状態で女を誘ったとしても、その後の行為まで自分が覚えていることの方が怪しい感じだ。
「ユウさんを忘れるほど薄情じゃないつもりですけど? それに、まだまだ宵の口じゃないっすか。自分を置き忘れるには、些か早いですから」
そういって笑うショウタロウだが、その真意など分からない。
言った傍から忘れているとも限らないのは、今までの付き合いで実証済みでもあるのだ。
「約束より早いって文句はないよね?」
不意に後ろから声がして、ユウヤもショウタロウも飛び上がるほどに驚いた。
なにせ辺りは深夜の暗がりである。
主要道路からも外れたような野崎モータープールでは、街灯の明かりも通りを越えて差し込んでくるようなことが無かった。
ショールームの明かりが無ければ、この辺りは鼻を摘まれるまで人が居るとは気付かないかも知れないような場所なのだ。
「岬か? 無茶を言って悪かったな」
「ええぇ!? 岬姉さんっすか?」
実に対照的な言葉が、二人の口から同時に発せられたが、
「あらん、良いってことよ。ユウちゃんの頼みなんだから」
とハートマークが後ろに付きそうなほど甘えた声は、ショウタロウの存在など完全に無視したものだったろう。
「済まん。集められたか?」
「チィ〜ス!」
「ども〜」
ユウヤの問いに数人の挨拶が交差した。
ショールームの明かりの中に現われた人数は4人の男だった。
それぞれに色合いは異なるものの、茶髪なのは違いない。パーマだったり角刈りだったり長髪を束ねてみたりという違いはあっても、見るからに真面目な好青年とは言い難いのは一目瞭然だ。
「あたいの後輩だよ。慕ってくれてるらしいけど、下心見え見えの奴等ばっか」
その後ろから歩いて来た人物が、赤毛に染めた髪を掻き回しながら言った。
濃い紫色の特攻服を着た女だった。
下世話な文字列など入っていない、皺ひとつ無い特攻服は、粋という概念で彩りされて、その女の年齢さえも誤魔化しているようだ。
ゆるくかかったウェーブは、腰の辺りまで伸びていて、首を軽く振るたびに僅かな光りを反射して七色に見えるほどだ。
「派手というより、悲愴って感じじゃないか? その歳になると」
姿を一目しただけで鼻で笑ったユウヤだが、眼の色はどことなく優しげだ。
今を昔に還る魔術があるとするなら、こんな他愛も無い事なのかも知れない。
「喧嘩売ってんの? これでも、まだ現役のつもりなんだけど?」
揺らした髪を後ろで束ねて、ゴムで縛る姿は、粗雑な感じに見えるのだが、どこか色気が漂うような匂いがする。
「売ってやる余裕はないな。注文した人数に一人、足りないんだけど?」
現われた人間を指差して数えてみたが、男は4人しかいない。
赤毛の女は、ユウヤが電話した『岬』本人である。
「居るだろ? 5人」
ツンと突き出した唇が、ユウヤの方を向いて不満を形にした。
「……待て。ここに居るのは、お前を入れて5人だ。まさか、岬。お前も含めて5人と言うつもりか?」
「ユウちゃんの頼みなんだから、あたいだって役に立ちたいじゃん。………それとも、迷惑なのか?」
「そんなことはない!」と言いたいが、素直に言う気になれないのは、少なからず岬の下心が理解できるからだ。
岬と出合ったのは、今からなら半年以上前だろう。
何のことは無い。呑みに入った店のホステスだったのは、言うまでも無いことだろう。
違ったのは、客層がかなり危ない感じの人間ばかりだったことだ。
入った瞬間から感じていたことだったが、入って何も呑まずに出る行為は、店にとってもかなりの侮辱に値する。
数人居た客からも、堅気な人間で無いことは、一見して理解できるほどの雰囲気が漂っていた。
それでも、カウンターの端に席を取り、ビール一杯で退散した方が利巧だと思える空気だったのだが、この岬が相手に付き、話し始めてしまった。
他愛も無い世間話だったのだが、店のママらしき女と会話する中年男との声は、否応無く聞こえてきた。
『仏の顔も三度って言葉、知ってるだろ? いい加減、見切り付ける覚悟ってのも必要だろうよ』
『言いたいことは、分かりますけど、無茶も大概にしてもらえませんか? 親分さんには、先だってお話した通りです。この辺りは、仕切りが三笠の奥様ですから、そちらを通して下さらなければ…」
『だから。三笠の奥様は、今は離婚調停で暇が無いんだよ。ミカジメなんて常識なんだから、素直に払って商売した方が利巧じゃないか?』
岬は、聞こえないようになのか、大仰に声を大きくしてユウヤに話してきたが、どうやら一般の客はユウヤ一人のようであった。この状況で、ユウヤの相手が出来る岬にも感心するが、ユウヤを受け入れたママにも感心する。
女の子がママを抜いて総勢で4人。そのうちの一人が岬だ。
赤毛に染めた髪を肩くらいに伸ばし、ゆるくパーマをかけている感じが、フワリとした印象を与える。中肉な感じもピッタリとしたオレンジ色のワンピースに包まれると、魅力的な印象だった。
細めの眉に濃い紫色のシャドウ。マスカラは濃く厚めな感じなくせに、全体の化粧は薄い。鼻から上は、印象深い感じなのに、唇など桜色のリップのようだ。ちょっとしたアンバランスといえる。
『ですから……』
『いい加減にいしろっていってんだ!!』
ガラスの割れる音が店内に響いた。
顔を向けてみれば、数人居る中の若い男が、ママに向けてグラスを投げ付けた結果に響いたものだった。
『い、いや〜ねぇ。気にしないで』
岬が引き攣ったような笑顔を向けてきた。
こんな状況で、取り繕うことなど無意味だと思えて、ユウヤは顔を伏せて笑ったが、左手の人差し指を唇に当てて見せた。
岬の瞳が、一瞬だけ大きくなったが、すぐに眉を寄せて不安げな表情で口を閉ざした。
『ほらほら、お客さんにも迷惑が掛かる。承諾してくれたら、すぐに退散しますよ』
中年男は、右手をヒラヒラさせて若い男をなだめているようだが、そんな態度が見せかけだということは、誰の眼にも明らかだった。
店の女の子達も青冷めた顔で言葉一つ無い。
ユウヤは、ビールのコップを一気に煽って、ポケットの携帯を取り出した。
途端に数人の若い男が周りを囲んだ。
『兄さん。警察なんて野暮はやめとこうぜ』
中年男が、チラリと視線を飛ばしてきたが、ユウヤはニッコリとしただけで、携帯の履歴の中からボタンを押して耳に当てた。
『ああぁ、どうも。今、セゾンビルの三階のウィンディって店です。これから一緒に呑みませんか? ああ、だったら待ってます』
会話はそれだけだった。
通話ボタンを切ってから、両脇からと胸倉を捕まれて身体が宙に浮いた。
『誰を呼んだ? あんた一人くらい行方不明になったって、世間は騒がないと思うぜ』
ゆっくりと立ち上がった中年男は、左右に首を振って見せた。
『呑み仲間だけど。あんたも仲間に加わるかい?』
平然と携帯をポケットにしまい込むユウヤは、今や宙吊りにされたような体制だ。
『ふざけてると怪我じゃすまないぜ』
伏せ眼がちに頭を付けて来る中年男は、凄みを効かすためだろうか、軽く頭をぶつけて来た。
普通のサラリーマンなら、こんな状況なら震え上がってしまって言葉一つ無い状況だろう。
が、ユウヤという人物は、自分の周りの男達を平気な顔付きで見渡して、渋い顔をするくらいだった。
店の扉が静かに開いたのは、岬がカウンターから出てきたところだったろう。
『いい加減にしなよ! お客さんには、関係無いだろ? さっさと放して出直して来な!』
ユウヤと中年男との間に割って入り、腰に両腕を当てる姿は、何とも凛々しく見えるが、度胸というものは無謀という行為と大差が無い。
『ふざけんな! ズベ公上がりが調子こいてんじゃないっての!』
突き飛ばすように伸びた腕を、岬は払い落とした。途端に周囲の空気が変わる。殺気立った雰囲気に空気までもが痛いような気がする。
怒りも露に中年男が岬の胸倉辺りを捻り上げた。
長身とは言えない岬の身体が宙に浮いて押され、ユウヤの身体にまで押し付けられた。
『いい加減ってのは、お前のことだろが!? 下手に出てると思って好い気になりやがって!』
凄みを効かすためか中年男は、そのまま岬をユウヤの身体に押し付けたままに吊り上げた。途端に「くぅ!」っと岬の喉が鳴った。
苦しげに悶絶する顔は、ユウヤからは見られないが、苦悶の表情なのは想像に容易い。
ユウヤの右手が動いたのは、大きな音と共に男が床に転がったと同時だった。すぐさま、岬の腰に巻き付いて支える。
「はぁ!」っと息を吐いた岬の横で、もう一人の男が空中で反転して床に落ちた。
『な!? い・いだだ…たた…』
中年男の驚きも一瞬。その次には苦悶の表情で、ユウヤに捕まれた左手を押さえるだけだった。
ユウヤの手は、中年男の小指を掴んで、手の平とは逆の方向に捻っている。
『ユウさん。トラブルだったんですか? 言ってくれりゃあ、若いの連れて来ましたのに』
後ろから野太い声が、転がった男を踏み付けていた。
先程、店のドアを音も無く潜り、ユウヤの両脇に居た男共を投げ飛ばした張本人でもある。
全身をダークグレイのダブルのスーツに身を固め、ワイシャツやネクタイも同色という出で立ちは、一見して中年男と同じ職業だと知れる。
屈強な体付きに百八十センチを超える身の丈は、無骨な四角い顔と角刈りの頭髪、切れ長の眼に分厚い唇が合わさって、ちょっとしたプロレスラーが正装したように見える。
『このくらいなら、橘さん一人でも良いかと思って。……知ってる人だった? もしかして身内とか?』
ゆっくりと岬の身体を降ろし、掴んでいた中年男の小指を更に捻る。
『いだだたたー!!』
途端に膝を付いて崩れ落ちる中年男の顔は、涙を流しながらの苦悶だ。
『あんまりやりすぎると折れますぜ。こいつ、例の関東系ですね。隣町で何度か見てます。こっちに来てるとは聞いてましたけど、シノギしてるとまでは聞いてなかったな』
起き上がりかけた男の腹を蹴り付けて、ほとんど無表情で橘が説明した。話し方だけを聞いていると、何故かユウヤの方が兄貴分のようにも聞こえる。
『ああぁ、じゃあ、モメると不味かったかな?』
『構いませんよ。どの途、こんな真似してるんじゃ、近い内に耳に入ったでしょうから。手間が省けたくらいでしょう。オヤジには、俺から言って置きますんで、心配無用です』
そう言って、苦悶に悶える男の耳元まで寄って、橘は何事か小声で囁いた。
苦悶していた表情が、一気に白くなり怯えたような眼が橘に向けられた。
『もう、放して結構ですよ。素直に帰るでしょうから』
言われるまでもなく、既にユウヤの手は開いていた。
中年男の表情を見ていれば、拘束している必要も無いのは明らかだったからだ。
解放されると同時に寝ていた男共を蹴り起こして、言葉も無くバタバタと店を後にする姿を見送って
『こういうのは、ちょっと気持ち良いのは理解出来るんだよ。その辺が怖いね』
と呟くユウヤに
『素質が有るんじゃないですかい?』
と橘は口を歪めて見せた。
店内は、未だに何が起こったかも理解出来ていないように呆然としている女達が、やっと我に返ったように溜め息を漏らしたようだった。
そんな事で知り合ったのだが、どんな手段でユウヤのことを突き止めたのか、岬はそれからユウヤの飲みに行く店に現われては『ウィンディ』に引きずってでも連れて行くようになってしまった。
店の雰囲気は悪く無いし、客層も年齢が高く上品な店に近い。
そういう点に於いてはユウヤの好みに合っていると言えるのだが、無理矢理に連れて来られるのは閉口してしまう。おまけに、何度金を出しても受け取らない。あの時の礼だとママまで言い出す始末だ。
悪い気はしないが、落ち着いて呑む気にもなれない。
何度目かの岬の襲来に、ユウヤはキッパリと断った。その時に岬は、大衆の面前にも関わらず大泣きした挙句、ユウヤに告白するという大胆な行動に出た。
が、これがユウヤには我慢の限界を超えた行為だった。
罵倒するまではいかないまでも、物凄い冷たい態度と言葉で岬を突き放した。大泣きしていた岬が、驚きの表情のまま固まってしまったほどだ。聞いていた回りですら、注目したまま言葉も無い。
憮然とした態度で立ち去った後、岬がどうしたかは知らないが、それ以来、岬がユウヤの前に現われるような事は無くなったのは確かだ。
とはいえ、忘れてしまうには、強烈な印象を残され過ぎだし、実のところ岬との会話は、意外なほど楽しかった。レディースだったとかトラックを運転していたとか、フリーの運転手になりたかったが、不況と大手運送会社には勝てず諦めたとか。
今は小さな運送会社を立ち上げようと資金を溜めているところだとか。
現実味のある夢を語る岬は、ユウヤの眼にも眩しく映っていた。
彼女さえユウヤに固執したような真似をしなければ、今でも良い友人であっただろうと思えてもいた。
が、男女の仲に於いて、そんな状態が保たれることは滅多に無いことくらい、ユウヤが一番知ってもいることだ。
「……とにかく、時間が無いに等しい。頼めるなら頼みたい。勿論、報酬は通常より高く払うし、無事に荷物を届けてくれれば、他に成功報酬という形も用意する。どうだ?」
ちょっと昔を思い出した頭を切り替えて、5人の前でユウヤは真面目な顔を造った。
「どうだって言われてもなぁ〜」
「こっちは岬姉さんに頼まれたことだし〜」
「姉さんがOKなら俺等だってなぁ〜」
「……嫌って言ったら、どうなるもんか……」
「最後のは、どういう意味だい?」
それぞれに顔を見合わせながら言葉は少なかったが、岬の言葉に一同は口を閉じてしまった。
「恐怖政治だな、まるで。どんな圧制なんだ?」
笑いが漏れるとは、自分自身、緊張感が足りないと思うが、張り詰めるよりは数倍良いと感じる。焦る心は、きっと他の連中にも伝染してしまう。
「あたいが、こいつらをどう扱おうが勝手だろ? それより、時間が無いんだろ? 早く指示しなよ」
有り難いことに、岬は呑み屋の姉ちゃんでは無く、トラックの運ちゃんの顔付だ。
「……。トレーラーの運転手は?」
礼を言いたくなって言葉が詰まったが、今は敢えて押し殺した。
二人の男が手を挙げた。まるで小学校の生徒のようだが、今は笑っている時間は無い。
「これが地図だ。この倉庫に荷物がある。カーナビも一応付いているようだが、古いタイプなんで信用性があるとは言い難い。保冷車二台は、ここだ。そいつにもナビがある。そして、4トン車だけど、こいつにはナビが無い。それに場所も、かなり入り組んだところにあるんで分かり難い。そいつには、俺が同行して道案内する。それぞれの倉庫に人間がいるから、そいつらが荷物の積み込みはやってくれる。積み込みが終わったら、全員、零時までにフェリー埠頭の商業汽船名古屋行きに乗って欲しい。後は、フェリーの中で話す。以上だ。頼む!」
「よっしゃ! 行くよ! ヘマしたら泣かすだけじゃすまないかんね!! 出発!」
威勢の良い掛け声と共に男達は、それぞれの車に乗り込んだ。一瞬、ユウヤが同乗すると言った4トン車に一人が駆け寄ったが、岬が思い切り尻を蹴り飛ばして保冷車に押し込んだ。
「やっぱ、岬姉さん、ユウさんのこと諦めて無かったんすね」
そっと近づいてきたショウタロウが、ユウヤの後ろに隠れるようにして話し掛けてきた。
「悪かったな。楽しんでるの邪魔しちまって。帰って来たら、礼はきっちりさせてもらうよ」
言われた事など聞こえないような答えで、チラリとショウタロウを振り返ったが、
「岬姉さん。俺やユウさんの知り合いに、ずっとユウさんのこと聞いてたんですよ。あの時から今まで。『自分は、どうしているのかさえ知っていれば、それだけでいい』ってね。ケナゲってのは、あの人のことっすよ」
「………。」
無言のままに片手を挙げて、ユウヤは岬が手招きするトラックに走った。
なんだか、今日という日は、今更ってことが多すぎるような気がする。そう思いながら、これからの時間の焦りと、背中に張り付いた昔の時間が、どちらもどうにもならない事だと言い聞かせていた。
つづく